第3話 幼馴染とメロンパン

 飯泉さんと意味深な約束交わしてから、充輝は頭の片隅で、放課後のことを夢想しながら、購買へと向かっていた。

 すでにお昼休みに入ってから、十五分が経過している。

 当然、購買のレジには教職員を含めて長蛇の列が出来上がっており、購買で働くおばちゃんたちが、レジのなかで忙しそうに動き回っていた。


「これは完全に出遅れたな」


 レジに並ぶ人だかりに、駿平の姿はない。おそらく、すでに買い物を終えて教室にでも戻っているのだろう。

 最悪、お昼抜きになることを覚悟しながら、まずはおにぎりの置いてある棚へ向かうことにした。

 しかし、購買で買えるお昼の定番中の定番であるおにぎりはすでに、品切れ状態。すぐ隣の棚にあるはずのサンドイッチも商品のポップを残して、品物は何一つとして残っていなかった。


 最悪、購買のお菓子で飢えを凌ぐこともできるが、放課後まで持つかと言われると、さすがに厳しいものがある。

 何かしらお腹にいれておきたいと思いながら、充輝はパンの置いてある棚へと足を向ける。


「ん? あれは……」


 おにぎりの棚と同様に綺麗になった棚の端に、ぽつんと取り残されたメロンパンが目に入った。偶然にも多くの人の死角にあるのか、パンの棚を眺めていていた人たちは、何事もなかったかのように素通りしていく。

 充輝は他の人に気取られないようにゆっくりと、ラスト一個のメロンパンのもとへと近づいていく。

 あと少しで手に取れる、そんな距離まで近づいたその時。事件は起きた。


 ガサッ――


 目の前にあったラスト一個のメロンパンはあと少しで手が届くというところで、何者かによってかどわかされた。

 その手を辿っていくと見慣れたポニーテールの女子生徒がいた。

 ラスト一個のメロンパンを拐取かいしゅしたのは、充輝の幼馴染で、嶺翠館学園高校の生徒会長でもある、峰原梓みねはらあずさだった。


「あっ……」


 メロンパンを手にしてから、他の人の手が伸びてきていたことに気づいたのだろう。胸元にメロンパンを大事そうに抱えながらも、申し訳なさそうな声を発した。

 しかし、そんな殊勝な態度も充輝の姿を認めると、あっさりとひるがえり、そのまま無言でレジへと向かおうとする。


「あぁあ。お腹すいたな〜。誰かパンを恵んでくれないかな〜」


「なっ!? ちょ、ちょっと。やめなさいって」


 充輝がちょっとした悪戯心で、わざとらしく言うと、梓ははっとした顔をして充輝に近づいてくる。


「生徒会長様は、幼馴染が食べ物に困っているというのに無視するのか〜」


「だ、だから、やめなさいって! うぅ。今日に限って何でこんなことに……。今日こそメロンパンが食べられると思ったのに……」


「ん? 何か言ったか?」


「な、何でもないから! とりあえず、それはあげるから」


 梓はメロンパンを充輝に押し付けると、持っていた品物を持ってさっさとレジへと向かおうとする。


「ホントにいいのか?」


 ほんの少しの冗談のつもりで騒いでみたものの、まさかこんな形で昼飯にありつけるとは思ってもみなかった。最悪、そのまま無視されるかもしれないと考えていただけに、相手にされたことに充輝自身も驚いていた。


「別にあんたのためを思ってとかそういうのじゃないから。あんたにこれ以上騒がれると困るから。それに、お昼無いんでしょ?」


「それはそうだが」


「じゃあそれは、アンタのものだから。次はこういうことしないこと」


 結果的に横取りするような形になってしまったことに、充輝は、自分で蒔いた種とはいえ、若干の罪悪感を覚えていた。

 しかしそんな間にも、梓は、何事もなかったかのようにレジへと並ぼうとしていた。

 充輝は慌てて、梓を呼び止める。


「梓、ちょっと」


「えっ。な、何? まだ、何かあるの?」


 まさか、声をかけられるとは思っていなかったのだろう。梓は、ビクッと肩を震わせて立ち止まり、充輝のほうへと向き直った。


「昼、一緒に食べないか?」


「な、なんでアンタと一緒に……」


「地味に傷つくな、その言葉。じゃあ、メロンパン、食べたくないのか?」


「うっ……」


 梓は、目に見えて分かるくらいに動揺していた。どうやら、梓のなかでは、充輝よりもメロンパンのほうが優位に立つらしい。


「し、仕方ないわね。ついていってあげるわよ。メロンパンのためだもの」


「……梓って、ホントにメロンパン好きだよな」


「わ、悪い!? だって、好きなんだもん」


 梓は、前々から好みが子供っぽいということを気にしているらしく、初めこそ勢いのあった言葉も語尾が近づくにつれてしぼんでいく。


「そしたら、席とっておいてもらっていいか? さすがに、メロンパン半分じゃもたないから、適当にお菓子追加してくる」


「はいはい。分かったから、さっさと買ってきなさいよね」


 梓は淡々と返事をすると、そのままレジへと向かっていった。


「そうかぁ。それにしても、メロンパンより下か〜」


 世の幼馴染というものはみんなこんな扱いを受けているのだろうかと、充輝はお菓子を選びながら、思わずにはいられなかった。



 *** ***



 適当に購買でお菓子を見繕い、レジで会計を済ませる頃には、すでにお昼休みの半分が終わろうとしていた。

 購買の前のカフェテリアスペースにも、少しずつ空きができ始めていた。

 カフェテリアの窓際の席に梓がいることを確認し、レジ袋を携えて早足で向かう。


「すまん。待たせた」


「ホントにね。メロンパンがなければ、そのまま教室に戻るとところだったわ」


 梓は、持っていたスマホを自分のそばへと置くと、ガサゴソとビニール袋から、野菜ジュースとサンドイッチを取り出す。

 充輝も早速買ってきたメロンパンを袋の中で半分にして、合わせて買ったポテチを机の上に並べる。


「分かってはいたけど、お昼にポテチって変な感じね。ザ・不健康って感じ」


「まぁ。そうだな。他になかったから仕方ないだろ」


「それもそうね」


 その後は二人して、黙々とお昼を食べ進めていく。梓は、半分にしたメロンパンを口に運んでは満足そうに小さく笑みを浮かべていた。


 梓とは、幼馴染ではあるが中学はお互い別々のところに進学し、この学園に入学するまでの三年間は疎遠な時期があった。

 それこそ、こうしてお昼を一緒に取ることは、この学園に入学して以来初めてのことだ。話題が全くないということはないが、どんなことを話そうか、話題選びには慎重になる。

 そんな状態なのは、梓も同じなのか、少し食べ進めては充輝の様子をチラチラと伺っている。


「な、何よ?」


 お互いの視線がぶつかったタイミングで、梓がぶっきらぼうに言う。


「梓は、昼は購買使うこと、多いのか?」


「今日は偶然よ。普段はお姉ちゃんが作ってくれたお弁当なんだけど。今日はそのお姉ちゃんが寝坊しちゃって」


 梓の言うお姉ちゃんというのは、梓の従姉妹の咲耶さくやさんのことだ。この学園の最寄り駅である松浜まつはま駅前で喫茶店を営んでいる。


「そうだったのか。そういえば、最近、あの喫茶店行けてないな」


「お姉ちゃん、「みっくんはいつ来るの?」ってなぜか、私に聞いてくるから、早めに行ってもらえると助かるかも」


 梓が咲耶さんに会う度にそれを言われている姿が目に浮かぶ。


「分かった。近々顔を出すことにするよ」


「そうしてあげて」


 梓は、一気に野菜ジュースを飲み干すと、小さな声で「ごちそうさまでした」と呟き、ゴミを片付け始める。

 時計を見ると、あと十分ほどで、五時間目の授業が始まるといった時間になりつつあった。充輝も慌てて、残っていたメロンパンを頬張る。


「ごちそうさま」


 充輝が食べ終わったタイミングで一足先に片付けを終えた梓が席を立つ。


「メロンパン、ごちそうさま。今週末は、クラス委員も含めた代表会議の日だから。忘れずにね」


「はいはい。承知しましたよ。生徒会長」


「嫌味に聞こえるから、その生徒会長って呼ぶのはやめて」


 梓はそのまま立ち去るのかと思いきや、少しの間があった後に、重々しく口を開いた。


「えっと。充輝の部活の後輩の子のことなんだけど」


 充輝の所属している部活は充輝を含めて二人しかいない。所属していた先輩たちが抜けたところに新入生として、充輝の中学の後輩である鵜野森雫うのもりしずくが参加する、ことになっている。女子でありながらオタクな充輝の話題にもついてこれるという貴重な存在でもある。


「鵜野森がどうしたか?」


「あー。いや、やっぱり何でもない。気にしないで」


 珍しく歯切れの悪い梓に違和感を覚える。


「お、おう」


 梓は、そのまま小さく手を振ると、教室へと向かって歩いていった。

 結局、この時に梓が何を伝えようとしていたのかは、分からないまま放課後を迎えることになったのだった。

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秘恋スクランブル!! 〜学園一の美少女の秘密を垣間見てから、俺の周りの美少女たちのアプローチが激しい〜 和雪 @nagomi75

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