フットサルを始める前に


「あの、簡単な自己紹介をしませんか?」


 正式に試合の決定を取り付けいざ試合準備を始めようとすると渡利が控えめに片手を上げて自己紹介を提案してくる。


「そうですね、やりましょう」


 それに渡利のチームメイト達も同調し、多来沢を始めとした一年生組も特に断る事でも無いので頷き、了解した。


「じゃぁ、言い出しっぺのアタシたちから、渡利わたり 笑舞えまです。エマは笑って舞うと書いて「笑舞」になります。どうぞ、よろしくおねがいします」


 渡利は名前の通りな笑顔を見せて自己紹介を終えると、続いて渡利のチームメイト達の番だ。


たち 広美ひろみです」

神田かんだ 正子まさこですっ」

竜田りゅうた 未唯音みいねて、言いますっ」

「と、徳重とくしげ 聡恵さとえです」


 多来沢はなんだか、ばあちゃんが好きだった某芸能プロダクションのタレントさんみたいな名前だなと思いながら、続いて簡単な自己紹介をした。


「多来沢 はじめです。改めてよろしく」


 多来沢的には特に面白みもない自己紹介をしてしまったかなと思ってしまったが


「「「「はいっ、よろしくおねがいしますっ!」」」」


 渡利チームの女子達は、背筋を真っすぐと伸ばして多来沢の自己紹介に大きな声で応えた。まるで自衛官の上官か応援団の挨拶であるが、その眼はなぜ輝かき、幾分か頬を紅葉させている。多来沢はそのまるで憧れのアイドル歌手にでも出会えたかのような視線に少々むず痒さを覚えた。が、夏河が元気に両手を上げて自己紹介を始めたので熱に輝く視線は自然とそちらに向った。


「はいっ、夏河なつかわ 苺千嬢いちじょうですっ。座右の銘は感情豊かっ」

「雨宮 リアです」

寺島てらしま 燕女つばめです。よろしくおねがいします」

「……ぁ、鮫倉……です」


 夏河に続いて雨宮、寺島、鮫倉も自己紹介を終える。夢向川女子達は一瞬、間を置いてから「よろしくおねがいしますっ」と背筋を伸ばした大きな声で返し、チーム毎に別れた。





 ―――チーム夢向川むこうかわサイド―――


「よし、みんな作戦会議を始めるよ――」


 まずはチームポジション等を決める簡単な作戦会議を始めようと渡利はチームメイトへと向き直ったのだが


「多来沢さんてすっごい美形だったねちょっと睨まれちゃった時は心臓止まるかと思っちゃったけど、なんかゾクッとしちゃった」

「うんうん、それに他の子たちも可愛かったね、もう見た目アイドルじゃんて子もいたよねっ、ID交換してくれるかなぁっ」

「あと、試合終わったら思いきってサインも貰っちゃいましょうか」

「そ、それはいくらなんでも、あぁ、でも気持ちわかる。推しの子と出会った運命的なものに似てるよね、もちろん推しが一番なんだけどっ」


 どうも全員変な方向に盛り上がっているようで、渡利は腰に手を当ててため息をひとつ吐くが、その顔は名前通りに可笑しそうに笑っている。


「まったくもう、みんなミーハーってやつなんですから」


 中学生がおよそ使わないであろう死語でチームメイトを年相応にからかってみせる。ミーハーなチームメイト四人は渡利と同じ中学の同級生でクラスも部活も同じな所謂仲良し組だ。少々、面白い性格をしているが悪い子達ではなく、渡利も友達としては凄く好きな子達だ。今回のフットサル大会に誘ったのも仲が良い証拠だ。


「そんな事言って、渡利さんも気になる子はいるんじゃないの? その可愛い眼差しはどこを見ていたのかしら?」


 渡利に対しちょっとからかい半分にチームメイトのひとりが聞いてくるものだから「えぇ。まいったなぁ」と渡利は頬を掻きながら、チーム同示ヶ丘おなじがおかの面々を眺めながら口端を少しあげた。


「正直、多来沢はじめさんも気になるところですけど、強いていえばあのショートカットの子でしょうか」

「あぁ、なんかハーフっぽい碧い眼の子だよね。さすが渡利さん、一際輝いてるキレイな子には目がいっちゃうかぁ。わかるなぁ、ザ・美少女て言葉が似合うというか」


 どうも、自分と見ている所が違うような気もするが、このテンションはいつもの事だと、渡利は苦笑を浮かべながらスルーして、ジッと、サイドアップの子(夏河)の後ろに隠れて自然と視線から逃れようとしているもうひとり気になっている、長い前髪で目元を隠した少女にも目を向ける。


(確か、サメクラさんていったけ……知れないけど、ゲーム中にちょっと仕掛けてみようかな)


 渡利は鮫倉に、引っ掛かるものを感じながら、ここから真面目に作戦会議と手を叩いて、全員の目を自分に向けさせるのだった。






 ――――チーム同示ヶ丘おなじがおかサイド―――


「はい、じゃぁ時間もないしとっととポジション分けを始めようと思うんだけど、その前にイチジョウ」


 チーム毎に別れてすぐに多来沢は夏河をジッと鋭く見つめて名指しする。


「はいっ、なんでしょうか?」

「聞いておくけどおまえフットサルのルールわかってる?」


 どうやら、一応の不安材料として聞いておきたかったらしい。それを聞いた瞬間、夏河の隣の雨宮が少し眼を細めて軽く息を吐く。


「とりあえず、ここに来るまでの間に教えてはおきましたけど……イチジョウさん、ちゃんと覚えてる?」

「もちろんっ、でも一応改めて教えてもらえると助かったりしちゃわなくも……うん、なく、ですね」


 言葉じりが怪しい所を見るにこりゃダメだなと判断をして、フットサルの簡単な説明に入る。


「まず、ポジションだけど、さっき言ったようにゴールキーパーは「ゴレイロ」て名称になるけど、他のもちろん名称が違う。簡単に言うとフォワードは「ピヴォ」ミッドフィルダーが「アラ」ディフェンダーが「フィクソ」だな」

「へぇ、なんか可愛らしい名前ですね、何語なんだろ?」

「ポルトガル語だよ。ピヴォが「軸と中心」アラが「横」フィクソが「船首と舵取り」て意味だ。ゴレイロは単純に「ゴールキーパー」て意味まんまだ」

「なるほど、勉強になりますっ」

「で、フットサルは五人でやるからそれぞれ〈Pivoピヴォ1.Alaアラ2.Fixoフィクソ1.Gleiroゴレイロ1〉になる。本来は最大九人で自由に何度でも交代できるのがフットサルの魅力のひとつだが、今回はお互いに五人ギリギリでプレイするから、ここは考えなくていいな。ま、十分✕ハーフタイム一回のルールでやるみたいだからそこは大丈夫だろ」

「おぉ、交代自由はなんか聞いたことある気が――」

「――それ、しっかり寺島さんと教えたから覚えてるだけじゃないかしら?」

「ふうん、割と覚えてるっぽいから大丈夫かも知んないな。とりあえず、最後に4秒ルールも教えてもらってる筈だが、答えられるか」

「ええと、フリーキック、ゴールキーパーじゃなくてゴレイロへのクリア、直接のフリーキックとかのセットプレイまでの制限時間……だったけ?」

「さすがに基本のルールは覚えてるみたいね。ポジションの名前を覚えてないのは論外だけれど」

「こ、これからはちゃんと覚えておきます……」

「ふふっ、ま、あとは相手へのスライディングや味方のゴレイロへのバックパスの禁止ルールとかもあるが、ま、細かい事は長くなりすぎるから、もうちょっと後でな」

「あれぇ、なんか最後メタっぽい発言」



 と、ひとしきり夏河へフットサルのルール確認をしたところでもう一度、多来沢から夏河に指摘だ。


「ところでイチジョウ、おまえ半パン持ってきてないの? 長いのよりはこっちの方がやりやすいぞ」

「いやぁ、学校の体操着持って来ようかとも思ったんですけど、家のジャージでいいかなと」

「しょうがねえやつだな。とりあえずウチの予備貸しとくからちゃちゃっと着替えとけ、おまえ身長と腹回りはウチとたいして変わんないから大丈夫だろう。本当は足元もフットサルシューズがいいんだけど、ま、ランニングシューズでも大丈夫だろう。つか、ウチら全員ランニングシューズだったわな」

「うわぁっ、さすがは武田センパイししょーのお師匠さま。ありがたくちょうだいいたしますっ」




 こうして、いよいよ商店街フットサル大会最初で最後の一試合が始まるのである。





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