フットサルをやろう


「すみませんっ、うちのお爺ちゃんがご迷惑をっ」


 ベリーショートヘアの頭が深々と下がる。先程までのオロオロとした頼りなさは無く、ボーイッシュな見た目とは裏腹な可愛げのある声が真っすぐとよく通り西実館女子一同の耳に印象的に残る。


「あたたぁ、なにすんねや笑舞ちゃあん。お爺ちゃんなんも悪いことしとら――」

「――お爺ちゃんは、いま、黙っててっ、くださいっ」


 可愛い孫娘に絞め落とされていた渡利の爺さんが首をコキコキと鳴らしながら立ち上がるが、すぐさま愛する孫にピシャリと怒られてしょんぼりとする。見た目と声に厳つさがあるぶん、なんとも淋しげで少し可哀想だなとも西実館女子一同は思った。


「あっはっはっ、情けないよね爺さんっ」


 が、多来沢の祖母マリアンヌはそうは思わぬようで指を刺して遠慮なく笑っていた。


「あの、ばあちゃんもちょっと黙ってような」

「え、なんだよハァちゃん。どこ連れてこうってんだ――」


 多来沢はマリアンヌをなだめながら、おばちゃん達の元へと誘導した。おばちゃん達はサムズアップして、祖母マリアンヌを受け取ると仲良く楽しげなおしゃべりの渦へと巻き込んでいく。これでしばらくは大丈夫そうだ。


「ふぅ、悪い悪い。ええと、それであんたはそこの渡利の爺さんの――」

「――はいっ、「渡利わたり 笑舞えま」ですっ。この度はアタシのお爺ちゃんがご迷惑をっ」


 再び、頭を下げて謝罪しようとする爺さんの孫、渡利わたり 笑舞えまに多来沢もむず痒く頭を掻きながら「いやウチのばあちゃんも悪かったから」と頭を上げるように促す。


「すみません、寛大なお心に感謝をっ」


 礼儀正しく背筋の伸びる渡利の敬語には育ちの良さというものが出ている。まだ幼さの残る顔立ちベビーフェイスを見るに、恐らく後ろの一年坊達と同じくらいの歳だろうが、しっかりとしているという印象を多来沢は強く持てた。


「しかし、全部の事情はわからないですが、どうやらこの商店街フットサル大会はうちのお爺ちゃん達の思念によって開かれたようですね、見た感じアタシ達の参加者もいないようですし、そちらの商店街の皆さんも利用されてしまったのかも、あぁ、我が身内ながら情けないです……」

「いやぁ、まぁこっちも似たようなもんだから、あんまり自分を責めるなよ」


 なんだかまた恥ずかしさから塞ぎ込んでしまいそうな渡利に妙に親近感が湧く多来沢は彼女の肩を叩いて元気づける。


「なんと、お優しい言葉、感謝しかありません」


 少し垂れた眼を潤ませる姿は小動物のような可愛らしさがあり、渡利の爺さんが溺愛しているのがよくわかる。


「みんなもごめんなさい。こんなことで貴重な休日を潰してしまって」

「そ、そんなことないですよっ」

「わたし達、渡利さんと一緒にボール蹴るの楽しみにしてたから」

「そうだよっ、むしろ声を掛けて貰えるだけでも嬉しくて眼が潰れそうだしっ」

「うんっ、うんっ」


 どうやら、向こうのチームメイトの女の子達もそれは一緒のようで、渡利が好かれているのがよくわかる。どうも、一部は神格化しているようにも見えるが。


「うぅ、みんな、こんなアタシになんて優しいんだ。アタシもみんなとフットサルやりたいですっ」


 笑舞も感動でまた眼を潤ませている。今にも涙がこぼれ落ちてきそうだ。その姿はなんだか、微笑ましくて笑みが自然と作れてしまう。


「うわあっ感動だようっ、こっちも貰い泣きしちゃいそうだよねっ、みんな、こっちも一緒にハグしようっ」

「いや、別に向こうハグなんてしてないでしょっ」

「おいやめろ、来んな来んなっ、あーしを巻き込むなっ」

「……ぇ、ぁっ」


 なんだか後ろで、夏河にシッチャカメッチャカにされてそうな一年達の声が聞こえて思わず多来沢も苦笑いだ。


「あのっ」

「ん?」


 いつの間にか、真剣な面持ちで渡利がチームメイトを引き連れて多来沢の前に立っていた。渡利がもう一歩前に出て頭を下げる。


「あの、こんな事にはなりましたけど、改めてフットサルをやりませんかっ。お互いにちょうど五人ですし、皆さんせっかく集まったんだし、その、お願いできますか?」


 真剣な改めての試合フットサルの申込みを受ける。どうも、多来沢も頭数には入ってしまっているようだが、こうなると断るのは酷というものだろう。


「ちょっと待ってなよ。おばちゃん達に聴いてくるからさ」


 本来は商店街フットサル大会の予定だったのだ、一番の当事者である商店街のおばちゃん達に許可を取る必要はある筈だ。


「えー、そんなの大歓迎に決まってるじゃないの」

「可愛い女の子達の試合がタダで観れるだもん、こっちからお願いしたいくらいよねっ」

「アッハッハッ! どっちも応援しちゃうわよっ」


 おばちゃん達も快く了承した事で、あとは当の後輩達だが


「はいっ、断る理由はミジンコもないでしょうっ」

「当初の助っ人て言葉はどっか行っちゃったけど、試合をやるなら、やります」

「た、多来沢先輩とプレイできるんですかっ、あーしが、も、もちろん、やりますっ」

「…… はい


 やる気は十分のようだ。鮫倉の声はよく聞こえなかったが、試合の中ではアグレッシブな彼女の事だ。了承と見て良いだろう。




 こうして、一試合だけのフットサル大会が改めて決定したのであった。


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