渡利の爺さん



 ド派手なアロハシャツを着た扇子で顔を扇ぎながらやってくる大柄な男性はご立派な顎髭とサングラスの厳つさも相まって、ヤの付く自由業か金融業のようである。それに加えてスポーツウェア姿の女の子達を連れ立ってくるのだ、失礼な話ではあるが異様な怖さを感じてしまうのは、致し方ないだろう。多来沢を始めとした西実館女子サッカー部の面々には胡散臭い悪党面にしか見えない。男性は目の前まで止まると扇子を片手で閉じると


「本日は、フットサル大会にお誘いいただきありがとうございます。わたくし夢向川むこうがわのチーム代表としてやって来ました「渡利わたり 兆作ちょうさく」いいます」


 見た目に反し、深々と直角に頭を下げて、挨拶をしてきた。あまりにも意外性のある礼儀正しさに一同面食らっていると、肩を怒らせた多来沢の祖母マリアンヌが割り込み、男性の下がった頭に人差し指を突き立てる。


「渡利の爺さん、そんなくさいお猿なお芝居ごあいさつはいいんだよ、気持ちわりいんだよ」

「あっ、なんや「井杉いすぎ」の婆さん。 こっちは大事な挨拶をしただけやで?」


 渡利の爺さんと呼ばれた男性はやってくる際に聞こえてきたガラの悪げな関西弁で飄々とした悪態をつきながらマリアンヌを「井杉の婆さん」と呼んだ。

「イスギ?」と名字に違和感を覚えた夏河がはてなと首を傾げ、隣の多来沢に挙手をして遠慮なく質問をする。


「はいっ、多来沢センパイのおばあちゃんなのになんで「イスギ」なんですかっ」

「ああ、そりゃばあちゃんは井杉だから。多来沢はウチの父ちゃん側の名字だよ」


 質問に多来沢が簡潔に答えると、夏河は両手を前に組んで納得した顔をする。


「なるほどっ、つまりはお母さんがお嫁さんにいったから名字が多来沢さんになったと――」

「――イチジョウさん、それ言わなくても普通にわかるから」

「うん、確かに――て、そんな冷凍庫のパキパキアイスみたいな眼しなくてもいいじゃんリアッ」


 ちょっと冷めた眼の雨宮に眉尻八の字下がりな夏河のコントめいた会話に多来沢は口端を柔らかくしながら、なにやらピリピリとしっぱなしな我が祖母の背中を見つめる。


「今日はコテンパンになる準備はできてるんだろっ、謝るなら今からでもいいよッ」

「コテンパンなぁ、そりゃ、そちらとちゃいますか井杉の婆さん。だいたい部外者のあんたがしゃしゃり出るのがわからへんは、あんたも夢向川の人間ですやろ?」

「うるさいんだよっ、友達が同示ヶ丘にいるんだからウチも同示ヶ丘のようなもんなんだよっ」

「相変わらず、無茶苦茶な婆さんやなぁ。まぁ、退屈せえへんから嫌いやないで」


 ピリピリと怒る祖母マリアンヌと対象的に飄々と余裕めいた笑みで会話を楽しみながら相手をしているように見える渡利の爺さん。

 その様子を見つめながら再び夏河が多来沢に挙手、ちょっと好奇心強めに質問する。


「あのぅ、あのお二人はどうゆうご関係なんでしょうか? 仲悪いのか良いのかよくわかんないんですけど」

「さぁ、ウチも渡利の爺さんて人は今日初めて知ったくらいだし」

「えっ、そうなんですかっ、なんか昔からの知り合いっぽいですけど」

「それだったら、ウチが知らないわけないよなぁ。ほんと、なにもんだろうなあの人」


 どうやら多来沢は本当に渡利の爺さんを知らない様子だ。傍から見ればこの二人、浅からぬ因縁めいた物が見えるが、正直な話、多来沢にとっては祖母のそうゆう面は見たいわけでは無いので、あまり祖母がヒートアップするようであれば止めに入らねばとも考える。渡利の爺さん側の女の子達もなんだか苦笑いで困っている様子だ。特に爺さんの後ろでオロオロとしているベリーショートヘアの女の子は見ていて気の毒になってきそうだ。


「しかし、フットサル大会と言うてもそちらとうちだけですかいな。人が集まらんかったんですか?」

「はっ、手っ取り早く決勝戦できていいじゃないッ。こっちはウチの可愛いハァちゃんと後輩ちゃん達が助っ人にいるんだからねッ」


 渡りの爺さんの皮肉な言葉など無視して、フフンと得意げに口端をあげる祖母を見て「あ、これは調子に乗って余計な事を言う」と察した多来沢はそろそろ止めにいこうと決める。自分だけならいいが、部活の後輩にまで火の粉が飛んでしまいそうな事になるのはよくないという判断だ。


「ほう、確かに自慢するだけあってえらいべっぴんさんやないですか。ガッハッハッ!」


 だが、多来沢が動くよりも早くなにやら急にテンション高ぶりになった渡利の爺さんが豪快に笑い、祖後ろの女の子達に扇子を向け、まるでマリアンヌに対抗するようにふんぞり返る。


「しかし、ワシのプリティキュートな笑舞えまちゃあっ――」

「――お、おおオオおじいちゃんッ! なななにッ恥ずかしいこと口走ろうとしてるんですかっ!?」



 そして、得意げになにやら言おうとした瞬間、真後ろでオロオロとしていたベリーショートヘアの女の子に後ろから羽交い締めにされるのだった。









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