フットサルの助っ人 1

 麺処いちじょうから変わり、場所は「同示ヶ丘おなじがおかアメイジングスポーツパーク」

 夏河の住む「同示ヶ丘町おなじがおかまち」唯一の運動公園。並木通りのジョギングコースといくつかのフェンス囲いの運動場があり、商店街主催のフットサル大会もここで開催される。 



「結構、運動場が多いのね」

「そりゃそうだよ、我が町が誇る運動公園だもん。ジョギングコースにもなってるこの並木通りは、春には桜がいっぱいでお花見もできちゃうよっ」


 遠目からいくつかのフェンス囲いの運動場を眺めながら素直な感想を雨宮が呟くと夏河が胸を張り、いま歩いている並木通りのプチ情報もあわせて得意げに説明する。


「うんうん、この桜が満開になるのは壮観だろうなぁ。お花見もできる並木通りてのものいいんもんなんだろうな。とは思うんだけどさ夏河、あんたフットサルのルール理解できたんか?」


 並木通りを得意げに紹介する夏河に、寺島は頷きつて、ここまで来る道すがら、軽く説明しておいたフットサルルールの理解度を問うてみる。夏河は張った胸をドンと叩き自信満々と口端を上げ

「うん、まだよくわかんないっ」

 と、元気に答えてみせた。これには寺島も口を開けて脱力だ。


「でも、要はほぼサッカーと同じなんでしょ? じゃあ、なんとかなる、ダイジョーブ!」

「……ん〜、こんなんで助っ人の引き受けとか、してよかったんか?」


 夏河のこの自信はどこからやって来るのかと寺島は眉間を人差し指で揉みながら、助っ人なんて安請け合いはしない方がよかったのでは無いかと、鼻で少しだけ後悔の息を吐いた。


「まぁ、到着したら軽く練習の時間を貰いましょう。フットサル自体はそんな難しいものでも無いし、イチジョウさんなら身体を使った方が覚えられると思うわ」


 雨宮の言葉に寺島は両手を前に組んで、夏河ならそっちの方が覚えられると、妙に納得できた。それと同時に、そもそも商店街のフットサル大会の助っ人だ。楽しくやるのが一番なのかなと、リラックスした表情の雨宮とニコニコと笑っている夏河。そして、会話には混ざらずに、早歩きで先頭を歩く鮫倉の後ろ姿を眺めながら思った。





「……ァ、ぁれ?」


 並木通りを歩いて5分くらい経った頃、早歩きで先を行っていた鮫倉が立ち止まり、人が集まっている運動場の前で歩みをゆっくりとさせながら、ギロッとした鋭い眼で運動場を指さしながら、後ろの夏河へと目線を向ける。どうやら、あそこが会場なのかと確認しているようだ。


「うん、あそこだね」


 夏河は鮫倉に向かって両手をサムズアップさせてうなずくと、鮫倉もオウム返しにうなずいた。



「はいはーい、フットサルの助っ人が参上しましたようっ」


 夏河が元気よく片手を上げて近づいてゆくと、バラバラなスポーツジャージを着た数人のおばちゃん達が夏河達の方へと集まってくる。


「あらイッちゃん、ありがとう。うちのが急な頼みごとしちゃったみたいでねぇ。迷惑じゃなかった?」


 パーマを掛けたふくよかなおばちゃんが申し訳なさそうに夏河に手をあわせて礼を言う。彼女は助っ人を頼んだ麺処いちじょうの常連客おいちゃんの奥さんだ。一応、事前に助っ人の連絡は受けていたようだ。


「全然、サッカー部の友達も連れてきたし、みんなとプレイできるって思うと、逆に楽しみだよっ。ねぇ、みんなっ」


 夏河が両手でガッツポーズを取りながら春に咲くだろう満開の桜にも負けない満面の笑顔を向けながら後ろの雨宮達に振り向くと――


「へー、みんなイッちゃんと同じサッカー部なのね。可愛い娘ばっかりでビックリしちゃったわ」

「ぇ……どうもありがとうございます」

「ツインテールていうのよねそれ、アイドルみたいで可愛いわねぇ。て、本当にアイドルだったりしてねぇ。アッハッハッ!」

「あ、アイド――いえ、これ好きでやってる髪型というかなんというか」

「あなたもお目々がパッチリしてて可愛いわねぇ、おばちゃんの持ってきたお菓子食べる」

「ゥ……ァゥ」


 ――いつの間にかおばちゃん軍団に囲まれもみくちゃにされていた。


「こらこらこらっ、なにやってんのっ!」


 夏河はすかさず救出に向かうのだった。




「まったく、油断もすきもないんだからさぁ。困らしたらダメじゃんか」


 夏河が雨宮達をおばちゃん軍団から引き剥がすと両手を前に組んでムッと叱る。その後ろ姿をみて「なんだか新鮮な光景だわ」「確かに、夏河は叱られる方だもんな」と雨宮と寺島は頷き、鮫倉は口をモゴモゴと動かしながらおばちゃん軍団から距離を置くように後ずさった。


「ごめんねイッちゃん。あんまりにもお友達が可愛かったついねぇ〜」

「そうそう、あたし達も何十年前はああだったわよねぇ、アッハッハッ!」


 だが、当のおばちゃん達には夏河のお叱りはノーダメージなようだ。夏河がまたムッと叱ろうとすると


「可愛いといえばさ、あの娘も可愛かったわよねぇ。ほら、名前なんていったかしら?」

「マリアンヌさんとこのハァちゃんでしょ。あの娘は可愛いよりもキレイな娘じゃない? 雑誌モデルさんみたいだったじゃない?」

「ん? ハァちゃん? 雑誌モデルさん? ぇ、だれだれっ!」


 おばちゃん達は急に違う話題で盛り上がり、夏河もお叱りそっちのけで興味津々になった。


「あぁ、イッちゃん達の他にマリアンヌさんが助っ人呼んでくれたのよぅ。イッちゃんはマリアンヌさん知らないと思うけど」

「うん、知らない。へー、他にも助っ人きてんだぁ」


 パーマのおばちゃんがもうひとりの助っ人がいることを説明すると、夏河がそうなんだと頷くと後ろの方でなにやら誰かの気配がした。


「騒がしいと思ったら、なにやってんだおまえら?」


 よく通る声が夏河達に話しかけてきた。低音なその声には全員聞き覚えがありすぎる。すぐに振り向くと、鋭い切れ長な瞳が彼女たちを見つめていた。


「ぇ、多来沢たきざわ先輩?」


 そこにいたのは、西実館中学校三年生「多来沢たきざわ はじめ」先輩その人が、肩まで掛かったミディアムヘアな黒髪をワシワシと掻きながら立っていた。





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