下校する二人


 校舎から聴こえる吹奏楽部のパート合わせ練習の音がんできた頃合いで、女子サッカー部の練習もお開きとなった。後片付けと着替えを済ませた部員達は「お疲れさまでした」と礼をし、下校支度をする。先輩後輩、同級生と、親睦の和がすでに深まりつつある部員達の楽しげな声は、試合練習とはまた違った熱がある。


 雨宮あめみや リアには特に同じ方向に帰る先輩も同級生もいない。

 本当はキャプテン、赤木あかぎ 三子みつこに今日の試合練習について聞いてから帰りたかったが、多来沢や有三と集まってなにやら真剣な顔で話している様子だった。雨宮はキャプテンなら声を掛けても嫌な顔をひとつせずに応えてくれそうであると思ったが「おつかれさまでした」と挨拶だけして帰ることにした。赤木は予想通りの笑顔で「おつかれさま、また明日ね」とヒラヒラと手を振ってくれた。


(今日の試合練習は色々と収穫があった)

 ひとり正門方面へと向かいながら、少しは試合熱の引いてきた身体を心地良い風で冷ましながら、試合練習を冷静に振り返る。


 今までは走り込みや個別練習くらいでしかほぼ接してこなかった同学年のチームメイト達。ポジション違いではあるが、ひとつのチームを組んで挑んだ今回の試合練習、不充分な即席チームで一学年上の二年生相手に同点で押さえた。これは一年達の自信となったのではないだろうか。だが、やはり同じ即席でも一年間共にプレイした二年生達の方が格段にチームワークは上だった。一年生のチームワークといえば、一点取られた後に奮起して挑んだ突貫作戦「作戦・超攻撃フォーメーション・スーパーシュート」で、シュート量産へと意識を向けてやっと対向できたものだ。まだまだチームとしては、お粗末な物だったと言えるかも知れないが、悪いものではなかった。

 よかった所は確実に見えてきている。寺島の周囲を把握し、チームを鼓舞する意外性のあるチームメイクの高さ、鮫倉の粘り強いボールへの執着心とハイプレースメント能力。そして、まだまだサッカー素人ながらも、偶然なチップキックシュートのゴールへと繋げた夏河の強運と他のスポーツで下地が鍛え上げられた確かな攻撃力の高さ。活躍した一年生全員分の長所を上げればきりがないくらいの大豊作だったと言えるだろう。恐らくそこは、今回の試合練習を作った宮崎監督やチーム全体を見てるだろうキャプテン赤木も気づいてるのは間違いない。



 正門から自転車を押して歩く女子の姿が見える。それが鮫倉さめくら うるかだと雨宮は気づいていたが、林田達からディフェンダー向きだと言われた彼女の心中と雨宮にもまだわからない複雑な物を抱えている事を考えると、その通学用ヘルメットから微かに見えた横顔がどこか険しくも寂しそうに見えて、声を掛ける気にはなれなかった。

 鮫倉の自転車は正門を出るとすぐに加速して行った。雨宮はそれを目で見送りながら正門を出た。


「気になるなら、声掛けりゃ良かったんじゃないの?」


 急に、後ろから鼻に掛かった声がする。振り向くと、そこにいたのは同じ女子サッカー部一年、寺島てらしま 燕女つばめだった。シンプルなシリコンゴムで両サイドアップに纏めた意外と可愛げガーリーなツインテールとは裏腹なキツめな表情は妙なアンバランスを感じるが、彼女には似合っていると思わせる。

「なんだよ」

 少しマジマジと見てしまった雨宮にぶっきらぼうに言葉を返す寺島。

「ごめんなさい、声を掛けてくるなんて意外だったから」

 彼女は雨宮の事をハッキリ「嫌い」と言っていたから、気づいても無視して行ってしまうものだと思ったからだ、雨宮自身もそうゆうものには慣れてはいるから、気にはしないのだが。

「声くらい掛けるでしょうが同じ部活同士なんだし、はぁ、あーしはどんな薄情もんに思われてんだ」

 そういって肩を竦める寺島を見て、存外、彼女は裏表の無い人間なのかも知れないと思った。




「自分で言うのもなんだけど、今日の試合練習はなかなか良かったよな。先輩達にも一矢報いてやった、夏河のチップキックに感謝だ」

 帰り道は一緒では無いはずなのだが、寺島は今日の試合練習を肴に雨宮とサッカー雑談をしながら、着いてくる。特に言うことでも無いと思い、そのまま歩きながら雑談に耳を傾ける。

「ま、雨宮の判断もさ、良かったよ。あそこで引きつけてくれたおかげで夏河にーーなに?」

 またマジマジと見られてる事に気づき、寺島は首を傾げた。

「いや、嫌われてると思ってたから」

 まさか自分のプレイを褒めてくるとは思わなかったから、雨宮は妙な気分だった。

 それに対して、寺島は

「別に、雨宮のテクニカルサッカーは嫌いじゃないよ」

 サラッとそんな風に言ってのけた。別に無理な世辞を言ってるような素振りもない。

「あーしは上手いやつはリスペクトするよ、先輩後輩同期関係なく」

「じゃぁ、嫌いって、何なのかしら?」

 素直に疑問に思う。寺島の発言は雨宮には矛盾していると思えたから。

「嫌いは、嫌いだよ。こいつばかりはどうしょうもない」

「意味がわからないんだけど?」

「意味とかどうでもいいんだよ。こっちだって整理できてないモヤモヤっとしたもんがあるんだ。中学生は色々複雑なんだよ」

 この話はオシマイと切ろうとする寺島は理不尽の権化だなと雨宮が納得しきれない顔をしていると。

「おぉ、いたいた二人とも」

 明る気な声がサイドアップを揺らして後ろからやってきた夏河だ。もはや声を聞いただけでもわかる。

「「なに?」」

 寺島と声をハモらせてやってきた夏河に声を掛けると夏河は大きな眼を輝かせてこういった。

「あのさ、急なんだけどうちでご飯食べないっ。今日がダメならいつでもいいからっ」

「「……はい?」」


 本当に急なご飯のお誘い。夏河の言ってる意味がよくわからず、整理するのに少し時間を要した二人だった。






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