一年生の原石


 鮫倉と林田がお互いを睨み合う緊迫した空気がザワリと流れる。双方とも眼を放さずだが、鮫倉は僅かに唇を揉むように動かし始めている。誰か止めた方がよいのではと思い始めた時。

「いい加減にしとけなチャロ」

 空気の流れをピシリと変えたのは林田の後ろにいたもうひとりの二年生、美井みい 舞流まいるだった。「チャロ」という意外と可愛げのある愛称で呼ばれた林田は頭にチョップを食らい恨めしげに後頭部をさするが、美井は慣れているのか肩を竦めるくらいのもので怖いともまるで思ってもない様子だ。

「チャロさ、負けず嫌いもいいけど、ここは先輩が折れとかないと嫌われちゃうよ。ごめんね鮫倉ちゃん。別にプレイ中の怨みつらみとかそんなんでうちら来たわけじゃないからね、そこは安心して欲しいかな?」

 美井は両手の指先を合わせて「ごめんね」と茶目っ気さのある可愛らしい笑みで鮫倉に気持ちばかりの謝罪をする。試合の時とはまるで違う雰囲気、人の良い優しい笑顔だ。一方の林田はムッスリとした表情で頭を下げる。

「怖がらせたんなら悪かったよ。なんか、挑戦してきたのかと思ったから受けて立ったつもりだったんだが、配慮足らんかったかも知れん」

「……ぁ、 ……ぅ」

 鮫倉は下げられる頭に困惑な声を僅かに漏らすが、あまり周りには聞こえていない。

「よし、謝った。こっから本題」

 林田はいきなり顔をあげると困惑な鮫倉を真っ直ぐと見つめるとよく通る声を響かせてこういった。


「鮫倉、あんたディフェンダーだなっ」

「……ぇ」


 鮫倉の志望ポジションはフォワードだ。急に「ディフェンダー」だと言われても意味がわからない。

「もうチャロさぁ、いきなりそんなこと言われても鮫倉ちゃんもワカランチ定食じゃんかさ」

 鮫倉には、その「ワカランチ定食じゃんかさ」という言葉がわからない。恐らく、その場にいた一年生は全員も同様だ。

「その「ワカランチ定食」は初めて聞くやつには意味わからんっての」

 どうやら「ワカランチ定食」とはそのまま「意味がわからない」という事でよいらしい。理解できたところで使う事は無いだろう。が、林田にはそんな言葉はいまはどうでもよい、そんな事より鮫倉だと向き直る。

「改めて鮫倉、あんたはディフェンダー向きだよ。その動きまわれる足の強さと瞬発力、試合中に物怖じせずにぶつかれる圧力の高さはディフェンダーで間違いなく活かせる。これ、直にやりあって実感した、わたしの素直な感想だ。わたしが決められるもんじゃないんだけど、あんたはサイドバックに欲しいよ」

「所謂にチャロのひとめぼれってことなんよ。まぁ、補欠のあたしが言うのもなんだけどさ、荒削りだけど鮫倉ちゃんは、DFの原石だね」

 先輩二人が鮫倉をべた褒めだ。鮫倉はこんなに先輩に褒められるだなんて思いもしなかっただろう。監督や他のレギュラーDFに話を通さなければいけないだろうが、林田は将来のサイドバックに鮫倉が欲しいと言ったのだ。これは実質、先輩からのラブコール、スカウトだ。正直、本来DF志望の一年生陣からすれば羨ましい話である。


「言いたいのはそれだけ。アリゾウ先輩じゃないけど、ナイスガッツだったよ鮫倉」

「……ぇ」

 林田は熱が上がり赤く色づいた手を差し出す。それをジッと見つめ、鮫倉は唇を何度も揉むように動かし、頭につけたスポーツバンドを外すと。

そう、ですか

 小さく呟き、フルフルと首を横に振って前髪で眼を隠すと足早に歩き去ってしまった。

「あ、ちょっ、どうしたんだ?」

「あちゃあ、怒らせちゃったかな? これはフラれたかもねチャロ」

 スカしてしまった手も寂しく、首を傾げる林田と、少し苦笑な表情で頬を掻く美井。

「そっか、そんなつもりは無かったんだけど、でも確かにフォワード目指してるやつがディフェンダー向きだって言われたら嫌かもね。悪いこと言っちゃったか」

「まぁまぁ、あの才能は褒めたくなるのも理解しちゃうよ。ま、これから長く付き合うかも知れない後輩ちゃんだし、仲良く付き合いたいよね」

「……ちょっと二人とも」

 神妙な顔の林田とどこか楽観的に笑う美井の後ろから声がする。振り向くとそこにいたのはディフェンスリーダー立壁。二人が立壁に向き直り見上げると、立壁は一瞬、眼をパチクリとさせて自分の顔を指差すと「あぁ、違うよ違うよ」と首を横に振って横へとすいっとズレた。

「いや、声でわかるでしょっ」

 立壁の後ろから現れたのはムスッとした武田だった。ちょっとピリッとした表情をしている。二人は顔を見合わせて「え、なに?」と首を傾げた。

「何じゃないっ、いきなり上級生が行ったら怖がる子もいるかも知れないんだからやめなさいって言ったでしょっ。みんながみんな、先輩に慣れてるわけじゃないんだからっ」

 ピシャリとお叱りを受けたが、美井は特に効いてはいないようで口端を大きくあげて笑って口許を抑える。

「うふ、去年の多来沢パイセンにビビってたレナちみたいに?」

「いまなんて言ったのっ!」

「あちゃ、藪蛇やぶへび突っついちゃったっ。チャロ、ダッシュで逃げるよ」

「え、なんであたしまで?」

 言いながら林田も逃げる美井の跡をついていった。


「まったく、あのコンビはもう」

 武田は熱が出そうな広めなおでこに手を当てて深くため息を吐いた。

「まぁまぁ、悪気があるわけじゃないんだし」

「タテカスはあまっ――んっ、んんっ」

 よく絡む有三の影響かどこかチームメイトには甘めな立壁に意見しようとしたが、一年生達の目があるため、咳払いをしてから、背筋を伸ばすちょっと先輩の威厳を演出するような姿勢で一年生達へと向き直る。

「騒がしくしてごめんなさい。わたし達はもう行くから、気にしないで。それと、今日はいい試合だったよ」

「みんな、お疲れさま」

 ちょっとだけクールな先輩を演出する武田と小さく笑って控えめに手を降って立ち去ろうとする立壁の背中はホウと溜め息が漏れる程に一年生達にはカッコよく映っただろう。

(うん、決まった)

 と、心の中で頷くちょっとは理想的な先輩像を演出にご満悦な武田に。

「ち、ちょっとまってくださいっ!」

 と、ダッシュで前へと元気に回り込んでくる後輩がひとり。それは夏河だ。夏河はジッと武田の眼を見て

「あの、シュートどうでしたっ」

 と本人にとっては至極マジメな顔で言ってくるので武田は少しだけ考えてから素直な感想を述べた。

「がむしゃらでよかった」

「え、ちょっとレナっちゃんそれだけ、最後のチップキックの感想とかあるんじゃーー」

「ーー武田センパイししょー!」

 さすがにそれはと立壁がもうちょっと具体的に言ってあげないとカワイソウだと言おうとしたが、夏河は嬉しかったらしくご満悦な笑顔で武田の手を取ってブンブンと振っていた。


「師匠?」

「あ、武田先輩が師匠なんだ」

「てかなんの師匠?」

「そりゃシュートでしょフォワードだもん」


 なにやら後ろで武田が夏河の師匠だという認識が出来上がっているような予感がして「違うから!」と凄味を見せる武田の顔は試合練習よりも、怖く映って一年生達は背筋が伸びた。

「あのね、夏河。この際、言うけどわたしとあんたはシュートスタイルが全然違うでしょ?」

 武田が一番得意なのはヘディングシュートであり、夏河はあまりヘディングを多様するようなプレイヤーでは無いといまの試合練習で理解した。そもそもと、なぜ懐かれて師匠呼ばわりしてくるのかは武田にも謎である。

「あ、そうなんですね。じゃ、次の目標は武田センパイししょーのシュートスタイルにしますっ!」

 だが、夏河は特に気にする様子なくこれからも「武田センパイししょー」と呼んできそうで頭が痛くなってくる武田であった。
















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