練習後の一年生




 一、二年生チームの本番さながらな白熱した試合練習が終了し、宮崎監督が刈り上げた後頭部を小指でなぞりながら共に審判をした乾田いぬいたと会話を交わしている。

 乾田がなにやら宮崎監督の話に頷きながらセミB5サイズの大学ノートになにかを記している。それを遠目に見ながら、雨宮は今回のポジションをバラけさせた8人制サッカーでの試合練習に何かしらの意味はやはりあったのだろうと予測しながら試合熱に火照った身体を指で摘んだユニフォームで扇いで落ち着かせた。


「夏河すごいじゃん。あんな隠し球持ってたなんてっ、どうやったらあんなんできんのっ」

 夏河のキレイに決まったチップキックシュートに一年生陣は興奮の色を隠さずにワイワイと夏河に遠慮なく絡んでくる。試合練習前のサッカー素人として見る目は無くなっていた。だが、本人はどこか放心した表情でサイドアップの結び目をむず痒く掻いている。

「いや、シュート失敗したと思ったんだけど、なんなんだろうねあのシュート、ホントどうやって撃てたんだろ?」

「はあっ? あんたまさか偶然にチップキックシュートを撃っちゃったて言うんじゃないよねっ」

 素直に動揺した感想を述べる夏河に、まんまると眼を剥いたツインテール寺島が思わずズイと顔を近づけてくる。夏河は、試合中に寺島に喝を入れられた事もあり、少しおっかなびっくりにだが、素直に応える。

「ぅ、うんそうだけど、え、あれチップキックシュートて名前なんだっ。なんかカッコイイ」

「マジ……まったく、筋が良すぎるのかヤバイくらいに強運なのか……」

 寺島は眉間を指で揉みながらホケッとした夏河の大きな眼がパチクリとする顔になんだか疲れたように脱力して肩を落としつつ、ついでにチップキックシュートがどんなものかを教える。

「いい、チップキックシュートってのは蹴り上げたボールにドライブ回転が掛かって急激に落ちるシュートなんだよ。似たようなのにループシュートて弧を描いて落ちる飛距離の長いシュートもあるけど、どっちも撃つにはコツがいるから、偶然撃てるようなもんじゃないんだよ、普通なら」

「へぇ、そうなんだぁ奥深いなあ」

「あんた、本当に奥深いと思って言葉を口にしてる?」

 寺島の説明にまるで他人事のようにウンウンと頷く夏河に寺島はジトッと眼を細め、後ろで見ていた雨宮は「あぁ、わかるわね、その気持ち」と予想のつかない夏河に疲れた背中をみせる寺島に初めてシンパシーというものを感じた。

「てかさ、寺っちって意外と親切だね。誤解しちゃってたよ。あ、こういうのをツンデレっていうんでしょっ」

「誰が寺っちだよっ。てか、あーしはツンデレってやつでもねえよっ、訂正しろっ!」

「え、ヤダよ。寺っちは訂正してもツンデレは訂正しないよっ」

「どうしてだよっ」

 二人の下手なコントよりも面白みのありそうな会話に、周りから楽しげな笑いが漏れる。


「……」 


 その輪の中から、鮫倉が外れてゆくのを雨宮は見て、声を掛けようかと思ったが、部活前のもう少し様子を見てあげたほうがいいという赤木の言葉が頭に残っており、少し躊躇いが出て迷ってしまう。


「おいっ」


 その時、輪から外れようとしていた鮫倉に、二年生が目の前まで歩いてきた。

 やってきたのは試合中に鮫倉のディフェンスにチャンスを幾度と潰された林田と美井だ。威圧感のある林田の声に鮫倉は一瞬、身体を震わせ、三白眼な上目遣いで林田を黙って見つめる。林田は特に睨まれるような鮫倉の凄みのある眼に怯むことはないようで、逆に鮫倉の眼を負けじと圧力強く見下ろしてきた。


 異様に張り詰めたピリピリとした空気の鋭さに、一年生達は思わずとも二人の方を見ずにはいられなかった。






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