夏河 苺千嬢さんのお家の前で
さすがに急すぎるという事で、クラブ休みの休日ならと雨宮と寺島は夏河のご飯のお誘いを受けた。
「それじゃ、せっかくだからお昼ごはんにしようよっ」
という、夏河の一言で休日のお昼御飯の約束をした。
――そして、当日――
「……イチジョウさんのお
ラフな紺色のボーダーパーカーとハーフパンツの普段着姿な雨宮は夏河の家の前でらしくなくポカンと口を開けていた。
雨宮の青い瞳がマジマジと見つめる先には
『
と達筆に彫られた木彫り看板が掲げられていた。
(これ、ラーメン屋さんなのかしら?)
店構えと店名はどこの街にでもある中華そばと呼んだ方がしっくりときそうなラーメン屋さんなのだが、雨宮はどうにも自分の直感に自信がなくなる。と、いうのも店の前にはうどん屋さんに飾られていそうなタヌキの置物が置いてあり、その隣にはガラスケースがありフォークが持ち上がったスパゲッティやら天ぷらそば等、麺料理の食品サンプル模型が飾られ、壁には「ボーノイタリアーナ」「火の国熊本豚骨ラーメンだモン」「激辛キムチ冷麺」等とポップな手描きポスターが貼られ、多国籍感が溢れており脳処理が追いつかず、混乱が高速でスピードを上げていく。雨宮は突っ立って眼を忙しなく動かして観察していると
「なにやってんだよ」
ボーイッシュな語り口調が呆れの声音を混じえて横から聞こえてきた。雨宮が声の方に目を向けると
「あぁ、寺島さん」
そこにいたのは今日もオーソドックスなツインテールヘア
「ん……寺島さん?」
そこにいるのは、確かに寺島なのだが、どうも自分の頭はまだ混乱の中にあるらしいと眉間を揉んでいま一度マジマジと雨宮は寺島を見つめた。
「なんだよ、気持ち悪いな」
いやにジロジロと見てくる雨宮に寺島は口調はボーイッシュなままに視線がこそばゆいのか軽く
「いや、随分と可愛らしい私服なのね?」
雨宮が素直に感想を漏らす寺島の服装は左肩が少しだけ露出したワンショルダーのピンク色Tシャツに白いドットボタンのミニスカートといった女子力全開な私服だった。女子力とは遠い位置にいる雨宮にとっては充分に可愛らしいガーリースタイルな服装だ。
「いや、これくらい普通の服だろ」
だが、可愛らしい私服と言われた寺島本人は納得いってないようでぶっきらぼうなボーイッシュ口調で普通だと言ってのける。
(これが普通の女子の服なのかしら?)
特に見た目を気にしない雨宮には新鮮に映り、やはりマジマジと観察するように見てしまう。
「な、なんだよあーしが「カフェラテ・ピンク」着てるのおかしいかよ」
カフェラテ・ピンクとは寺島の着てる服のメーカー名だろうか。特にオシャレ方面にも疎い雨宮にはわからない。しかし、おかしいかと問われると、口調は多少荒っぽくはあるもののこの可愛らしい服を寺島が着て似合わないといえばそうとは思わない。むしろ、ツインテールヘアとも相まってよく似合っているのではないだろうか。
「可愛くていいんじゃないかしら?」
雨宮は素直にそういうと寺島はむず痒そうに唇を尖らせツインテールを手櫛で
「で、あーしの事はいいんだよ。雨宮はなにボーッと突っ立ってたんだよ」
話を服装で膨らませられても困る寺島は、話題を雨宮の方に変えた。雨宮は、青い瞳をパチクリとさせて「ボーッとしてたかしら」と顎に指を当てて思考しながら、まぁいいかと夏河の家へと指を差した。寺島は指の先を見て一瞬、なにか考えてから「ふーん」と頷いた。
「まさか夏河んちが「うどん屋」だったとはね」
「え、うどん屋さんかしら、ラーメン屋さんにも見えるのだけど」
「うどん屋だろ? タヌキがあるんだから」
「だけど、謎の食品サンプルもあるのよ。もしかしたら、ワタシ達の予想は的外れで定食屋さんの可能性も」
「じゃあなんで「
「そこがまた、頭が混乱してくるのよ。イチジョウさんの家なら、予想外なお店の可能性もーー」
「ーー二人とも店の前でなにやってんの?」
「「わっ」」
二人でこの店が何なのかと押し問答をしていると、店の戸がガラリと横に開いて夏河本人が鰹節風味なラーメンスープの香りと共に現れた。どうやら、和風ラーメンのお店のようだと二人は納得した。
「その、お店がなかなか個性的だったから」
「ん? あぁ、ハハッうちの親って凝り性だからビックリさせちゃったかな」
夏河はケタケタと笑いながらタヌキの置物をペシペシと叩いた。凝り性とは違うと二人は思うのだが、夏河の事だ指摘すると話が長くなりそうなのでやめておこう。着ているTシャツに「マチカネオイデヤス」と書いた馬がプリントされてる事にもツッコまない事にする。ただひとつ聞いてみたい事を雨宮は最後に聞いておく。
「イチジョウさん。名前はおうちの店名からだったのね」
「ん、そだよ。いったでしょ家を背負ってる感じって」
「あぁ、あれってそういう意味だったのね」
なんだか、割とどうでも良さげな伏線が回収された妙にスッキリとしたような気分に雨宮はなった。
「まぁまぁ、そんなことより店のなか入って入って」
「あぁ、けどごはん食べようて自分ちのラーメン屋だとは思わなかったわ」
「ん〜、別にうちラーメン屋じゃないよ?」
「え、じゃあうどん屋さんなの?」
「うどんもラーメンもあるけど違うよ?」
「てことは定食ーーいや、大衆食堂てやつか」
「違うって、うちご飯ものやってないもん。ちゃんと「
また新たな謎に頭が混乱しそうだと二人は答えを見つける意味も含めて夏河の背を押して店内に入るのだった。
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