クリッパーストール


「と、言うわけでここからはわたしもサッカーに参加しますっ、サッカーだけにねっ」

「ぇ……もしかして、サッカーと参加を上手くかけたつもりなんでしょうか?」

「プフ、一周回って面白いかもーー」

「ーーキャプテンッ、ダメですっ、正気に戻ってくださいっ。こんなので笑ったら黒歴史に堕ちてしまってっ!?」

「なあんか、失礼なんですけどお?」

 上履きから運動靴に履き替えてきたギャグも絶好調(???)なイチジョウもサッカーボール遊びに参加する事になった。雨宮はどこか不満げな表情だが、赤木は一年の後輩達と遊べる機会などそうそう無いので素直に嬉しそうだ。

「で、サッカー遊びって、何やってんですか?」

「うん、とりあえずパス回しとか一対一のボールの奪い合い、リフティングで遊んでたけど」

 いざやるとなると、なにをしていいのかわからないイチジョウに、赤木は雨宮と遊んでいた内容を教える。

「うむむ、リフティングかぁ〜、わたしまだ10回くらいしか連続でできないから、自信ないなぁ〜」

 イチジョウはボールを前にして、サイドアップの毛先を指できながら自信の無さを伝える。

「イチジョウさんあなたサッカーは今年から始めたって言ってたものね。まぁ、それならリフティングにまだ不慣れなのもわからなくはないけど」

 雨宮にはニワカには信じられないが、イチジョウはサッカーをしたことがほぼ無いにもかかわらず競争の激しい女子サッカー部になんとなくやってみたいという理由で入部してきたのだ、隣の赤木もさぞや驚くだろうと雨宮は思った。

「へぇ、そうなんだ」

 だが、赤木は差して驚きはせず軽く頷く。一瞬、雨宮は面食らうがこれは赤木キャプテンの器の大きさだと納得した。どんな時にも赤木キャプテンは動じる事はないのだと。

「あ、でもでも、キャプテンさんがさっきやろうとしてたやつはカッチョイイからやってみたいなって思います。あの足の横っちょにボール乗せようとしてたやつ」

「足の横っちょって、これのこと?」

 イチジョウがワチャワチャとした動きで伝えようとするのを見ながら、赤木はボールを両手で浮かせてから足先インステップで二回ほどリフティングをして大きくバネのように跳ねあがったボールを膝裏ひざうらから交差クロスさせ足の側面インサイドにボールを乗せてみせた。

「そうそう、これこれさっきのカッチョイイやつ!」

 イチジョウはパチパチと拍手をして大きな眼を好奇心に輝かせる。

「これは「クリッパーストール」っていうリフティングテクニックのひとつだよ。足をこうやって跨いで、交差させて、地面に平行になるようにして、受け止めるの」

「クリッパーストール! 名前もカッコいい!! わたしもこれ絶対やってみたいですっ!!!」

 赤木の口から発せられたカッコいい技の響きにイチジョウは更に眼を輝かせて動きを真似して尻上がりに大きくなる声ではしゃいでいる。その横で雨宮が眼を細めて少しのため息を吐いた。

「ふぅっ、クリッパーに憧れるのはいいけど、イチジョウさんあなた、基本的なリフティングもまだままならないんでしょ? いきなりやろうなんて無茶だわ」

 言われて「あっ」とイチジョウは固まる。目の前のカッコいい技の前にリフティングに不慣れなことを一瞬、忘れていた。

「そっかぁ、ちゃんとリフティングの練習ちゃんとやらないとなぁ」

「まぁまぁ、そんなに難しい技でもないから、根気、やる気、元気で練習すればできるようになるよ。そうだ、感覚だけでもちょっと体験してみる?」

 シュンと小さく眉尻を下げてしまう元気印な後輩を励ましながら赤木はそんなことを提案してみた。



「そうそう、そうやって地面に平行にして足を跨いで出す。じゃ、いくよ、1、2の3ハイッ」

「ハイッ!」

 掛け声と共に赤木が手にしたボールを放すと同時にイチジョウは足を膝裏から跨ぎ交差クロスさせた。伸ばした足にボールは見事、側面インサイドに受けとめられた。イチジョウの瞳と口端くちはが興奮に大きく大きくあがる。

「おおっすっごい、超気持ちいいんですけどうっ」

「うんうん、そうだよね。超気持ちいいでしょ」

 興奮気味なイチジョウに同意して頷く赤木が提案したのは、インステップリフティングを省いてボールを上から落とす補助付きのクリッパーストール(仮)だ。ボールを受けとめて成功した時の感覚を体験してもらえれば、自力で成功させた時の嬉しさと楽しさが何倍にもなって帰ってくる。赤木自身も先輩から教わった一歩目の体験練習方だ。実際に目の前のイチジョウも嬉しくて仕方がないといった表情で足の側面に乗ったボールを指差して目の前の雨宮に報告する。

「リア、見てみてリアうまくいった。リアわたしの足にボールがリアだよリア!」

「そんなにリアリア言わなくても見ればわかるわよ最後何言ってるか意味不明になってるじゃないの。ま、三度目の正直だけどキレイに側面に乗せれたのはセンスあるんじゃない。素人にしては上々かな」

 子どものようなイチジョウに苦笑しながら、雨宮は素直には褒めずに側面に乗るボールを足で掬いあげて、イチジョウの目の前で華麗にクリッパーストールを二回連続で成功させてみせた。

「へあぁ〜、リアって凄いんだなぁ」

 流石のイチジョウもこれには文句ではなく尊敬な拍手を贈る。

「これくらい、できて当然じゃないとダメよ。補助無しで連続二回成功がワタシの考えるクリッパーの理想的な形。ここからもうちょい難度をあげたテクニックに繋げられてーーその前に基本的なリフティングよね、10回しかできないって言ってたけど、コントロールを意識しながらもっと回数を重ねるように」

 雨宮はこんなものは当然だというおましな顔で側面に乗ったボールを浮かせてイチジョウの足元に転がせて、腰に手を当ててジッと見つめる。リフティングをいま、やってみせてと言っているようだ。イチジョウは転がったボールと雨宮の顔を交互にみて、挙手をする。

「あの、どれくらい連続でできるのが理想?」

「そうね、最低500回?」

「500かっ!? 無理だよそんな超人レベルなんてさっ」

「500回が無理だって思うなら、クリッパーストールをやりたいなんて言わないほうがいいわね」

「そんなぁ、キャプテンさあん。リアがイジメるんだようっ」

 あまりにも雨宮が理不尽な事をいうとイチジョウは赤木に泣きついた。

「まぁまぁ、いきなり500回は無理だって思うのはまだしょうがないよ。ほら、10回はできるんだから、まずは30回を目標にしてみて徐々に増やしていけばいいよ。数をこなす事もボール感覚を養うという意味では必要だから。理想のボールコントロールを意識するのに遅いも早いも無いしね。普段はどんなリフティング練習をしてるかはわからないけど、まずは手を使って足先のインステップリフティングからーー」

 だが、赤木の言いようだと特に理不尽な事を言っているようではない事がわかる。段々とサッカー脳に傾いてきた赤木がリフティングのアドバイスをわかりやすく教えてくれるのはありがたいが、イチジョウは冷や汗タラリとツバをごくりと飲んで恐る恐る赤木に質問した。

「あの、キャプテンさんのリフティング最高回数はいかほどで?」

「ん、ええっと、12000回くらいーー」

「ーーイチマンニセンカッ!!?」

 イチジョウ基準で天文学的な数字に、赤木の人畜無害そうなホケッとした顔を眺めながらこの人も恐ろしい超人なのだと理解した。

「じゃ、キャプテンのありがたいアドバイスも受けたのだから、やってみせてイチジョウさん」

「ぇ、うん、そうだ……ね。いや、やってみせろ、わたしっ」

 一瞬、尻込みをした自分にかぶりを振ってイチジョウは「ええい、ままよ!」と自分を奮い立たせてボールを手に持ちリフティングを開始。

「ーーを、なんだ、デートって両手に花かよ」

 しようとした時、背後からハスキーな声の響きが割り込んできた。




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