イチジョウ


「イチジョウさん、あなたがなんでここにっ」

 突然と現れたイチジョウに雨宮はどこかまずい人にあったような反応をする。イチジョウは敬礼ポーズから赤茶けた髪を掻く仕種をして大きな眼をパチクリとさせた。

「なんでと言われても、休み時間だから友達と体育館で遊んでただけだけど?」

 後ろを見るとスカートの下にジャージを履いた女子達がバスケットコートでハイタッチをしているのが見え、バスケットボールを抱えた友達らしきひとりがイチジョウに向かって手を振ってきた。

「おうい「ナッツ」助っ人あんがとね〜」

「うん、また誘ってなあ」

 イチジョウもヒラヒラと手を振って返す。どうやら、バスケットボールをして遊んでいたようだ。

(ナッツ?)

 イチジョウのニックネームだろうか。下の名前に「ナツ」とでもつくのだろうかとなんとなくどうでもよさげな事を思いながら、バスケットボールをプレイした後のイチジョウを見つめて雨宮は「ん?」と彼女の格好を二度見する。

「ちょっとあなた、スカートでバスケやったんじゃっ」

 他の女子はちゃんとジャージを履いているが、彼女だけ素足を晒したスカート姿だ。そんな格好で飛び跳ねる運動をやったのかと目を丸くさせる。

「あはは、ジャージ教室に忘れちゃって、取りに帰るのも面倒だったからさあ、一応、下に体操着パンイチ仕込んでっけど」

 大胆にスカートをたくし上げて証明しようとするイチジョウの手を雨宮は慌てて止めさせる。

「イチジョウさんっ」

「なあに大丈夫だって、男子なんて可愛い子か胸が大きい子にしか興味無いんだから、仮にわたしのパンツ見たがる男子なんていたら現代文明人類として終わってるね、ていうかさ」

 いったいなにが大丈夫なのかと雨宮はあきれる。イチジョウはわけのわからない理屈を捏ねながら、あきれ顔な雨宮にも言いたいことがあると上から下まで見て不満げに唇を尖らせる。

「リアとキャプテンさんだってスカートじゃん。そっちこそ、ボール蹴ったら見えちゃうんじゃねえの?」

「ワタシとキャプテンのスカートは割らせないアンブレイカブルよ。ですよねーー」

「ーーえ? ぁ、ま、そうなのかしら…… あんぶれいかぶる?

 急に振られた赤木は自分を指差して曖昧な返事でごまかす。そういえば、なにも考えずにスカート姿で女子二人おもいっきりボールを蹴っていた。よく考えれば体育館裏といっても、どこかで男子が見ていないとも限らない。現にこうやってイチジョウは体育館裏の扉からこちらに気づいたのだ。これが男子だったら非常に気まずい空気が流れていたかも知れない。少しは気にするべきだったと赤木は反省する。しかし、雨宮の言ってる意味は赤木には実はよくわかっていない。

「まぁ、スカートの話はいいとしてリアさぁ」

「なによ、イチジョウさん」

 大きな瞳をジトッと細めて不満げな顔を近づけるイチジョウに雨宮は怯みもせずに真正面に両腕を胸の前で組んで迎え撃つ。

「また、イチジョウさんていう。こっちはリアって呼んでんだからリアも呼び捨てにしてくれないとフェアじゃないじゃんか」

「フェアかどうかなんて関係ないわね。ワタシがイチジョウさんと呼ぶからあなたはイチジョウさんなの」

「むぅ、こいつは心の壁は厚すぎる……だけど、しつこく諦めが悪いのがあたしの長所だっ」

「ワタシにとっては短所だわっ!」

「ほへぇ、仲いいんだね二人とも」

 二人のコントのようなやり取りと、見たことないリアの表情に赤木は思わずホッコリと笑う。

 言われてイチジョウはテレテレと笑い雨宮はショックを受けた顔をする。

「えへへ、わかりますキャプテンさーー」

「ーーやめてくださいキャプテン。この人が勝手に絡んでくるだけですからっ」

「ちょっとう、この人とかひどくないっ」

「もうあなたにはこの人で充分っ。ほら、キャプテンがまた勘違いしちゃうからサッサッとどこかへーー」

「ーーカッチーン。発言ライン超え、はい決めたゼッタイ、離れませんっ。ねえ、赤木のキャプテンさん。わたしともサッカーしましょうそうしましょう」

「ちょっとっ、キャプテンにたいしてなんて馴れ馴れしいっ」

(うーん、ホントに仲いい友達にしか見えないや)

 やはりコントのようなやり取りをする二人の後輩を赤木は温かい眼で眺めるのだった。













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