問題児
水分休憩を終え合流した一年生達の練習は二、三年生の先輩達がチェックすることになっている。実際にプレイする選手の目線から良い部分悪い部分を指摘し、選手間のコミュニケーションを取りやすくしチームとしての信頼関係を築くのが西実館の練習方針だ。
いま現在、フォワード志望の一年生を中心に、キーパーとの1対1を想定したシュート練習をグラウンド半面を使っておこなっている。
現・正レギュラー二年生FW
「そこのヘアバンドのあなたとサイドアップ茶髪のあなた。ちょっとこっちに来て」
先輩からの呼び出しに三白眼な瞳が鋭いヘアバンド「鮫倉 うるか」と薄茶の大きな眼をパチクリとさせたサイドアップ茶髪「イチジョウ」が武田の元へと駆け寄る。
「呼び出された理由はわかる?」
「いえ、特には」
「……っっ」
イチジョウは本当によくわかってなさそうな顔でキョトンとしており、鮫倉に至ってはずっと鋭い眼で武田を睨んでいる。
一年生の頃の武田なら軽く悲鳴をあげてしまいそうな睨みだが、いまの武田は先輩でありレギュラーである
(この娘は確か、鮫倉さんだったね)
紅白戦で相手チームとして一緒にプレイした鮫倉 うるか。その身勝手に突っ切ろうとするワンマンな暴走プレイは嫌でも記憶に残る。だが、もうひとりのサイドアップ茶髪の一年生はどうにも覚えていない。呼び出しておいて名前を覚えていないなどというのは失礼な話だと思いながらも、武田はもう一度イチジョウに向き直り名前を聞くことにした。
「ごめんなさい、あなたの名前、まだ覚えていなくて、ごめんだけど、教えてくれる?」
「名前ですか? はい、名前は「イチジョウ」ですっ!」
サイドアップ茶髪の一年生イチジョウは気持ちのよい元気な声で応えた。武田は「イチジョウさんね」と頷くと二人の眼を交互に見ながら本題に入った。
「ハッキリいうけどあなたたち真面目に練習する気はある?」
わざと感情の薄げな無表情と冷たく突き放すような声音で言い放つと鮫倉の眼は険しいままで、イチジョウはムッと不満げな顔をして反論を返した。
「いえ、真面目にやってるつもりですっ」
やはり、反論の声が返ってくるかと武田は腰に手を当ててよく耳に通る張った声で返す。
「だったらちゃんとやってみせて。いい、このシュート練習はキーパーとの1対1を想定した練習なの。イチジョウ、あなたは交わしもせずにキーパーに向かって力いっぱいシュートを撃ち続けるなんてフザケてると思われても仕方がないよ。交わさないならちゃんとキーパーの位置を眼と頭で確認して、ある程度のシュートコースは見極めてから撃ちなさい。貴重な練習時間は大切にーー」
「ーーある程度のシュートコースって、具体的にどこを狙えばいいんですか?」
「は?」
あまりにも予想外な返答に武田は思わずポカンと口を開けたまま固まってイチジョウを見つめた。一瞬、本当にフザケているのかと思ったが、どうも本気で聞いているような雰囲気でイチジョウは真っ直ぐと見つめてくるので、武田は思わず当たり前な応えを返していた。
「そりゃ、ゴール隅でしょう。キーパーの手が届き難いゴール隅」
「なるほどっ、わかりました! アドバイスありがとうございます!」
いやに素直に礼を言われて武田は頭が痛くなりそうで広めなおでこに手を当てて天を仰いだ。キーパーの位置を確認して手の届かないところを狙ってシュートを撃つのはシュート練習の基本中の基本だ。シュート常識を口走ってみただけであり、これはアドバイスでもなんでもない。これではまるで生まれて初めてサッカーのシュート練習を知ったみたいじゃないかとイチジョウを見つめ返すが「なんですか?」と首を傾げるだけなので、とりあえずいまは彼女の事は置いておき隣の鮫倉へと眼を向けた。相変わらず鋭く睨んでくる様は、礼儀正しいとはほど遠いと武田は感じるが、そこはいま目をつむる事にする。重要なのは彼女のプレイだ。
「鮫倉、あなたはボールを渡されてからキーパーを交わすのはいい。けど、ボールのキープ時間が長すぎる。すぐにシュートにいかないとキーパーのカバーリングに追いつかれる」
鮫倉はなぜだかボールが自分の足元にくるとボールを放したがらないフシがあるように武田は感じる。だが、彼女は得点力を求められるFWというポジションにいるのだ。必ずしもFWが強欲に得点を狙わなければいけないわけではなく苦しい場面になればFWもボールを手放す勇気を持たなければならない。紅白戦の初っぱなに撃ち込んだ高速シュートはワンマンではあるが、決して全てが悪いものではないと先輩達からも評価されていた。そんなプレイを練習でアピールして欲しかったのだが、現実は、それとは掛け離れた固執したボールキープだ。いまはキーパーとの1対1を想定したシュート練習をしている。交わしたあとまでのんびりとボールキープし続けようなぞ、練習の意味がまるでない。
「……
「なに?」
鮫倉が鋭い眼力とは正反対な消え入りそうな声でなにやら呟いている。武田は聞き取れず、もう一度、聞き返すと鮫倉は唇を揉むように動かしてから聞き取れる程度の声量を絞り出した。
「コワイから」
「は?」
また予想外な返しに武田は次に吐き出す言葉が咄嗟には見つからず口をパクパクと動かし、脳内に彷徨う言葉を探した。
(コワイ? なにが?)
武田の困惑の度合いは強い。紅白戦で戦った時の彼女はワンマンではあるが、スピーディーに相手にぶつかる強い闘争心を持っていた筈だ。特に先輩GK
「すみません……なんでも、ないです」
鋭さはそのままに眼を反らし、消え入りそうな声をまた絞り出す。そのあまりのアンバランスさに言うべき言葉がいまだ現れない。
(本当にあの紅白戦と同じ娘なの。多来沢先輩の言ってるワガママさも有三先輩の言ってた悪態とガッツも全然感じられない)
理由はわからないが、これ以上の問答は逆効果な気がして、お説教は打ち切る事にする。先輩と言っても中2である武田には抱えきれる問題では無いと自分で思えてしまったからだ。
「と、とにかく、練習時間は限られてるんだから、大切に身になる練習をすること。以上、行ってよし」
「「ありがとうございました」」
声だけは揃えた二人の一年生は練習に戻って行った。
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