紅白戦 上


(赤側のキーパーはリサキか)

 白いビブスとキャプテンマークを身に着けた三年生FWフォワード多来沢たきざわ はじめ」は友人でもある三年生GKゴールキーパー有三ありみつ 里咲りさき」を観察しながら上唇を舐める。眼を笑わせて二年生DFディフェンダー立壁たてかべ 香住かすみ」となにかを話している。有三は優しい顔をしているが身体全体で飛び込んでくる豪快パワフルなセービングが得意だ。味方としては頼れる西実館の守護神だが、敵に回ると厄介な要塞である。だが、試合ゲームとしてはゴールを割るのが楽しみに思ってしまうのは多来沢の「西実館のストライカー」としてのさがだろう。


(向こうもこっちと同じ4-4-2〈DF4.MF4.FW2の基礎的フォーメーション〉。まぁ、実力を見るには基礎戦術がセオリーだよな。おっ、中盤を強化してきたかな)

 多来沢は赤チームのフォーメーションを確認をしながら頭で予想を立てる。赤チームは正レギュラーが多めのバランスで、特にMFミッドフィルダーは三人も起用されている。特に要注意は右サイドでその場で軽くジャンプしている三年生MFでキャプテンも務める「赤木あかぎ 三子みつこ」だ。多来沢の仲が良いもうひとりの友人。普段は緊張しいでよくポカをする印象だが、ピッチ上ではキャプテンを任されるだけはある着実に仕事をこなす優秀なMFだ。

(こりゃ、白チームに一番実力を試したいやつがいるせいか?)

 切れ長な眼を細ませて後ろを見やる。日本人離れした整った顔立ちと青色の眼が特徴的なショートカットヘアの少女がすぐ側のトップ下に立つ。二、三年生の間で話題の一年生MF「雨宮あめみや リア」だ。彼女はハーフゆえの目を惹く容姿以上に二、三年生の話題の的となるのは小学生時クラブチームで宮崎監督からコーチを受けているとの事だ。宮崎監督を追ってまで他県から西実館へ入学してきたらしい。彼女も例外無く紅白戦で力を試すという事は監督は雨宮も特別扱いはしないようだ。一年生はまだ走り込みを中心とした練習メニューなため多来沢はまだ雨宮の実力をこの目で見たことは無いが、個人的に興味が擽られるのが本音だ。

(で、ウチのツートップの相方も、一年生ちゃんか)

 目線を横へと移動させると襟足を伸ばした長めのショートヘアにゴムのスポーツヘアバンドで前髪をあげた女子が屈伸運動をして試合の開始を待っている。FW志望の一年生「鮫倉さめくら うるか」だ。スタミナと加速力を鍛えるダッシュトレーニングでやたらと勢いをつけて練習を繰り返し、よく目立っていたので多来沢も名前を記憶している。脚の速さにはどうやら自信ありのようだが、それがFW向きかどうかはわからない。多来沢自身もいまの実力を試される側ではあるが、ツートップFWの相棒を任せられるかどうか見極めてやろうと考えている。個人的にはその三白眼な眼つきの悪さに同じく眼つきが悪いほうな多来沢は親近感が湧く。

 とにかく、白チームのキャプテンは多来沢自身だ。最初に自身の作戦を後輩が多めな白チームには簡単ではあるが伝えてある。


『まずはフォワードは確実にマークされるだろうから、キックオフと同時にウチがボール渡したら鮫倉は無理せずにトップ下の雨宮にパスするんだ、理想はマーク外しからのカウンター攻撃だけど、向こうもこっちの盤面どおりにはさせないと思うから――』


 トップ下にボールを回したあとはまずは自由にやらせてみようと思うのが多来沢の考えだ。しかし、キャプテン指示というのはどうにもなれない。やはり、試合の中で敵味方の動きを見て試合感を叩き込むのが一番自分らしいと多来沢は思う。



 そして、紅白戦はホイッスルと共に幕を開ける。先攻、白チーム。


 多来沢がボールを横の鮫倉に渡し、すぐさまトップ下の雨宮に送る。

 説明した作戦はこうなっているはずだ。


 だが、蹴られたボールを持つと鮫倉はいきなりスタートダッシュと言わんばかりのドリブルで敵陣へと向かい始めた。

(こいつっ)

 ワガママだ。いきなりの作戦無視に一瞬、初動が遅れた多来沢のフォワードである選手感覚がそう告げた。

 脚に自信があるのか、ボールコントロールは荒々しいが鮫倉のトップスピードは速い。いきなり中盤の守備を越え、二年生ながらディフェンスリーダーを務める立壁のディフェンスをそのまま突き抜け、ペナルティエリア内に突入すると初歩的なインステップキックで狙いを定めず高速シュートを敵陣ゴールへとお見舞いした。シュートが左斜め隅へとゴールを襲う。

 が、その軌道に有三のパンチングが難なくシュートを弾き、勢いが殺されたボールは上空に処理されると楽々と有三の胸に吸い込まれるように両手でセービングされる。

「くすぅぉっ」

 先制点を決めるつもりでシュートを撃ち込んだ鮫倉の口から悪態をつくような言葉が短く吐き出された。小さな呟きだが有三の鋭敏な耳には届いている。

「ナイスガッツウ」

 少し皮肉を込めて有三が緩やかな声で返すと、途端に鮫倉の目が険しくなるのを見て有三は軽く唇を舐めてかっぴらいた眼で後ろに下がる鮫倉の生意気さを感じながらその負けんきの強そうな闘争心は嫌いではないと笑みをこぼしながらボールを蹴り上げてフォワードへとロングパスを送った。




 自身へと送られてくるロングパスを受け取るため二年生FW「武田たけだ 礼奈あやな」は走りながらトラップ体勢を取りボールへと向き合う。ここでボールを受け取れば、そのままカウンターを仕掛けられる。現レギュラーである武田はプライドとレギュラーの座にしがみつく覚悟で確実にトラップすると決めていた。


 だが、ボールを受け取ろうとする武田の前にひとつの影が飛びだし、ヘディングで鋭くパスカットをする。レギュラーである武田のカウンターを予期しマンマークしていた「雨宮 リア」の予測勝ちである。

 ヘディング処理されたボールを味方が受け取るとすぐに態勢を立て直した雨宮の目配せで時間差のショートパスを送られる。絶妙なショートパスを脚先です早くボールコントロールするとドリブルモーションへと移行した。攻撃的ミッドフィルダー雨宮 リアが敵陣へと侵攻を始めた。






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