紅白戦 下


 敵陣へと突入した雨宮を阻止しようと中央のセントラルミッドフィルダーが勢いをつけて走り込んでくる。必死な顔で突っ込んでくるMFは雨宮と同じ一年生部員だ。彼女はレギュラーを取るチャンスに焦ったか、ラフプレイも辞さず突撃してくる。雨宮はそれを上体を軽く揺さぶるボディフェイントでテクニカルに引っ掛け突破する。雨宮の眼にはもはや追い抜いてしまった相手は見えてはいない。青い眼に映るのはキーパーから得点を割る可能性。

(あのセンパイなら)

 雨宮はゴール下に走り込む動きをみせる多来沢へとクロスを上げる事を決める。レギュラーだけあってDFの警戒するゾーンディフェンスはキツイ。高めのセンタリングクロスをあげ、多来沢が空中戦デュエルを制するための理想的なシュートアシストする良いイメージを頭の中で描く。多来沢のカウンターを警戒する右サイドバックのマークにはどこか若干の迷いが見える。あれなら強引にでもカウンターを仕掛けられる筈だ。自分のテクニックで完璧なアシストを送ってみせるという自信が雨宮にはある。


 だが、それは絶対的な自信の中から生まれてしまった「隙」であったのだろうか。パスムーブへと構える直前に雨宮の足元からボールが消えた。いや、目の前で掬い取られた。


 なにが起きたと動きを止めてしまった雨宮の横を小柄な影が滑るように流れてゆく。雨宮の視界に一瞬映ったのは大勢の前で緊張に言葉噛んでいたキャプテンだった。キャプテン赤木は細やかなボールコントロールを終えると、そのままドリブルで白チームの陣地へと駆け上がり始める。雨宮は一瞬の意地が勝ち、態勢を立て直し身体を反転させて赤木を追尾チェイスする。先行した赤木のライン際ギリギリのドリブルで駆けてゆく背中が見える。

(なんて正確なドリブル)

 赤木の背中を追いかけながら雨宮はスピードを落とさずにライン際をキレイに駆け続ける赤木のボールコントロールとドリブルテクニックに驚きを隠せない。だが、あの10の背番号に追いつけない程ではない、雨宮は走る速度を上げて追いかけ続ける。味方ディフェンス陣も走り込んでくる赤木の攻めを意識し、左サイドバックがシュートを警戒しつつゾーンディフェンスに入る。

(よし、これで)

 前門の虎、後門の狼。これだけハードに攻め立てればボールキープは難しいだろう。堪らずライン外へと逃げ出すか慌てたミスキックを誘える筈。あとは奪ったボールをフォワード陣に上げて反撃再開だ。雨宮の頭はすでに反撃に移るビジョンを浮かべている。

「来てるっ!」

 後ろの味方が叫ぶ声が聞こえる。雨宮がその言葉の意味を冷静に捉える前にゴールコーナーエリア直前で赤木が真横に向かって素早くボールを蹴り上げた。

 苦し紛れのミスキック、ではない。フリーになったFW武田が走り込んできている。赤木に意識が向いた隙を着き、カウンターを狙ってきたのだ。武田の頭上に吸い込まれるように上げられたセンタリングクロスからのパワフルなヘディングシュートでゴールを狙う。ヘディングはキーパーの伸ばした腕に辛うじて当たりパンチング。だが、溢れ球の前に走りこんだ赤木が再び武田にショートパスでボールを返しキーパーの崩れた態勢とは逆隅に力を込めたダイレクトシュートを撃ち込みゴールを抜いた。赤チームが先制点をあげた瞬間だ。


(この人、やっぱりお飾りなムードメーカーキャプテンじゃないんだ)

 武田と軽く片手でハイタッチをする赤木を見つめ雨宮は息を整えながら自分のキャプテンへの勝手なイメージ像を変える必要があると感じた。キャプテンにも色々なタイプがいるが雨宮が入部してから走り込み練習の合間に見ていた赤木は特別な練習をするわけでもなく与えられた課題練習を着々とこなすという印象で、パッと輝くような派手さがあるわけではない。妙に人受けが良くチームの雰囲気を盛り上げてチーム全体の指揮をあげる平凡なムードメーカータイプのキャプテンというのが雨宮の勝手なイメージだった。だが、いまのプレイは基礎練習を繰り返す事で磨かれたテクニックだけではないだろう。曲がりなりにも雨宮が尊敬するコーチであった宮崎監督の下でキャプテンを務めているのだ、その実力はまだ全てを見せてはいないのではないか。雨宮は無意識に惨敗を喫した元強豪という固定感に目を曇らせていたのかも知れない。仮にレギュラーを落とされる事になっても赤木キャプテンのプレイに注目すると決めた。



 その後の紅白戦は、鮫倉の初手の単独突破を赤チームの守備陣が読み切り、ゴール前の守備を堅くするリトリート戦術でアッサリと止められカウンターを許すも、雨宮のパスカットとフォワード多来沢への堅実なパス回しに翻弄される。だが、ひとつひとつのアシストプレイは光るが守備的MFへとプレイスタイルを切り替えた雨宮は積極的に攻撃には上がらずだ。ボールを持った多来沢も異様にボールに執着し暴走する鮫倉を即席コンビとして機能コントロールさせる事は叶わず、立壁たちの厚いディフェンスの前に、本来の攻撃的プレイスタイルを発揮できぬままの不完全燃焼で時間は過ぎ、15分ハーフの紅白戦は赤チームが初手に決めた1点をもぎ取ったプレイ以上のものは見えず赤チームの勝利で終わった。


 少しの休憩を挟み選手を変えた第二試合へと移っていった。




 ――この日の紅白戦で新たな戦力レギュラーを組み込む手応えを宮崎監督が感じる事は無かった。


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