新体制


 西実館中学グラウンドに力強いシュート音が響き、ペナルティエリア外から放たれるパワー溢れるシュートを赤茶色のユニフォームを着たGKゴールキーパーが真正面から受け止める。両手でガッチリとキャッチセーブ。シュートを撃ちはなったキッカーの足元に向かってサイドスローでボールを投げかえす。

「ナイスシュートォ、ラストいっぽ〜んっ」

 背高いGKが間延びした声を大きく張り上げると灰色のユニフォームのキッカーは足元に運ばれたボールを再びペナルティエリア外にセットすると切れ長な目で強くゴールを見据え、先程と同じように走り込み全力の弾丸シュートを真正面に撃ち込んだ。GKは再びシュートを胸に抱えこむようにキャッチしてガッチリと受け止めセーブ。ふぅと息を吐き、少し垂れ気味な眼を素朴に笑わせて、グローブ越しの人差し指を立てた。

「タッキ、いまのシュートイッチバンよかったぁっ」

 そのパワフルなキャッチングセーブとは裏腹な優しい声音のキーパーに切れ長な眼のキッカーは腰に手を当てて少し悔しげに低音な声を張る。

「いまのっ、ゴール貰うつもりで蹴ったんだけどっ」

「やっぱりねぇ、わたしのシュートセーブ練習にしては殺気が見えると思ったぁっ」

 肩をすくめて笑みをこぼすキーパーにタッキと呼ばれたキッカーは片手で軽くスローイングされたボールを胸でトラップすると後ろに声を掛ける。

「ミツコ、エリア内シュート練習。次、いける」

「へ、いけるけど。アリゾウが連続でボール受けるんだけど、大丈夫? 休んだほうが良くない?」

 言われて少しくせっ毛な髪をショートにした小柄な女子がアリゾウと呼ぶキーパーに身振りでジェスチャーを加えながら声を掛ける。キーパーはそれに可愛げのある小さなガッツポーズを取って平気をアピールする。

「うん、いけるいけるぅ。キーパーって生きもんはそんなにやわじゃないよぅ」

 そのガッツポーズとふわりとした綿毛のような声にミツコと呼ばれた女子は頷くとボールを受け取りペナルティエリア内中央にセットすると深呼吸をしながら軽く手足をプラプラとさせてキックモーションに向かう構えで狙いを定める。

(よし、右斜め上を狙って、シュートっ)

 その場で足を振り上げーー


 ―――全員集合!!―――


 ーーた。瞬間にグラウンドに響いた大きな声にビクと驚いて足元が狂いヘロヘロとしたシュートを放つ。悠々と片手で受け止められると、眉が8の字に下がる残念な顔をする。二人に頭を交互にポスポスと優し目に叩かれて部員全員を集める声の元に集まる他の部員達と同じようにグラウンド隅の集合場所に急いで走っていった。



「みんな個人課題の練習中に集合を掛けてすまない。突然だが、新一年生も加入した新体制となってしばらく経つな。ニ、三年生、共に去年よりも力をつけていると感じる」

 サッカー部員全員が揃い休めの姿勢になり西実館ユニフォームカラーのひとつでもある灰色のスポーツジャージを着た妙齢な女性の言葉に耳を傾ける。後ろまでよく通る声を部員全員の耳に響かせるのは西実館中女子サッカー部監督「宮崎みやざき 富乃とみの」だ。

 宮崎監督は男性顔負けに刈り上げた後頭部を小指で撫でる独特な癖を無意識におこないながら言葉を続けた。

「そこで、いまの君達の力を見たいと思う。ただいまから15分ハーフ形式の紅白戦を始める」

 一瞬、部員達の声の波がザワリと騒ぐが宮崎監督が片手を上げてざわつきを止め、理由を説明する。

「去年の全国都大会予選敗退は君達の記憶にも残っているだろう。特に強豪「東昇坂学園とうしょうざかがくえん」との6対0の敗北戦はあの場に立っていた二、三年生は悔しい思いもまた強いと思う。私も指導者として無念だった」

「「……」」

 部員達はシンと静まり返り俯くものもいる。宮崎監督自身も就任一年目での敗退だった。宮崎監督は強豪時代の西実館女子サッカーのOGでもある。かつての栄光を知る宮崎自身の再び強豪校に返り咲かせるという思いもあの時は空回りしていた。部員全員の前で頭を下げて謝罪した事も二、三年生の心に強く残っている。あの時の宮崎監督とは違う前を見据える強い眼をみて、なにかあると部員達はそれぞれヒリと肌で感じとる。宮崎監督は更に言葉を続ける。

「この紅白戦は部員全員の力を見るものであり、一年生も加わってもらう。ここでレギュラーを見極めるかも知れんということだ」

 という言葉に部員のざわめきが激しく波打たれる。特に「一年生も」という声に一年部員のどよめきは激しい。入部してから走り込み練習ばかりを繰り返していたため、15分ハーフの紅白戦といえどボールを触らせてもらえる試合ができるという事だ。しかもうまくアピールできればレギュラーへの抜擢もあるかも知れないのだ激しくどよめくのは無理もないだろう。それぞれざわめく部員達に宮崎監督は再び手を上げてざわめきを静める。

「一年生はチャンスだと思って挑んでくれ。新たな戦力として突出した光を魅せれば、レギュラーも本当に夢ではないぞ。伸び悩み去年の燻りの中にある二年生もいまが燃え上がる時だとガンバってみせろ。逆に三年生。私は、想い出づくりの手伝いをしようなどとはつゆ程も考えていない。レギュラーを諦めていないのであれば殻を食い破れっ。そして、現レギュラー諸君。いまのポジションが確約されてるとは思わず死にものぐるいで食らいついてみせろっ!」

「「「はいっ!!」」」

 宮崎監督の熱の入った本気の言葉にその場にいた全ての部員が背筋を伸ばし、声をあげた。

「最後にキャプテン。前にっ」

「へ、ぁ、は、はいっ!」

 宮崎監督からの指名の声に、その場のピリとした緊張感とは逆な慌てた声を漏らして、小柄なキャプテンが前に出た。

「では、キャプテン赤木。みんなに激を送ってくれ」

 宮崎監督に言われてキャプテン「赤木あかぎ 三子みつこ」はすぅと息を吐き、目の前の部員達に力いっぱいの激を送った。

「みんなっ! が、ががぎゃんバべッ――!?」

 つもりであったが緊張をしすぎて思いきり舌を噛んで涙目になってしまった。

 宮崎監督は刈り上げた後頭部を撫でながら鼻で息を突いた。

「赤木、ピッチ上のようにとは言わんが、もうちょっと落ち着こうか?」

「す、すみませんっ」

 その監督とキャプテンの最近見慣れたやり取りに部員達から明るい笑いが漏れ、緊張感が和らぐのだった。



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