第58話 水族館デート①

 季節は夏から秋に変わり、過ごしやすくて心地良い風を感じるようになった。


 木に生えてた緑の葉っぱは少しずつ色が変わり、オレンジや黄色になってきている。


 もう少しすると銀杏とかができたり、紅葉が綺麗になってくるだろう。


 道には葉っぱの絨毯が敷かれ、銀杏とかを避けながら歩く時期がくるんだろうなぁ。


「お待たせー!」


 そんなことを思いながらベンチに座っていると、私服姿の灯が近づいてきた。


 今日は地元から離れている水族館に遊びに来ている。


 片桐さんに注意されたあの日、俺は灯をデートに誘った。


 そして、話をしていく中で水族館に行きたいということになり、今日に至るというわけだ。


「全然待ってないよ」


「それなら良かった〜!」


 灯は胸をそっと撫で下ろす。


 その姿を見ると、何だかおかしくなって少し笑ってしまった。


「あっ! 何で笑うの?? もしかしてなにかついてる?」


 灯は顔を触ったり体を捻ったりしながら身嗜みチェックをした。


「いや、胸を撫で下ろす灯見たらなんだか可笑しくなっちゃって」


「なにそれー! 意味わかんないんだけど」


「なんだか怒られなくて良かった〜って安心する、小さな子どもみたいでちょっと面白かった」


「なんですってー!」


 灯は小さな子どもみたいと言われたのが気に入らないのか、頬を膨らませながら怒る。


 その怒っている姿からは『プンプン』という擬音が聞こえてきそうだった。


「冗談だって冗談」


「なら良いけどさぁ」


「ほら、怒ってないで水族館行こうよ。 可愛い魚とかが待ってるよ!」


「だーれが怒らせたんだか……ま、いいっか。 楽しもう!」


 そう言って灯は俺の前を少し歩く。 その足取りは少しゆっくりめだ。


 ……今日、俺がデートで達成したいことは灯を元気づけること。


 緊張していたのか、ちょっと灯を揶揄っちゃったけど、灯は機嫌を悪くしていないように見える。


「泉はさ、なにが見たいとかあるの?」


 俺はベンチから立ち上がって灯の横を歩く。


 灯は楽しそうな笑顔を浮かべていた。


「俺? 俺はねイルカとか鮫が見たいかな。 後は魚の魚群も見たい。 迫力あるんだろうなー」


「確かに迫力ありそうだよねー。 私はペンギンとかクラゲとか見たいかな。 クラゲは触りたくないけど、ペンギンは触りたいかも」


 そんなことを話しながら、水族館近くのベンチから歩く俺たち。


 話をしながら段々と目的地の水族館が近づいてきているんだけど、俺は3つ気になることがあった。


 まずは1つ目。


 それはなぜか灯の歩くスピードがゆっくりなこと。


 2つ目は灯の右手が俺の左手にそっと触れることが多いこと。


 3つ目は、前見たドラマの手を繋ぐシーンでキュンときたと言ったり、手を繋いでいるカップルを見ると、小声で『いいなー』と呟いていることだ。


 ………………これってさ、つまりそういうこと?? いや、そういうことだよね??


「うー……ちょっと寒いかも……」


 いや、ちょうど良い気温じゃない?


「ちょっと人肌恋しいかも」


 ……………。


「水族館の中、お休みだから人多いだろうなー。 はぐれないように気をつけないと」


 そう言ってくる灯は、俺の顔を見ながら何かを期待しているように見えた。


 ………そこまでアピールされたら、逃げたり気づかないフリするのは無理だよ。


 ギュッ。


「!! へへっ♪ あったかいね」


「…そうかな?」


「う〜ん……いや、泉にとってはあったかくないかもね」


 そりゃそうだ。 顔はタコみたいに赤くなっているし、体はマグマのように熱いからな。


「ねぇねぇ。 まずはタコから見に行く?」


「いや、勘弁してよ……」


「ふふっ……楽しみだな〜! 泉と水族館! 今日は楽しい1日になりそう!」


 そんな灯の上機嫌な声を聞きながら、俺達は水族館の中へと入って行ったのだった。

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