第50話 妹とランニング

「ん? 今からランニング?」


「そうだよー」


 都はしゃがんだ状態で、俺の目の前でランニングシューズの紐を結ぶ。


 服装はさっきまでの制服から変わり、ジャージ姿になっていた。


「さっき学校から帰ってきたばかりなのに、まだ練習するのか?」


「うん。 だって、上手になってみんなでもっと良い成績とりたいもん」


 都はポケットに手を突っ込み、足のつま先をトントンして、靴の中を調整する。


 夏休みの途中から都は変わった。


 自分たちが部活の中で最高学年になると、『私達の代は先輩達よりも良い成績を取るんだ!』と息巻き、今までやっていなかった自主練を時々するようになった。


 最初は都のジャージ姿に違和感を感じていたけど、ここ最近は見慣れてきている。


「晩御飯までには帰ってくんの?」


「うん。 そのつもり」


「ちなみに晩御飯はハンバーグだってよ」


「それまじ!?」


「大マジ」


「うわー! テンション上がるぅ!」


 都は好物のハンバーグが出ることを知ると、嬉しそうに笑う。


 ここ最近頑張っている都を見ていると、少しずつ成長し始めてるのかな?って思っていたけど、こういうところはまだまだ子どもだな。


「ん? なんでお兄ちゃん私の頭を撫でるの?」


「いや、ういやつよのうって思ってさ」


「なにそれ。 私のこと馬鹿にしてる?」


「いや、馬鹿にはしてねーよ」


 ただ可愛いやつだなぁとは思ったけど。


「ま、いいや。 私、そろそろ行くからね」


「おう。 ハンバーグが嬉しすぎてはしゃぎすぎるなよ」


「そんなことしないよ!! 私はお兄ちゃんと違って、もう立派な大人なレディーだよ!!」


 そう言って、都は薄い胸を張ってドヤ顔をする。


 その言動が既に大人なレディーとはかけ離れているんだけどな。


「そっかそっか」


 俺は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。


 精神的には成長し始めてるのかもしれないけど、彼氏とかはこの言動をみると、まだできそうにないなぁ。


「なによその笑みはー! キモい! 変な感じ! 太っちょ!」


「おい。 太っちょではないだろ」


 確かに最近運動してないから、筋肉が贅肉になり始めてるけど、まだ太っちょではないはずだ。


「私知ってるんだから! 最近お兄ちゃんの身体がだらしない感じになってきてること! 前、洗面所で見えちゃたもん!」


「なに見てんだよ」


「しょうがないじゃん! 鏡に反射して見えちゃったんだから!」


 ぐっ……! 見られてたのか。


 知ってるのは俺だけだと思ってたのに!


「灯さん、前程よく鍛えてる男の人に魅力を感じるって言ってたよ!」


「なにぃ!?」


 それは初耳だぞ!?


「お兄ちゃんは……フッ!! 鍛えてるとは真逆だねぇ!!」


「ぐ、ぐぐぐ……!!」


「このままお兄ちゃんは太っちょになっていって、灯さんのお眼鏡に叶うことはなくなってくるのかなぁ??」


 都は形勢が変わったことを察し、ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべながら俺を煽る。


 手元で口を隠し、両手を広げながら俺の周りをチョロチョロするのは、腹立たしかった。


「……おい、都」


「ん? なぁ〜〜にぃぃ??」


「3分待て。 俺も走る」


「え〜! お兄ちゃん、私についてこれるのぉ?」


「いけらぁ!」


 あんまり運動してないとはいえ、中2の妹に負けてたまるか!!


「泣いて謝っても許さねーぞ。 俺を煽ったことを後悔させてやる」


「そっちこそ、私を子ども扱いしたことを後悔させやる!!」


 俺は都と別れて自室に戻り、ジャージに着替える。


 そして、兄妹仲良く、夕暮れの街へと繰り出した。


 ちなみに俺たちは走るのに夢中になりすぎて、晩御飯を大幅に過ぎてしまい、親に怒られてしまったのだった。

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