第42話 夏祭り ①
ドンドンと太鼓が周りに響き、たくさんの提灯が淡くも暖かい光を作り出す。
少し顔を上にあげると、夜空には星がたくさん輝いていた。
辺りを見渡すと老若男女が楽しそうに浴衣や甚兵衛を着て、笑っている。
色々な話し声、食べ物が焼ける音などで周りはガヤガヤと賑わっていた。
「ほんと……祭りになるとここ、別世界みたいになるよな」
俺はポケットに片手を入れ、もう片方の手でスマホを操作する。
ただいまの時刻は19時10分。
集合時間から10分ほど過ぎていた。
灯、大丈夫かな? 急いでて事故とかにあってないといいけど……。
俺はスマホに表示されている会話履歴を見る。
どうやら浴衣の着付けに時間がかかってしまい、集合時間から10分〜20分ほど遅れると連絡が来ていた。
別に遅れるのはいい。 浴衣とか普段着ない俺でも、浴衣を着るのには時間がかかるということは分かる。
だから大丈夫だけど、灯の性格上、待っている俺のことを思って、急いでてこっちに来ようとしてくれるかもしれない。
普段は着ることがあまりなくて、着慣れていない浴衣だ。
走るのも大変だろうから、どうにか靴擦れとか事故には気をつけて欲しい。
そんなことを思いながら、俺はどこか落ち着かない気持ちでスマホをいじる。
すると、少し遠くからいつもより声のトーンが1つ上がっている灯の声が聞こえた。
「ごめーん! 遅くなっちゃったぁーー!!」
息切れをしながら灯は俺の前に来る。
どうやら走ってきたようで、額には汗を浮かべていた。
良かった。 どこも怪我とかはなさそうだ。
「全然大丈夫だよ。 むしろ、灯が事故とかにあってなくてよかった」
「その辺は大丈夫だったよ」
灯は息を整えるために膝に手をついて息を整える。
見下ろすと灯の頭が見えて、大人っぽい紫の1本軸の簪が挿さっているのが見えた。
息を整えた灯は顔を上にあげる。
その時、簪についていた鈴が、チリンッと涼しげな音を鳴らした。
「灯……浴衣すっごく似合ってるね! 可愛い!!」
「へへっ……そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
俺が力説すると、灯は少し頬を赤くしながらサラッと自分の髪を撫でる。
普段はおろしている髪はアップスタイルになっていて、首筋やうなじが綺麗に見えた。
「普段も可愛いけど、浴衣だと大人っぽさが増すね。 なんだか今日の灯、大学生ぐらいの大人の女性に見えるよ!!」
「本当!? これ、ネットで見て一目惚れしたんだ〜。 大人っぽくて良いでしょ?」
「無茶苦茶良い!!」
灯はその場でクルッと可愛らしく1回転する。
麻の葉がデザインされている浴衣は古典柄で、シンプルだけど個性があった。
普段の天真爛漫な灯を知らなかったら、凛としたクールな大人の女性に見える。
帯は爽やかな青緑で、手に持っている小さな赤い巾着袋はとても可愛らしかった。
下駄も白が基調になっていて、美しい。
ザ・和風といった感じの浴衣を身に纏っている灯は、大和撫子のようだった。
実際、灯の綺麗さに多くの男が視線を奪われている。
「じゃあ、さっそく祭り楽しもっか。 どこから行く??」
「屋台行きたい! 走ったからお腹ペコペコなの!!」
灯は少し照れくさそうに笑いながらお腹をさすった。
「じゃあ、行こっか」
「うん!!」
灯は歩き出そうとする。
しかし、その前に俺は灯の方を見て手を出したのだった。
「ほら、人いっぱいではぐれちゃいけないし、手、繋ごっ!!」
もっともらしい理由を出して手を繋ごうとしている俺だが、8割ぐらいはただ単に灯と手を繋ぎたい下心から出た提案だった。
しかし、そんな思惑を知る由もない灯は、顔を赤くしながらそっと俺の手を握ってくれる。
灯の手は柔らかくて、予想以上に小さかった。
「そ、それじゃあ今度こそ行こっか!!」
「……うん」
俺たちは手を握って人混みの中へと入っていったのだった。
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