第19話 4対1

「なー高山。 この数式どうすればいいの?」


「ここはこれとこれを合わせれば分かるよ」


「ほーん……お、なんかいけそうな気がする」


「いずみん。 この漢字はなんて読むの?」


「『卸』は、おろしとかおろすだな。  大根おろしのおろしは、漢字で書くとこれになるぞ」


「じゃあ、大根おろしのおろしって覚えよ」


 勉強を始めて約1時間。 正直、片桐さんはすぐに集中力が切れて、別のことをし始めるかと思っていたけど、頑張って勉強している。


 呑み込みだって悪くないし、まだ集中力が切れる様子はない。


 なんで今まで成績が悪かったのか不思議だ。


「お兄ちゃん。 これ合ってるよね?」


「うん。 問題ないよ」


「ん」


 都と晴は小さい頃から勉強を見ているから、正直2人の限界値は理解しているつもりだ。


 この二人もまだ勉強いけそうだ。


 しかし、灯はもう限界に近いのかもしれない。


「えっと……こことここを合わせて、いや、これはさっきの問題のやつだから関係ないか……ん? 私、なにしようとしてたんだっけ? あ、あれ?」


 時間が経つと灯はどんどん頭がノートの方に近づき、机に齧り付く体勢になった。 目は漫画だとグルグル渦巻いているぐらい、テンパっている。


 これはちょっと休憩入れた方が良さそうだな。


「俺ちょっと疲れたから休憩にしない?」


 俺がそう言う、灯はガバッと顔を上げて俺の方を見る。


 瞳が潤んでいて、とても嬉しそうだ。


 本当に限界に近かったんだな。


「久しぶりにこんなに勉強した〜」


「奈々さん。 あんまり頭良くないとかさっき言ってましたけど、集中してやってたじゃないですか」


 晴がビックリしながら片桐さんに言う。


「それな〜。 まさかうちがこんなに集中できるなんて思わんかったよ。 環境がいいのかな?」


「奈々さん今までどこで勉強してたんですか?」


「殆どカラオケかな〜」


「遊ぶのがメインな場所じゃないですか……そりゃあ集中できませんよ」


 晴が呆れながら片桐さんに言う。


 片桐さんは手を頭の後ろに置きながら、それなーと言って大笑いをしていた。


「灯さん大丈夫ですか……? 飲み物いります?」


「う、うぅぅぅ……ありがとう都ちゃん」


 都が灯の肩を揺すりながら聞くと、灯は机に突っ伏しながら細々とした小さな声で返事をする。


 まさか1時間の勉強で、ここまで心身共にダメージを受けるとは思わなかったよ。


「お兄ちゃん悪いんだけどさ、お菓子とかがないからちょっとコンビニ行ってきてくれる?」


「まー別にそれはいいんだけどさ……灯、片桐さん欲しいものとかある?」


「あ、お構いなく……」


「うちは甘い物食べたい! ケーキ! お金は後で払うから」


「ケーキね。 了解」


「いずみん! なんで私には聞いてくれないの!?」


「どうせいつものグミだろ?」


「そうなんだけどさぁ……聞いてほしい乙女心があんのよ。 分からないかなぁ」


「はっ」


「あーー! 鼻で笑ったなこんにゃろーー!!」


 晴が俺に飛びつこうとしてきたので、俺はさっさとリビングから退散する。


 そして、ポケットにスマホと財布があるかを確認してから、家を出たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る