妖精狩り
しらは。
第1話
エレナ・ボールトンはこの道10年のヴェテランで、派手さは無いが堅実な冒険者として知られていた。
ギルドにも一応所属はしているが、一定以上の能力を持つ冒険者なら誰でもやるように、パトロンをもっていた。
収穫祭が終わり、冬の匂いが近づく頃、エレナは自分のパトロンであるリーザという名の女主人に呼び出され、自慢の庭園で紅茶を飲む彼女の話を黙って聞いていた。
「昨日の夜会でね、ジャンに言われたの。君の瞳は妖精の羽のように輝かしく、可憐で、美しいって。でも見たこともないものに例えられたって、喜んでいいのかどうか微妙じゃない?あなたは妖精って見たことある?」
「いえ、ございません。」
「あら、そう。でも知ってはいるんでしょう。なら問題ないわよね。」
「……問題ない、とは?」
「あらやあね、エレナ、今のとってもお間抜けな質問よ。まるであなた急に男にでもなったみたい!もちろん、妖精を捕まえるのに問題ないでしょって話よ。」
エレナの額に汗がにじむ。妖精の捕獲、殺害は王国法で禁じられている。しかし、それをリーザに言うわけにはいかない。
『そんなことは知らなかった。雇った冒険者も教えてくれなかった。』
いざというときにそう言い逃れするために、自宅の庭園までわざわざエレナを呼び寄せているわけであり、毎月結構な額の契約金を支払っているのだ。
「分かりました、リーザ様。」
恭しく頭を垂れながら、エレナは頭の中でどうするべきかの対策を必死に練っていた。
*****
結局、冬が終わる頃になっても妙案などは浮かばなかった。かといって、リーザの依頼を断るわけにはいかない。
男嫌いのリーザはエレナにとって理想的なパトロンであり、その関係が断たれるとなれば今の家も早晩手放すことになるのは明らかだった。
エレナは少しずつ買い集めた北洋風の家具や、お気に入りの陶磁器などを思った。それらを失うことを想像しただけで身震いがした。
ある晴れた朝、リーザから3回目となる催促の手紙を受けとり、エレナは覚悟を決めた。
*****
一度決めてしまえば、やるべきことは簡単だった。
情報を集め、物資を揃え、行き帰りの足を確保する頃には頭の中も次第にクリアになり、思い悩むことは無くなった。
犯行は一人で行った。
春の訪れに浮かれる妖精を捕まえるのは、過去こなしたクエストのどれよりも簡単だった。
騒がれないよう薬で眠らせた妖精は、現実のものとは思えない美しさを感じさせ、エレナは動揺を抑えながら持ち運び用の籠にしまうと、家路を急いだ。
彼女の計画のうち、おそらくこの捕獲から家までの道のりが最も神経を磨耗するものだったろう。
誰かに気付かれないだろうかという不安を常に抱えながら、薬の多用で衰弱していく妖精を長距離運ぶという作業は想像を絶するストレスとなりエレナを襲った。
長旅を終え、ようやく家にたどり着いたエレナは、真っ先にソファに倒れこんだ。
人目を避け続けた結果、すっかり夜も遅くなってしまったが、空腹よりも疲労の方が限界に近かった。
少しだけ休んだらすぐに妖精をもっと厳重な場所に移さなければ。頭ではそう分かっていたが、身体はそうはいかなかった。
まぶたがゆっくりと下り、気がついたときには外はすっかり明るくなり、慌てて飛び起きたエレナは荷物を確認した。
籠の蓋は開け放しになっており、そこに妖精の姿は無かった。
*****
エレナは自分が狂ってしまうかと思った。あるいはもう狂ってしまったのかと。
何度見ても籠は空いたままで、すべての苦労が水の泡になっただけではなく、もし捕まえてきた妖精が他の人に見つかったならと思うと、気が気でなかった。
探しに行こうと扉に手を掛けた瞬間、台所から何かをひっくり返したような大きな音が聞こえた。
驚いたエレナが慌ててそちらを覗くと、まるで爆発でもあったかのような有り様だった。
棚の引き出しや戸は片っ端から開けられ、食料の入っている袋はひとつ残らずひっくり返され、そんなことお構い無しとばかりに、妖精は機嫌よくあたりを飛び回っていた。
エレナは全身から力が抜けるのが分かった。
たしかに自分の家がメチャクチャにされているのはいい気分ではないが、そんなことどうでもよかった。
おそらく、この妖精はお腹が空いていたのだろう。とはいえ、妖精は果物か甘いものしか食べないし、どちらもエレナの好物ではなかったので、見つけるのは難しく、このような結果になったのだと思われた。
妖精は、エレナに気付くと嬉しそうに鳴きながらそちらに飛んでいく。
この旅の間、とても良い扱いをしたとは言えないはずだったが、何故か妖精はエレナになついていた。
エレナは後ろめたいながらも悪い気はしなかったが、情を移すことの危険性は理解していた。
妖精が前髪を引っ張るのはついてきてほしいという意思表示なのだと気付いたので、エレナは黙って移動すると、椅子に座るように促される。
もちろんこの椅子はエレナのものなのだが、妖精にそんなこと分かるはずもなく。
エレナは困惑しながら席に着くと、初めてテーブルの上に食べ物の小山ができていることに気付く。
棚にしまっておいた木苺やコケモモのドライフルーツに、数切れのビスケットや、アプリコットのジャムサンドなど。
それらがまとめて二つの小山になっているのを見て、エレナは悟った。
一緒に食べよう、と。
そうこの子は言っているのだと。
その日は果物と甘いものだけで夕飯にした。
散々はしゃぎ回ったあと、眠りについた妖精を籠に戻すとき、エレナは思った。
情を移すことの危険は重々承知している。だが、自分はもう手遅れかもしれない。
*****
翌朝、エレナはリーザに会いに行った。
挨拶をしてから籠をテーブルの上に置く。
蓋を開け、眠りにつく妖精を確認してもらうと、リーザは小さく頷いた。
「あら、本当に小さい。ふぅん、たしかに、この羽は綺麗といってもいいかもしれないわね。」
指で羽を撫でると、リーザは満足したように手を離すと、「ご苦労様」と短く労いの言葉を告げてティーカップに口をつけた。
エレナは、自分はここで帰るべきだと悟った。そうすれば今まで通りの生活が約束される。自分はそれで満足するべきだと。
しかし、それはできなかった。
「その妖精は、どうされるおつもりでいらっしゃいますか?」
そこで初めて、リーザはエレナの方を向いた。その顔は驚きに満ちていた。
「あら、あなたがそんな無駄口をたたくなんて珍しい。……そうね、羽は綺麗だから帽子の飾りにでも使って、あとはどうしましょう。リュネにあげてもいいけれど、間違えて口にでも入れちゃったら大変だしねえ。」
リーザはそこで、いいことを思いついたとばかりに笑顔を浮かべる。
「なんならエレナ、あなたに差し上げてもよろしくてよ。」
エレナは怒りで目の前が赤く染まるのを感じた。
*****
そして彼女は、ここに来て今までの経緯を私に話してくれた。
「剣を持っていかなくて正解でした。持っていたらおそらく、私はあの女を切っていたと思います。」
彼女は不気味なほど晴れやかな様子でそう語った。
そして腕の中の籠を愛しそうに撫でつける。
「エレナさん、その話がもし本当なら、おそらく私にできることは何もありません。」
彼女がこちらの話を聞いているのを確認して、先を続ける。
「あなたは警備隊に出頭するべきだし、おそらくそのまま刑を執行されることになるでしょう。よくて禁固刑、悪ければそう、処刑の可能性もゼロじゃない。そしてその話が真っ赤なウソなら、時間の無駄なので帰っていただきたい。」
正直に言うと私はエレナに逃げてほしかった。全てウソだと言ってもらい、籠だけ置いてどこか遠くの国へ行ってもらいたかった。
しかし彼女は、弱々しい声で、しかしハッキリと「本当のことです」と答えた。
言った通り、私にできることは無いが、やるべきことは決まっていた。警備隊に連絡を取り、彼らがやって来てエレナの身柄を拘束するところまで立ち会った。
事件は明るみになり、エレナは15年の禁固刑、リーザには金貨200枚の罰金が科せられた。
妖精は間違いなく故郷に帰したはずなのだが、どういうわけか留置場で目撃したという証言がたびたび寄せられるようになった。そしてそんな日の翌朝には、必ずエレナの部屋に果物の差し入れが届いているのだとか。
妖精狩り しらは。 @badehori
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