7話目 サクリファイス
夏の
タクミの家を出て、500mlの缶ビールを飲んでその足でスイミングのカウンターに出た。
揺れ動くサーカスの、ピントが合わないpvを見ている気分だ。
バーカンで目の前の客の醜さにとらわれる。
目を攻撃する様なオレンジのTシャツを着たこの小男は、確かシュウと言った。忙しなく俺の世界の常連のマサさんとハッシーさんに絡み、
むき出しの前歯は他の歯と比べ不揃いに大きく、
根本は薄汚い黄色のグラデーションが露出した歯茎に走り、話すたびに声と匂いが充満していくようだ。
目まぐるしく動く光景と対象的に、
頭の中は、身を焼く怒りでもなく、諦めもない。
この冷静さはなんだろう?
確かにある嫌悪感は表情や
完全に温度管理された2℃のカミソリを
この男の喉仏にしっとりとあてがい、
その瞬間を冷静に観察するような。
「何してんの?」
不意に場面が切り替わる。
目の前の男が不意に話しかけてきた。
「タクト振ってたよ。」
気づけば
またもや、この口ひげを無精に伸ばしたこの男は、薄汚れたオレンジのTシャツを着たこの男は、
なぜこんなにも普通に生きていられるんだろう?
こんな恥ずかしい生き方を全身に纏い人目に晒されるなんて、
おれにはとても出来ない。こいつを黙らすには。
............
気が付くと俺はスイミングの外に
「タクちゃんのとこで悪いの入れて来たんでしょ。」
尻餅をついた状態で意識が降りてきた。記憶と現実の切り替えがとても困難に感じる。カズトシさんに肩を抱えられ外に投げ出されたんだ。
「今日は帰って。家着いたら連絡くれる?」
そう言ってカズトシさんはスイミングのドアを閉めた。
今まで完全に
自分が自分で無くなった様で、恐怖が追いかけてきた。
バッドな状態だ。
スイミングから一番近くのファミマでビールのロング缶を買う。震えながら冷蔵庫からレジに駆け込む俺は、完全に
人と目を合わせるのが怖かった。自分の心持ちでその態度は
早よ抜かな、早よ抜かな、、
深夜アメ村のコンビニの前で缶ビールのプルタブに悪戦苦闘していると、店の方からマサさんが追い掛けて来た。
「俺もビール買って来るからちょっと待ってて!」
絶対に揉めると思っていたのに。のんびりとコンビニに入っていく後ろ姿をすがる様に見つめた。
「お疲れっす。」
マサさんは缶ビールを飲むときは絶対に乾杯してくる。そんな明るくて面白い人だった。
調子乗って本当にすいませんでした。ハッシーさんも怒ってますよね。
「全然平気やで。今カズトシさんと爆笑してると思う。」
そんなはず無いと思った。自分の中では目をひん剥いて論破にかかっていた筈だ。
マサさんとハッシーさんは、カズトシさんの前の店からの付き合いで、陽気なマサさんと酔っ払うと面白いハッシーさん、俺自身も大好きな二人だった。悪い考えに向かうとすぐにバッドが押し寄せてくる。俺は何ていうことをしたのか。
「早いのいったん?」
紙です。
「俺らケミカルいかんから。すごかったで。」
マサさんは含み笑いを押し殺せず、いつもの顔でゆっくり笑っていた。俺はその顔をやめて欲しくなくて、ビールをぐっと飲む。
すんません、ほんまに。やっと少し落ち着いて来ました。
タクミの部屋を出てからもう6時間以上経っていることに驚く。マサさんは俺より10歳くらい離れているけど、優しい兄の様に
あえてゆっくり話してくれて、俺の中の悪い考えをさりげなく遠ざけてくれた気がした。俺の世界の中の綺麗な大人だ。
でもカズトシさんめっちゃ怒ってますって。
「帰ったら連絡して次会ったらめっちゃ謝っとき。」
マサさんに気を遣わせるのが情けなかった。さっきまでタクミといた感覚で、見えないものを照らすように火花を散らしていた。
マサさんタバコ一本貰っていいですか?
「切り替え早っ!ええよ。」
壁に持たれながら、ゆっくりとしゃがんで煙の行方を追った。段々と乗りこなし方が分かった気がした。
............
「確かにぶっ飛んでる時自分の中ですごいええもんが出来るって感覚は分かるよ。気付きも発見もすごいしな。」
マサさんは相変わらずゆっくり話してくれたけど、今から言う事が大切で、その為に俺を追い掛けて来てくれたんだという予感がした。
「でもな、自分の限界は見れても絶対越えさせてはくれへんもん。
自分が積み上げて来たもんのみが壁を越えさせてくれるんやないかな。ガッツリいくのも大切やけど、たまにはゆっくりチルアウトせなあかんで。」
俺にはまだ分かりません。
「その内ちゃんと楽しめる様になるよ。現実の方が絶対おもろいって。」
自分の未来を予見してくるおっさんはシャットダウンしていた。俺の中のおっさんの壁を壊して、マサさんは優しく教えてくれた。
ちょっと照れ臭くて、横に並んでるマサさんの顔は見れなかったけど、少し分かる気がする、そんな気持ちを伝えた。
ふと、LSDでオレンジサンシャインを引っくり返す、そんなタクミの言葉が
アメ村の夜は絶対に星なんて見えなくて距離感の無い藍色の夜空がビルの裂け目から細く広がっている。
俺達は危険だって分かっているのに、過ちに向かって走り出す悪ノリをやめない。
リターン無しチキンレースに待ち焦がれるような、ジャンキーの狂気への執着を理解できた気がした。
おそらく、今までの慣れで破滅に向かってしまうのだろう。だって俺達は圧倒的に、正しい成功体験が少ない。
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