5話目 ドゥーフォーラブ

 玄関を入ってその部屋の防音性に驚かされた。

 都会の2階にあるワンルームの和室からブレイクビーツが鳴っていた。中の状況を知れば一階のコンビニまで音が響いていないか心配になる程の音量だった。沖縄音階を感じるその曲はタクミの感性の広さを物語っていた。


「めっさ音でかいやろ?それでここ選んでん。」


 にやけ顔のままタクミは和室に似つかわしくないピアノの椅子のようなチェストに座るよう導く。


 すごい部屋やな。


 壁に二段に積まれたカラーボックスは12インチのレコードが隙間なく入っており、長細い部屋のバルコニーに対面する壁の押し入れは襖が外され、奥の壁にCDが積み重なりレコードのジャケットが押しピンで留められ、PCのモニタ、キーボードのMIDIコントローラーやカオシレーター、ターンテーブルとパッドだけのサンプラーなど、必要なものが完璧に配備してあった。

 生活感を感じるのは背の低い冷蔵庫だけで、ベッドも無く感性の為に削ぎ落とされた物で溢れる生気を感じ無い部屋だった。


 もうキマってんの?

 俺が聞くとタクミはペットボトルの水を飲みながら答えた。


「さっき食ったからあと10分くらいかな。」

 と答え、アルミホイルに包まれた5ミリ四方の紙を俺に差し出した。


 同じ目線に来るか?

 ジャンキーのやり方はジェットコースターの様に他者を巻き込む。躊躇ちゅうちょは線引きとみなされ、そうなってしまったらもう俺はこいつの本音は聞けなくなりそうな気がした。



 安全な部屋で社会人の友達と好きな曲や動画を流しながら大麻を吸い、世間話をしながら飯を食い、外には絶対に持っていかない。

 こんな真人間は俺の周りにはいない。大概たいがいは破滅を助手席に乗せて、言いなりになりながら目をつむってアクセルを踏み込むやつばっかりだ。

 スリルの中でしか生きている事を楽しめない。


 俺は何も言わず、紙を口に入れ舌の裏側に収める。

 タクミはニカっと笑い、玄関横のワンコンロでヤカンに火をかけた。俺はローテーブルに灰皿を見つけタバコに火をつけながら窓を開ける派か聞いた。


「開けんでいいよ、台湾で買って来ためっちゃうまいお茶入れたるわ。」

 ギャップに微笑ましくなった。烏龍茶のような匂いだった。



 ポラリス見に行くわ。

「カズさんと来るん?俺あの人好きやな。」

 透明のガラスで出来たティーポットと重そうで不揃ふぞろいのマグカップを持って、タクミが戻ってきた。

 

 カズトシさんは誰に対しても開いている。

 自分のコンプレックスを受け入れているから、掛け値無しのコミュニケーションができる。言葉遣いは大人だが、質問は子供の様に相手の事を知ろうとする。 そして武装しなくていい関係を築く。他人の隠したいところが本能的に分かってしまう俺には無いものだ。窓際の壁に小さなギターが立てかけてあった。

 タクミはその横に腰掛けた。茶の入れられたマグカップを受け取り、紙と共に一口流し込む。

 

 お前のラップはすごい。

 唐突に言葉が出た。同時にタクミが何の前触れもなくカーテンを閉め、曲を90年代のhiphopに変えた。

 タクミの後ろ姿と背景のレコードジャケットが動き出した。タクミはプレイリストを安定させると同じ場所に俺に対面して座る。



 ずっと点いた間接照明が簡易かんいな夜を作り出し、タクミの瞳孔は完全に開いていた。もはやスピーカーの音は大きいのか小さいのか気にならない程シャープに入ってくる。

 この曲は2pac、初めて知ってから無限ループした Do 4 love だった。

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