4話目 オレンジサンシャイン

「おかえり。」

 部屋に帰ると女はまだ起きていた。

 

 今日仕事なん?

 俺は形だけの気遣いをする。

「遅番やから大丈夫。」


 何が大丈夫なのかは分からないが、起きていたことを幸運に思いベッドに横になりスマホをいじる女にまたがった。風呂上がりの匂いがする。


「なんかキメてるん?」

 何の前振りもなく聞かれた。挨拶代わりのような会話だが、下心を見抜かれたようで咄嗟とっさに笑顔で答える。


 もう抜けた。

 

 心と連動した体は支配欲を膨らませ、そこから無言で女の体を蹂躙じゅうりんする。

 眠たげな女は本能から来る義務感なのか、諦めに似た気怠い動きで支配を受け入れ、体を許す。


 中に出していい?


 2回以上セックスした女にはコンドームは着けない。

 物の様に扱い自己肯定を完全に否定し、羞恥心しゅうちしんと快感に悩ましげな表情をしている女の、最後にこう聞いた時の顔が好きだ。

 返答を待たずいつも腹の上に射精する。女を選ぶ基準じみた悪習なのは自覚している。


 事が終わると女の腹に乗った精液をティッシュで丁寧に拭き、一緒にベッドに倒れ込む。付き合ってはいるがお互いの距離感は変わらない。嫉妬や期待が少ない分、余計な詮索をしてこない女は珍しく感じ、

 多くの事を許しあえる関係が心地よくて自分でも驚く程長続きしている。女の事は尊重しているし、愛情も持っているつもりだ。


 処理を済ました後、どちらとも無く深い眠りに付いた。




「一旦家戻るわ、ありがと。」

 女に起こされた。微睡みながら起き上がり玄関まで見送る。


 仕事頑張ってな。


 形だけのねぎらいを言い、女を帰した。時計を見ると11時だった。

 規則通り自分の欲望やモチベーションをコントロールする人間はまるでディスプレイ越しの作られた像のようで俺にはどこか現実感が無かった。

 眠たいのにちゃんと仕事に行って偉いなという感覚と、友達が全員家に帰り公園に一人残された様な孤独が入り混じり、自らの社会性の無さを改めて自覚する。ベッドに腰掛けると携帯が震え、着信を知らせる画面が点灯していた。



「起きた?」

 タクミからのメッセージだった。起きている事を知らせる。既読が付いたすぐ後に電話がかかってくる。


「今日何か予定ある?仕事ならそれまで俺の家遊びに来ん?」


 過度な期待や自分の承認欲求を人は敏感びんかんに見抜き、互いに利用する付き合いが普通になるが、ごくたまに会った時間に関係なく仲良くなるやつがいる。

 それに理由なんて分からないが感覚が似てるんだろう。



 長堀橋を西に自転車で向かう。御堂筋を越え四ツ橋を下ると細い道から堀江を抜ける。アパートの一階のコンビニで待ち合わせた。適当に飲み物を買い、ラインで指示された部屋に向かう。エントランスは無くコンビニ横の階段を登り2階の部屋をノックする。


「酒買ってきた?」

 ビール買った。


「LSDをやってる時は酒を飲んだらあかんねんで。」


 だらしなく笑うタクミは素面しらふなのか大麻を吸っているのか分からない程異常に表情をゆがめ、俺を迎えた。合点がってんがいく。


 オレンジサンシャインか。

「やったことある?」

 他のはやったけどあんまり分からんかった。



 タクミはオレンジサンシャインへの出演を同じ名前のLSDで祝っていた。

 この薬は自分が抱え込む孤独を白日の下に引きずり出す。タクミのラップから察するにこいつの胸中の闇は相当深いのだろう。

 

 俺は玄関のチェーンを閉め部屋に踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る