2話目 アップケミスト

 アメ村三角公園近くにある雑居ビル3階のクラブ アップケミスト はワンフロアで、ステージが1メートルほど高くなっており、左右の壁際にVIP席がある天井の高い中規模のハコだった。

 知ってはいたが来たのは初めてだ。



 タクミに誘われたイベントは『双龍』という3時からのフリースタイルMCバトルが売りで、レギュラーのDJが隙間を埋めピークタイムにホストMCのライブがある典型的なオールナイトのhip hipイベントだった。


 ホストMCの一人がライブをしている時間に一人で入った。24時のピークタイムはそこそこ人で埋まっているが、前列でライブを聞いて盛り上がっているのは内輪だけでほとんどの客はMCバトルを見に来ているのだろう。

 ライブ中のMCは大柄な体格でキャップを目深まぶかに被り、一昔前のUSメインストリームとわずかな天才だけが許される癖の強いフローを猿真似した様な曲で、俺はどこか安堵あんどしていた。あんな奴が天才でたまるか。



 フロアを後にしてバーカウンターへ向かいレッドブルウオッカを受け取りタクミをざっと探す。ライブは二人目に移る時間だった。

 タクミはそのままの名前でステージに現れた。

 いつものオーバーサイズのTシャツGパン、細長い体と坊主頭の首筋に金魚のタトゥーが見えた。えずいつでも帰れる様にと、来たことを主張しに前の方へ行く。


 常連以外は寒くなるような前フリMCは無く、いきなりDJは曲を回す。

 シタールとバグパイプを合わせた民族楽器の単音が伸びるイントロが始まり、俺は初見の客と一緒に面食らった。

 ワンループで和太鼓の様にブレが踊るバスドラと金属音に近いシャープなスネアの攻撃的な8ビートが始まる。ラップは飾り気の無いポエトリーディングがスタイルの、怒りを込めた静かな曲だった。

 一曲やり切るとタクミは頭を下げバックヤードに帰って行った。


 周りの奴らの何人が分かったんだろうか、その前も後もクソばかりのこのイベントで完全にタクミの才能は逸脱いつだつしていた。ステージを終えたタクミを見つけ歩み寄る。


 その時、俺は唐突に死んでしまいたくなった。


 お疲れ

「来てくれたんや、ありがとうな。今日店休みなん?」

一旦戻ると伝える。


 それが事実なのが今は救いだった。

「裏でちょっと一服しようや。ちょっとお話ししよー。」

 いいよ。お前の曲聞いたら、俺も話したくなった。


 バックヤードから出てビルとビルの谷間の非常階段でタクミはタバコの箱から大麻を取り出し躊躇なく火を着けた。ひと吸いすると渡してくる。深く吸い込んでまたタクミに返す。


「呼び止めてごめんな、俺の曲良かったやろ。」

最近見たやつで一番ブッ飛んだ。他のは全然ピンとこんかった。

「あいつらの方が音源売れとんのよ。あれ車で聞くとか頭おかしいよな。」

『ビジーにハスリン ゲッタマニーヨー』ヤバいよな。笑ってもうた。

 二人で笑う。




「店帰らんで大丈夫なん?」

今オーナーのセフレ来とったからもうちょっとゆっくりするわ。


さっきまでの逃げ出したい気持ちを切り替え、たわいもない話でゲラゲラ笑う。

フロアから歓声が聞こえたが全く気にならず、こんな時間がずっと続いたらいいなと感じた。

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