第2話 驟雨《しゅうう》

 突然の雨だ。


 暑さを逃れるために飛び込んだファストフード店で、コーラ片手にSNSをチェックして、そろそろ店を出ようかと顔をあげて、窓に勢いよく当たる雨粒に気がついた。

 ここ数年の夏によくあるゲリラ豪雨というやつだ。


 滝のような雨の中、人々が逃げ惑うようにあちこちに散っていくのが見える。


 ふと、交差点の向こうの人影に気がついた。


 どこかの小学生だろうか、白い半袖のシャツに、吊り紐のついた膝丈のプリーツスカートを履いている。

 強い雨のせいで表情まではわからないが、その頭はおかっぱだ。その姿はまるで。


「・・・トイレの花子さんかよ」


 トイレの花子さんが街中で、しかも時代錯誤な番傘をさしているのも変だが、周囲の人間は誰もその子に気がつかない様子だった。


 俺は先日の友人の話を思い出していた。







 神社に棲んでいる友人が、テレビでゲリラ豪雨のニュースを観ながら、突然話し始めた。


「こりゃあだな」


「アメフラシ? ってあの海にいるブニブニしたやつか?」


 俺は紫の何かを吐き出す、ナメクジの巨大化したような形の、海に棲む軟体動物を頭に浮かべた。


「ちげーよ。雨を降らせる妖怪だよ」


「それって『雨降り小僧』とか言うんじゃなかったっけ。水木しげるロードで見たぞ、ブロンズ像」


 日本酒を舐めるように手酌で飲んでいる友人に、俺が頭に傘を被った二頭身の子供の姿を説明すると、「違うそれじゃない」と答えが帰ってきた。


「俺っちの田舎じゃ、アメフラシって言うんだよ。突然の雨はそいつの仕業だって昔から言われてる」


「へー。それで?」


「そのアメフラシは、いきなり雨を降らせて、逃げ惑う人間を見るのが好きなんだが、ほら、過疎化ってやつで今は田舎には人が少ないだろ?」


「ああ」


「それで、アメフラシも田舎を離れて都会で就職してるらしい」


「就職ってなんだよ。妖怪なんだろ?」


「妖怪だって、おまんま喰わずには生きられない。あれはアメフラシが糊口を凌ぐ手段としての仕事だ」


 友人はそう言って俺の手土産のいなり寿司をぱくついている。


「妖怪のお仕事か、変わってるな」


 妖怪相手に変わってるも何もないが、そもそも人間とは全く別の生き物の生態が俺に理解できるわけがない。この友人がそう言うならそうなんだろう。


「そもそも人がいない田舎じゃ、お供えも期待できないしな」


「アメフラシもいなり寿司を喰うのか?」


「俺とは違って喰わねえよ。は人間の醜態が好きなだけのただの変態だ。気をつけろよ、あいつに笑われるとすげえ気分が悪くなる」


 友人はふんと鼻で笑った。







 雨だけではなく強風も伴って、店の外は凄いことになっている。


 傘をさす人は傘ごと強風に飛ばされ、濡れた道路にハイヒールを取られた女性が、派手にすっ転んでいる。

 手荷物を飛ばされた中年女性は、ころころ転がるそれをへっぴりごしで追いかけている。今またサラリーマンが転んだ。

 みんなずぶ濡れで酷い有様だ。


 交差点の向こうでは、番傘を飛ばされもせず、相変わらずその場にいるトイレの花子さん風な『アメフラシ』が、腹を抱えて笑っている。ケタケタ笑うその声が、交差点から離れた店内の俺にまで聞こえてきそうだった。


 人々の醜態を散々堪能して満足したのか、アメフラシは番傘をたたむと、それをぴゅっと片手で振り雨水を切る仕草をした。


 少女の姿はかき消え、そこに陽が射した。するとさっきまでの雨が嘘のようにぴたりとやんだ。



「なるほど。確かに変態だ」


 結局、何がしたかったのかよくわからないアメフラシの行動に俺は呆れ返った。ただやっぱりあんな風に、心底バカにしたように笑われるのは、確かに気分が悪くなりそうだ。



 最近やけに多い気がする驟雨にわか雨には、出来るだけ注意を払おうと思いながら、俺はファストフード店を後にした。






───

驟雨しゅうう

急にふりだすあめ。にわか雨。

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