俺の非日常な日常

依澄礼

第1話 隧道《トンネル》

 田舎はまだまだそこここに真の暗闇がある。

 そこは本当に真っ暗で、そこに誰がいるのか、がいるのかわからない。



 いつも家飲みする仲間内で誰が言い出したのか定かではないが、ノリでやろうと始まったことだった。

 今日は俺の部屋での飲み会だったが、急遽場所を変更して、地元で噂の幽霊トンネルへ出かけることになった。もちろんビール片手にだ。



「御神酒の代わりだよ」



 タカヒロが笑いながら早速缶を開けている。缶を開ける音がトンネルで反響して大きな音をたてた。


 今俺たちがいるトンネルは『隧道ずいどう』と呼ばれる古いタイプのもので、軽自動車がすれ違うのがやっとの、小さなものだった。

 すぐ隣には、新しいトンネルが出来ていて、この小さなトンネルを通るものはほとんどいない。新しいトンネルも、田舎で深夜ともなれば、車など通ることは滅多にない。


 俺たちが今いる古いトンネルは、使用されないので手入れもされず、ひび割れた壁からは山水が染み出して、そのせいか熱帯夜だというのに中はひんやりとしている。



「真っ暗じゃんか」



 ケンゴが不満を漏らしたが、幽霊トンネルに煌々と灯りがついているわけはなかった。



「トンネルの向こう側は見えてるし、スマホのライトがあるじゃないか」



 俺がそう言うと、わかってるよとイラついた声が返ってきた。



「怖いのか? それならお前も飲んで、祓っとけ」



 タカヒロが適当なことを言っている。

 そもそもビールは御神酒じゃないし、御神酒だとしてもそれをがぶ飲みして何になるんだという話だ。



「いいから行こうぜ」



 俺たち三人はトンネルの中を進んでいった。


 当然といえば当然だが、ここはただの古いトンネルで、特に何かいわく付きというわけではない。地元民なら誰でも知っている。

 ただ、その古めかしく『いかにも』な佇まいが、ありもしない怪談話のおまけ付きでネット上に拡散して、いつのまにか幽霊トンネルなどと呼ばれるようになったのだ。


 反対側の出口まで来た。


 出口の天辺から長い蔦状のものが、何本か垂れ下がって、そこからも山水がポタポタ地面に落ちている。

 俺は『それ』にちらりと視線をって、やれやれと溜息をいた。



「何だよ、やっぱり何もねえじゃんか」



 一番ビビっていたケンゴが威勢良く言った。



「そりゃそうさ、さて充分涼めたし帰って飲み直すか」



 タカヒロがくるりと踵を返すとケンゴもそれに続いた。





「・・・教えなくてもいいの?」



 ポタポタ落ちる水音に混じって、頭の上から小さな声がする。

 俺が無視を決め込むと、そいつは天井から、異様に長い濡れた脚だけをぷらぷらさせながら小さく哄笑わらった。



「おおい、何してんだ早く来いよ」



 反対側の入り口近くでケンゴやタカヒロが俺を呼んだ。


 俺は段々と大きくなる笑い声を背後に背負いながら、隧道ずいどうの中を足早に進んでいった。





 あれが何だったのかは今でもわからない。だか俺は二度とあのトンネルに行くことはなかった。






───

隧道ずいどう

1 トンネル。

2 棺を埋めるために、地中を掘り下げて墓穴へ通じる道。はかみち。

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