第33話 次世代の切り札 ※【R15】かも

 私の近くにいた魔法使いがワンダで良かった。

 最強の称号も、名ばかりではなかった。


 もしもワンダではなく、あいつ自身が言っていた事だが、

 妹の誰かだったら……もっと時間がかかっていた。

 時間がかかれば当然、リグを抑える怪盗の体力も尽きる。

 怪盗を倒したリグは、私達に向かってくる。

 次世代の希望も、容易く砕かれていたかもしれない。


 ワンダの魔法力(と言っていいのか分からないけど、ようは魔法の強さだ)は、

 私の子をあっと言う間に成長させた。


 妹が取ってきてくれたリグの精子を体内に入れ、

 それ以前から、魔法は使用されている。


 受精し、体を形成し……、

 必要な栄養さえも魔法で作る。


 媒体は私なので、かなりしんどかったけど。

 平行して使ってくれている魔法によって、痛みも疲労も、

 私はこれでもだいぶマシな方なのだろう。


 緊張だけはずっとしていた。

 それも、ランコが手を握ってくれていたおかげで、なんとか誤魔化せた。

 妹はずっと心配そうな顔で。

 ……あんたがそんな顔をしてたら、私がしっかりしなくちゃって、思うじゃないの。

 だから良かったのかもしれない。

 私は、何度も気合いを入れ直した。


 体内からくる振動で、実感が湧く。

 ……ああ、今、お腹の中に私の赤ちゃんがいるんだなあって、

 やっと現実の事なのだと、認識した。


 ……リグと、私の、赤ちゃん。

 早く出せ、と言わんばかりの振動は、父親というよりも、母親に似ている。

 母親の方が乱暴そうって……、どういうことなのよ。


 自分で自分に呆れる。

 まったく――、どんな子が育つのだろう。

 どんな子が産まれてくるのだろう……、

 そんな事ばかり考えていた。


「元気でいてくれるなら、どんな子でも……」


 そして、私を襲う激痛は、魔法でさえも抑えられなくなってきた。

 それもあるけど、ワンダの体力の限界というのもある。

 ワンダが強いのは魔法であり、体力じゃない。


 身体能力は平均よりも少し上くらいだ。

 そんなあいつに、リグとの戦闘後、二つ、三つの魔法を平行して使わせ、

 体力と魔力を常に使用し続けるスパルタ注文をして、

 それがずっと続くと思うなんて――バカみたいだ。


 誰にだって限界はある。

 終わりは必ずくる。

 永遠なんて、どこにもない。


「ワンダ、ありがとう。

 私の痛みを和らげてくれてる魔法、使わなくていいわよ」


「は? ……おい、分かるだろ。

 痛覚を和らげてるその魔法を使って、いま、お前が感じてる痛みだぞ? 

 それを解けば、どうなるか――」


 分かってる。

 私の覚悟は、もう決まってる。


 私はこの子のために、なにもしていない。

 体を提供しただけだ。


 あとは、ワンダの魔法。

 ランコ、妹の知識と、案。

 私を安心させてくれる手の温かみで、なんとか進めている状態。


 私は、なにをした? 

 産まれてくるこの子のために、なにか、頑張った……?


「お前は! ずっと頑張ってるじゃねえか、誰よりも! 

 お前が一番つらい。これから先、ずっと戦っていく。

 お前はそれを背負っているのに、これ以上、自分を虐める気なのかよ!?」


「私が今できることは、がまんすること」


 ――これは意地だ。

 屈してたまるか、負けてたまるか。

 自分のお腹を痛めないで産んだ子に、私は母親として誇れるの!?


「これはわがままだから。気にしないでいいわよ。これは、こだわりよ」

 

 私は誇れない。

 痛くて痛くて、楽になりたい気持ちを抑えて、

 私はあなたを産んだのよ、と、そう言いたくて。


 自慢をしたくて。

 リグにだって、がまんできない痛みを感じたんだから! って、

 ――頑張ったんだな、って、褒めてもらいたくて。


「解きなさい、魔法を――、解きなさいよッ!」


「俺は、知らねえぞ。お前が望んだんだ。

 お前が言ったんだからな! ……絶対に、気絶するなよ」


 産まれるものも産まれなくなる。

 言われて、力が宿った。

 私が諦めれば、そこで自分の子を見捨てる事になる。


 大丈夫、逃げない。

 絶対に会うから――待ってて。


 お母さんを、信じてて。


「名前は、もう決めてある――」


 全身に、まるで電流が走る。

 痛みで気絶しそうになったのを、叫ぶ事で紛らわせる。


 その声は、私には聞こえない。

 自分の声だけが、鼓膜に届かない。


 妹は泣いていて、ランコは唇を噛みしめていて。


 見える視界にはそれだけ映る。


 やがて、視界が歪んでいく。

 瞳に溜まった涙が、世界をまともに見せてくれない。


 どこにいるの? 

 今、私は寝ている? 立っている? 

 浮いているような……。ダメだ、痛みしか感じられない。


 長かった、と思う。

 数十時間、ずっと痛みと戦っていたような気がした。

 けど、言われてみたらほんの数十分だったらしくて、嘘だと思った。


 私は汗びっしょりで、服は水に飛び込んだみたいに体に張りつく。

 気持ち悪いと思わなかった。

 そんな事は、些細なものだ。

 今、私の腕の中には、一つの生命がいる――。


 小さな手だった。

 泣き止まないその子の、頭を撫でる。


 手だけじゃなくて、全部が小さい。

 まるで、お人形さんみたいだった。


 そして、ここから再び、魔法を使って成長させる。

 今はもちろん、ゼロ歳だ。

 ゆっくりと成長させていき、才能が開花したところで止める――、


 リグを凌ぐだろう、その力まで。


 その才能を持っているとは限らない。

 持っていないかもしれない。

 ここまでして、もしもなにもなかったら――、


 これまでの努力は無駄だったと、誰もが言うかもしれない。

 けど、無駄なんかじゃない。

 産まれてくれた事に意味がある。


 あなたの存在は、やっぱり、リグにとって大きいのだから。


 私をこんなにも、輝かせてくれたのだから。


「あなたがどれだけ憎まれても、私だけは愛すると誓うわ――モダン」


 再会を信じて。

 私は我が子に、その名を授けた。




「頬を赤くして、ぽーっとしちゃって、どうしたの? 

 あの子……モダン、もういっちゃったよ?」


 体力が底をつき、立ち上がれない私の隣に、ランコが腰を下ろす。

 ……いなくていいわよ。

 モダンを、見ててちょうだいよ。


「しっかりお母さんやってたね」

「……胸を見ながら言わないで。……屈辱よ。授乳の最中を見られるなんて」


 仕方ないと言えば、そうなんだけど……、

 タオルで隠したり、してくれないと。

 ワンダも魔法をかけている以上、目を逸らす事はできないし……恥ずかしかった。


「小さかったけど、声も出てたしね」

「蒸し返さないでくれる? ここぞとばかりに攻めてこないでよっ」


 あははー、ごめんごめん、と心にもない言葉だった。

 笑いたければ笑えばいい。

 あんたが同じ状況になった時に、いちばん最初に見てやるから。


「あんたとワンダはいつ結婚するのかしら?」

「け、結婚なんて……そんな、まだ早いよぉ」


 くねくねと体を振りながら、嬉しそうな声を出す。

 あー、はいはい。

 なんだか惚気話に突入しそうだったので、話題を打ち切る。

 

 さて。

 モダンはもう、リグの所に辿り着いたかな?


「――頑張ったな」


 その言葉は嬉しかった。

 けど、リグに言ってもらいたかったなあ。


「悪かったな、あいつじゃなくて。

 ……さて、お前の子の晴れ舞台だ。近くで見たいだろ? 

 お前の体を魔法で動かすようにする事は、もう無理だ。

 俺も限界だしよ。だから、背負って連れてってやる」


「いや、それもそれで疲れるでしょ」

 心配ねえよ、とワンダが私を引っ張り、背負う。

 男だ――当たり前だけど、男の体で、男の背中。


 大きい……。

 私の扱いに嫉妬したランコが、少しむすっとする。

 まあでも、理不尽だと本人も自覚があり、

 ワンダをぽこっと殴ったり、態度が悪かったりはしない。


 ワンダの服をちょこっとつまんで、先導する。

 進むにつれて、破壊の痕が派手になっていく。


 瓦礫の山、凹んだ地面。

 岩が積まれ、小さな山が作られている。


 そんな瓦礫の下敷きになっていた怪盗を見つける。

 向こうも、隠れていただけらしく、私達を見つけて手をあげた。


「上手くいったようだな。じゃあ、もう大丈夫か?」


 するりと岩の下敷きから抜け出し、五体満足を晒す。

 翼は片方が千切れ、鱗が剥がれていた。

 尻尾は無事だったが、元気がない……、地面を引きずっていた。


 笑みを見せるが、体中が血まみれだった。

 拭っても拭っても、新しく流れてくる。

 途中で拭うのを諦めたのか、真っ赤なタオルが地面に捨てられてあった。


 無理して立ち上がったせいか、再び血が噴き出す。

 くらっと、足元がおぼつかないのも、見て分かった。


「座ってなさい」

 いいよ、と断った怪盗は、予想通りにバランスを崩して倒れそうになる。

 ランコと、戻ってきたらしい妹が体を支えた。


 そのまま、彼女を横に寝かせた。


「あっれー? まだまだ、いけるのになあ……」


 言いながら、目を瞑った。

 そしてそのまま、小さな寝息を立てる。


「お疲れ様。ありがとう、怪盗」


 名前はなんだったか……、聞いた事あったっけ? 

 分からないから、今度にでも、聞いてみよう。

 そこを会話の始めとして。


 ……私を狙った事、帳消しにしてあげるわよ。


「妹、怪盗の事、見ててあげてくれる? 私達、あの子を見届けてくるから」


 ……うん、と妹は頷いた。

 最後にモダンを見たのは妹だ。

 リグの元まで送っていったのだから。


 リグと向き合うモダンはどうだった? 

 聞きたかったけど、まずは自分の目で確かめたかった。


「人の背中の上であれこれ命令するよな、お前って……」

「姫だから当然でしょ」


 そして、私達は戦場に辿り着く。


 王城の前、パレード広場。


 リグと向かい合っているのは、七歳になった、私の子だった。

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