第32話 フォアイトvsリグヘット その2 ※【R15】かも

「う、そ……」


 驚きは少ない。

 だって分かっていた。

 リグは止めるだろうと、分かっていた。


 懐に飛び込み、ほとんど不意を打ち、

 最大出力で神器の力を向けても、しかし、リグには敵わない。


 しかも、今のリグには理性がないのだ。

 もう、ほとんど打つ手がないも同然だった。


「――フォアイト!」


 球体が、私とワンダを内側に取り込み、守る。

 しかし、ガラスが割れる音と共に、透明な球体が砕け散る。


 伸びてくるリグの手の平が、真っ黒に見えた。

 逆光だと、思いたい。

 これがリグの闇なのだと、思いたくなかった。


「ワンダ。あんた、腕……」

「ああ、そうだよ、また取れかけてんだよ、ちくしょうッ!」


 痛みは魔法で和らげている。

 けれど、和らげているだけで、ダメージは体に溜まっている。

 自覚なく、いつ倒れてもおかしくなかった。


 放り投げられ、背中から地面を転がる。

 痛い、けど、それどころじゃない。


 リグを止めないと……でも、どうすればいいのか、ぜんぜん分からない。


 妹に抱きかかえられ、寄り添ってくるランコに手を握られる。


「……手、あるよ」


 握られ、握り返した手の事じゃないだろう。

 いつもならやるような、くだらないやり取りは不要だった。


 私はランコの言いたい事を、瞬時に理解する。

 そして、アイコンタクトだけで、ワンダと、そして怪盗にも伝わったらしい。

 リグの攻撃を受け止め、二人は反撃をしながらも、勝負を急がない。


 負けないように、とにかく動き回っていた。


 リグは動くものに反応し、それ以外の意識が散漫になる。

 とは言っても、視界は広く、妙な動きをすればもちろんばれてしまう。


 私達は、倒れている人達に紛れて姿を隠す。

 いくらリグでも、あの二人を相手にしながら、私達を探すのは骨が折れるはず。

 それに、私達を探そうなんて思わないだろうし、眼中にないだろう。


 リグは失敗を繰り返す。

 学習をしない。


 理性がないから、思考力も衰えている。

 目についたものを破壊して。

 そこに好悪はあれど、最も優先度の高いものに反応するのは変わらない。


 本当に、動き自体は魔獣によく似ている。


「フォアイト」


 なぜか私の妹を抱きしめながら、ランコが言う。

 真剣な表情だ。

 妹はなんだか気持ち良さそうに、

 そのまま眠りそうな、居心地が良さそうな表情だ。


 そのまま眠ってくれたら助かるけど……。

 私じゃなくて、ランコに安心感を覚えるのね。


 そりゃそうだけどさ……、

 妹の事を考えたら、それがいいはずなのに、

 私以外の胸で気持ち良さそうなのが気に入らない。


 こめかみをぐりぐりと、片手で制裁を下しながら、私は聞く。


「リグを止める手立てが、あるんでしょ?」


「まあ……、手と言っていいのかなあ……」


 と、ランコは妹を撫でながら。


「それでも。なにもしないよりはいいでしょ。

 今は、なんでも試さなくちゃ」


 私は妹の頬を引っ張る。


 ううーん、と嫌がる妹の反応と共に、


「じゃあ、聞くけど、リグの事、どう思ってる?」

「どうって……」


 どう、なんだろう……。


「単刀直入に。――好き? 嫌い?」

「嫌いじゃ、ない」


「じゃあ好き?」

 そう言われると、頷けない。

 でも、顔は真っ赤だと指摘されて、自覚する。


「いつも、リグの顔を思い出す。

 リグに裏切られた時、悔しくて、寂しくて。

 リグがここにいればいいなって、思った。

 ……リグに、裏切られたのに」


 おかしな話だ。

 裏切られても、私はリグを嫌いにはなれなかった。


 敵になって、そして騎士団のみんながやられたさっきも。

 どうしてか、本心から嫌いにはなれなかった。

 ここまで特別扱いしている相手を、私は、好きじゃないとは言えない。


「好きだって認めたくない自分がいるの? お姫様が惚れるのは格好悪い?」


「……まあ、惚れられたい、かな」


 力づくで奪ってほしかった。

 でも、あのリグにそれができるとは……、

 できるとは思うけど、そこまでするための感情に届かないと思う。


 強くなり過ぎて、リグには欠けているものが多過ぎるから。


 ――で、それがなに?


「うん。じゃあ大丈夫かな。

 ――リグを止めるための手は、フォアイトがリグを好きじゃないとね、

 やっぱりモラル的にあれだからね――」


 首を傾げ、私は先を促す。

 ――ランコは簡単に言った。


「リグとの子供を産みましょー。

 リグよりもさらに上の強さを持つ可能性があるのは、

 血を混ぜた次世代しかいないのよ」


 そして、時が止まる。


 …………え、産むの、私?




「ちょっと待って、理解が追いつかない……」


「リグの子供をフォアイトが産むの」


 再び言葉にするランコは、ね? とでも言いたげに私を見る。

 いや、私がふてくされたみたいな扱いをしないでくれる? 

 確かに、私がリグを好きじゃないと、モラルに反するよね……。


「ってことは、その、あの……、リグに、こんな状況で襲われろって言うの?」


 一応、子供の作り方くらいは知っている。

 誤魔化しじゃなくて、本当の奴。

 妹はまだ知らないと思うから、今、口には出せない。


「あ、そうだよね。違うよ、〇ッ〇〇じゃなくて」


「言及は避けてたのに! なんで言うかなー!」


 ランコは、だって、と私を指差す。


「女同士で、妹ちゃんはほとんど夢うつつだし、いいかなって」

 こういうトークは女だってするもんだよ、と、女の私に言われても。


「一応、妹の前だから名称は出さないように」

「じゃあ、エ〇〇」


 ……まあ、いいか。

 他に言い方も思いつかないし。


 これより酷くなるよりはマシだ。


「リグのフランクフルトは必要ないよ」

「言いたいことは分かる。隠してるつもりだけど、絶対に分かっちゃうよそれ……」


 なにそれ、と問うのは嘘くさい。


 というか、名前に仮面を被せてるけど、元の言葉を使う必要はないよね? 

 リグとエ〇〇する必要はないって言えば、それで伝わるのに。

 なんで部位を的確にする必要があるのよ!


「フランク、フルト……?」

「あんたが首を傾げるのはおかしいでしょ……っ」


 発言者がとぼけるな。


 冗談だよ、といらない遊びを交えてからが本題だ。

 子供を産む方法は、魔獣には色々あるけど、人間には一つしかない。


 男性の六十以上の精子が女性の卵に集まり、

 その中のたった一つだけが選ばれ、卵に侵入し、受精する。


 医学の本にも載っている知識だ。

 すぐに産まれるわけがない。

 さっきはリグを止める可能性を出されて期待してしまったけど、

 冷静に考えて、何か月もかかってしまう手を打開策と呼べるのかどうか……。


 リグも待ってはくれないし。

 今をどうにかしなければこれから先もないのだ。


「――魔法」


 私があれこれ障害を考えていると、ランコが言った。

 ランコの最も身近な相棒に、魔法使いがいる。

 けど、なんでもできると言われている魔法使いでも、

 さすがに生命を生み出す事はできないと思う……、


 人間を作るなんて、それはもう、神の領域だ。


 守護獣を作れるという噂は耳にした事があるけど、どうだろうか。

 ワンダの傍に、そういった相棒はいない。

 まあ、あいつなら作らないってだけかもしれないけど。


 ――とにかく、人間は生み出せない。

 魔法使いでも、私とリグの子供を作る事はできないのだ。


 って、ワンダが作っても意味がない。

 私とリグで作らなければ、強さは継承されないのだし。


「違うよ、そうじゃない。

 ワンちゃんでも、さすがに命を生み出す事はできないよ」


 でもね、とランコの目には自信が宿っていた。


「結果を早めることはできるの」


 結果を……。

 もちろん、

 遠い未来に起こるだろう山の噴火を、一瞬で早めることはできない。


 けど、一週間後に咲く予定の花を、

 数時間かけて咲かせる事は可能だとランコは言った。


 じゃあ、つまり――。


「フォアイトの受精から出産、そして成長までを魔法で早める」


 簡単に言うけど、やるのはワンダだし、

 そもそも、リグの精子もないし……、

 問題は山積みだけども、ランコは真っ直ぐ私を見て――、


「信じて」


 ワンちゃんを、私を。

 自分の子供を。

 さり気なく混ぜられた最後の希望を、私が「信じない」とは言えない。

 私が信じなかったら、一体、誰が信じられるって言うの?


「……分かったわよ。産む……産みます」


 うん! とランコが大きく頷き、

 ぱんっ、と両手を叩いて鳴らす。


 そして、何度も言っているけど、リグの精子がない。

 それがなければ、出発すらできないのだから。


「ある、よ。リグさんの精子……」


 声は下からだ。

 未だにランコに抱かれ、胸に顔を置いた妹が目を覚ましていた。

 夢うつつではない。じゃあ、今までの会話を全部、聞かれて……?


「ううん。一部だけ。でも、分かるよ。

 お姉ちゃんとリグさんの子供を産むって事……」


 それが希望なんでしょ? 

 ……そうよ、と頷く。


「わたし、賛成する。

 お姉ちゃんに似合うのは、やっぱり、リグさんだと思うから」


「……うん」

 リグがそう言われていると、私もなんだか嬉しかった。

 ――ところで、妹の口から精子と言葉が出てきたのが軽くショックだ。


 なにも知らない真っ白な妹はどこにいったの? 

 黒いのは私だけで充分でしょ!


「え。……わたしの年齢なら、知っててもおかしくないと思うよ……」


 そんなわけない! と否定すると、ランコまでもが、


「うん、知ってると思うよ。十三歳だっけ? 

 その年齢なら自分で調べたりもするんじゃない?」


 だから意外ときつい映像も見ちゃってるのかもね、と、

 ランコの言葉が妹にぐさぐさ刺さったらしい。

 銃撃されたような妹のリアクションは、まさにそれだった。


「妹」


「ち、違うの! 

 お兄ちゃんのインターネットの履歴を見たら、そういうのがあって!」


 ――殺す。

 問答無用で、あいつだけは絶対に殺してやる!


「いいから、フォアイトはすぐに産む! 時間がないんだから!」


 あんたは産まないからそういう事が言えるのよ……。

 ランコは精子の保管場所を妹に聞いていた。


 ……そうよ、なんでリグの精子が既にあるのよ。

 まるで、今の状況を見越していたみたいに……。


「そんなわけないよお。これを想定するって……、ものすごい妄想力だよ」


 まあ、見越して用意されていたら、身の危険を感じる。


 リグの精子は、王城の保管庫にあるらしい。

 マイナス百九十六度で冷凍保存している。


 それにしてもいつの間に、と思ったところで、私はさすがに思い出す。

 心当たりがあるのは、健康診断。

 時期的にずれているけど、それはリグだけが対象だったからだ。


「騎士団に入る時、確かに色々と検査してたね……」


 一日がかりで。

 まさかその時に、精子を採取していたなんて……、

 抜け目ないっていうか……なんというか。


 妹が取りにいき、ランコがワンダをこの場に呼ぶ。

 リグを止めてくれているため、体は予想以上にボロボロだった。


 怪盗は、翼が取れかけていた。


「……あ。心配してくれるんだな」

「誰が!」

 と思わず言ってしまったけど、心配してる。


 だって、リグを止めてくれている。

 時間を、稼いでくれているんだから。


鬱陶うっとうしいかもしれないけど、言わせて。……頑張れっ!」

「はいはい――もうっ、仕方ないなあ」


 お姉ちゃんっ、って言ってくれたら、もっと元気が出るんだけどなあ。

 ちらっ――と、そこまで言って、私も察せないわけじゃない。

 言いたくないけど、仕方ない。

 私にも姉がいる。だから、言った事のない言葉じゃない。


「お姉ちゃん、頑張って!」

「充電完了! しばらくは大丈夫!」


 怪盗のシスコンを垣間見た。

 妹がいるのかなあ。

 大家族の次女って感じがするんだよね……、

 長女じゃないのは、まとめるのは苦手そうだからだ。

 元々まとまっているものに茶々を入れるのが得意そうな性格だ。


 迷惑で厄介だけど、

 でも、頼れるっていうのは納得だ。



「なんだよ、それ。いいのかよ。――フォアイトは」


 ワンダはランコに事情を説明され、私を心配してくれる。

 大丈夫、無理やりじゃないから。


 そう答えた。

 ワンダは、なら、いいか、と頭を掻いた。

 いつもやるその仕草も、今回はぎこちない。

 それだけで、激痛が全身を走っているのだろう。


「魔法に頼る事になるけど、大丈夫?」

「大丈夫じゃなくても、やるしかないだろ」


 それは、そうだけど……、

 まったく、可愛くない奴だ。


 心配してあげてるのに、

 そんなにぶっきらぼうに答えてくれなくていいじゃない。


「大丈夫だよ。俺を誰だと思ってる」


 ……魔法使い。

 ちげえよ、と言われ、首を傾げる。


「最強の、魔法使い」


 現在進行形でボロボロのあんたに、その言葉を言う資格はあるのかな……。


 なんて、死者に鞭を打つようなセリフは言わないでおいた。

 反論できない指摘をして気が変わっても困るし。


 魔法使いの魔法がなければ、希望はついえたも同然なのだから。

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