第31話 フォアイトvsリグヘット

「リ――」

 グ! と呼びかけようとしたら、口を塞がれる。


 背後にいる怪盗に、だ。

 なにすんのよ、と小声で文句を言うと――怪盗は私を見ずに、

「やめておいた方がいい」


 続けて、

「声を出したら、リグは次に、お姫様を狙うよ」


 だったら! ――尚更だ。


「このまま、私の大切な国民の方へいかせろって言うの? 

 ――ふざけないでッ、国民に力はないっ、でも、私にはあるの! 

 対抗できなくても、一矢でも、報いることができなくてもッッ! 

 私がいけば、無駄な死者は出ないでしょうが!」


 怪盗と目が合う。

 あっさりと、私を押さえていた手を離してくれた。

 しかし今度は、私の腰にしがみつく妹がいた。


「あんたも逃げなさい。あれは、あんたの知ってるリグじゃないの」


「……ごめん、なさ……ぁい」


 妹は、顔を私の服に押し付け、泣きながら。

 あーあー、鼻水べったりついているなあ、と、服のあれこれを考える。

 妹にしがみつかれ、泣かれて、私はどうすればいいの?


「笑えばいいじゃん」

「この状況で笑えるか」


 いくら私でも、屍の上で高笑いなんてできない。

 いや、みんなは死んでないけど。

 死者から感じる冷たい感じはしない……だから絶対に、生きている。


 幸い、リグはこちらに興味を示さない。

 己に降りかかる火の粉にしか、興味がないのかもしれない。


「まったく。ほら、離れなさい、泣き止みなさい。もう、私は怒ってないから」


 私に内緒で、姉妹と弟で協力して、

 私を姫から引きずり下ろそうとしたことなんて、なんとも思っていないし。


 嘘つけと思うかもしれないけど、本当だ。

 だって、無理やりに引きずり下ろせば、悪評になるのはあんた達だし。

 だからきちんとしたやり方で、私を引きずり下ろそうとしてくると思った。


 投票であれ、なんであれ。

 正式なやり方で出た答えに、不満なんてない。


 それが国民の声なら。

 私は受け入れるつもりだ。


 受け入れなきゃ、それはそれで、私が悪くなる。


「まあでも、あとで一人一人ときちんと話すけど」


 相手が姉でもぶつかり合うから。

 別にそれは、暴力じゃない。

 本音で、言いたい事を言い合うってだけ。

 言葉の殴り合いと言えば、そうだろうね。


 また、こうして不満が溜まって裏で動かれるよりは。

 毎日のように不満を垂れてくれた方がいい。

 そうすれば、不満が溜まる事なんてないでしょ?


「お姫様なんて、誰がやっても一緒よ。私だろうと、あんただろうと。

 どうせ、リグがこうなったのは、誰にも止められなかった」


 分からないのだから、止めようがない。


「今、動ける者の中で神器を持っているのは私だけ。

 だったら、私がやるしかないでしょ――」


「だ、め……! お姉ちゃんだって、みんなみたいにやられちゃう……っ、

 さっきみたいに、もしも、腕が――」


 思い出したのか、顔を青くする妹。

 やっぱり遅かったか……、一瞬、見られていたかもしれないって分かっていたけど……、

 あの光景は、脳裏に焼き付いて離れないだろう。


 妹には、積極的に関わらせてこなかった。

 外で遊ぶのだって危険だと言って、あまりさせてこなかったのだ。


 一番目も、二番目の妹も。

 だから穏やかに育ったのだと思う。

 穏やか過ぎて、積極性に欠けるし、

 言いたい事も言えずにがまんして、溜めてしまうけど。


 しかし私の妹、

 目的を達成させるために手を尽くすところは、ちゃんと似ていた。

 そういうところは、すごく好きだ。


 それが私に牙を剥くとは思わなかったけど。

 しかし、それがなあなあになったのは、リグに感謝かな。

 リグがこうして立ち塞がってくれなければ、

 もしかしたら妹と、決定的な決別をしていたかもしれない。


 まあでも、だからと言って、許すわけじゃないけど。

 いくら強くても、騎士団のみんなは人間だし、私の友達だ。

 家族みたいなものだ――そんな子達を……。


 倒れているみんなを一人ずつ見る。

 取り返しのつかない大きな怪我はなかった。


 すると一人の指が、ぴくりと動く。

 後光だ……、彼女が目を開け、私を見る。


「……姫、様……」

 声をかけて、駆けつけたくなった。

 けど、足が止まる。

 地面に、縫い付けられたかのように。


 後光に近づく足音。

 顔の真横に、右足が落ちる。


 意識があるのを察したリグが、とどめを刺そうと近づいたのだ。

 声が出ない。足が動かない。

 必死に私にしがみついて止める妹の力なんて、もう関係ない。

 リグが完全に、後光を殺そうしているのが、私には分かってしまった。


 時間が止まったように――、

 誰かが死ぬ時も、こうやって、時間は遅く感じるんだなって……。


 初めて知る。


 やっと動いた足は、地面を引きずる。

 叫んだけど、それがリグに届いているのか、

 後光に届いているのか……、私には分からない。


 ――モノクロの世界で、動く者がいた。


 片腕のないワンダが、

 転がった腕の断面を肩に押し付け、魔法でくっつける。


 リグの真横から、低空飛行で近づき、

 自身の竜の尾をリグに叩きつけようとする、怪盗の姿があった。


 ちらっと、一度で二人を認識したリグは、息を吸わずに叫ぶ。

 空間が歪んだのが見えた。

 景色が歪曲し、次の瞬間には、ワンダも怪盗も動きを止めていた。


「痺れてる……?」


 二人が呟いている間にも、リグは動き始めている。

 私は――、妹を、振り払う。


 神器は既に、手の中には存在しない。

 放り投げ、身軽になった体を、最高速度でリグに近づける。

 リグは私を見ようともしなかった……見えていないわけじゃなくて?


 隙だらけだった。

 リグの懐に簡単に潜り込めた私は、戸惑ってしまう。


 罠なんじゃ……、


 でも、たとえ罠でもいいと思った。

 知っていながらも見ようともしないのなら、

 じゃあ、こっちに向けさせてあげようじゃないの!


 胸倉を掴む。

 思い切り引っ張る。


 そこで、リグは私に気づいたらしい。

 視線が合う。けど、リグはすぐに視線をはずす。

 取るに足らない相手だと思ったのだろう。


 ……へえ。

 ぷちん、ときたので、私はこの距離ではさすがに可哀想かな、

 と思って、やめておいた一手に変える事にした。


 神器は放り出した。

 今は手元にない。

 でも、私はいつでも呼び出せる。


 なにもない空間を握る。

 雲が流れるような僅かな変化で、神器が空間に姿を現す。


 槍の先端は、リグを示す。

 エネルギーは充分に溜まっていた。


 流れるように、出現から発射までの工程をこなす。



 エネルギーの咆哮。


 がむしゃらに。


 私も、叫びと共に、槍を突き出した。

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