第30話 妹の作戦

 姿を見せ、すぐに怪盗の背に隠れた妹は、完全に私に怯えていた。

 顔半分だけが、こっちから見えている。


「……お姫様は、どれだけ妹を乱暴に扱ってるの?」

「違うわよ、姉も弟も同じように扱ってる」


 誰が平等に乱暴に扱えと言ったんだ、と半眼で見つめられる。

 いや、乱暴にも扱ってないし。


「ん? なになに……。

 昨日も理由もなくすれ違いざまに頭をはたかれた……って、言ってるけど?」


 耳打ちで告げ口するなよ。

 妹め、いつもおどおどしているくせに、

 怪盗を味方につけた途端に、口が饒舌じょうぜつになって……、

 私には一言も喋っていないのに!


「はたいたのは、あれよ。目の前でつまづいていたからよ」

 それではたく意味が分からないけど……。

 うん、分かってる。


 私もさ、冗談だったのよ。

 その場のノリなんだから、たったそれだけの恨みで私を攫わなくても……。


 依頼までしなくてもいいでしょうが。


「攫ったのは違う理由だよ、って言ってる。

 まあ、そりゃそうだって感じだよな」


 いや、目の前にいる二番目の妹は、平気でしそうだ。

 ……じゃあ、私を攫った理由っていうのは?


「お姫様をやめろ――簡単に言っちゃえば、そういう事」

 だよな? と怪盗が妹に同意を求める。


 私をちらちらと見ながらも、妹はしっかりと頷いた。


 …………。


 私が姫だと、不満なわけね……へえ。


 あんたは、姫が決まる時のいざこざを、また掘り返す気なんだねえ、妹。


「――ふ、ふふふふふ」


 笑いが止まらない。

 ただ、口だけだ。

 たぶん、目は、まったく笑っていないと思う。


「それで。私を攫って、国の姫を不在にして、一体なにをする気? 

 あんたがここにいるって事は――ああ、なるほど。

 姉も、もう一人の妹も、弟も、グルになってるわけね」


 お父さんとお母さんは違うらしいぞ、と。

 怪盗、通訳をどうも。


 なんだかんだと会話がスムーズだ。

 やっぱり間に誰か入ってくれると、かなり助かる。

 二番目の妹とは、喋れるだけでもかなりラッキーだから。


 すると、珍しく妹の声が聞こえた。


「ひ、あた、新しい、姫を決める、には……、

 国民の、みんなの、意見を、聞きたいから……」


 そして、まとめる必要があれば、誰が姫に相応しいかを投票をする――と。


 そう言いながらも、

 ちゃんと私を蹴落とす算段をつけているじゃない、この姉妹は。


 まったく、やり方がこすい。

 わざわざ攫わなくても、堂々と意見をすればいいんじゃないの?


「それができたら苦労しないんじゃない?」


「苦労もしないで、一度、決まった事を覆そうなんて、できないわよ。

 ……ねえ、これは喧嘩を売られたと思っていいのよね?」


 びくっ、と体を震わせた妹から、私は目を離さない。

 ここまでしたなら、もう絶対に逃がさないから。


「いいわよ、好きなようにすればいいじゃない。

 どうせ、国民からの支持がなければ、どっち道、姫なんてできないんだから」


 不満を抱いているなら素直に身を引こう。

 でも、そうじゃないのなら。

 私は命懸けでも、みんなを守る。

 ――妹、その中に、あんただって入っているんだから。


 まあ、言わないけど。

 こういう一面を見せたら、格好悪いし。


「あ、お姉、ちゃん……、ちょっと待って、連絡がきて――」


 そこで妹の表情が固まる。

 怪盗に耳打ちし、聞いた彼女が頷き、翼をはばたかせた。

 そして、上空から国を見渡す。


 私は怪盗を見上げながら、事情を妹に聞く。


「まずいな、これ……、もしかしたら、手の打ちようがないかもしれない」


 事情を聞けぬまま、怪盗が見たまま、その通りの事を説明する。


「リグが全てを壊してる。

 家も、建物も、人も――、このままじゃあ、国一つも潰される」


 ……なんで?


 どうしてっ、リグがそんな事をするのよ!?




 ナンダカ、タノシクナッテキタ。




 それは誰の呟きだっただろう。

 聞こえた。

 聞きやすい声で、よく知った声だった。


「お前ら、リグを追い詰め過ぎだよ……やり過ぎだ」


 竜の精霊にとって、最も恐れていた状態だ、と怪盗は語る。


「あいつ――理性、ぶっ飛んでるぞ」



 騎士団は全滅していた。

 魔法使いであるワンダは、かろうじて立っているが、片腕がない。


 辺りを探したら、後方、十メートル先に転がっているのが見えた。

 私は慌てて、妹の目を塞ぐ。


 こんな光景、見せちゃダメだ。


「遅いと思うけどね。腕が取れてなくても、倒れてる騎士団の状態は酷いもんだよ」


「うるさい。ずっと見せ続けるよりはいいでしょ」


 あたしだってきついんだから。


 肩から血が滴り、地面を濡らす。

 ワンダは、しかし苦痛に顔を歪めてはいなかった。

 ふぅー、と深い息を吐き、ターゲットを一睨み。


 騎士団や巻き込まれた国民……、

 真ん中で一人、立っているリグは、ワンダを見ていなかった。


 遠くから聞こえる、逃げ惑う国民の悲鳴……、

 姿は建物で見えないが、リグはその音を追跡しているように見えた。


 これだけ暴れて、


 怪我人を出してもまだ、


 ……狙い続けるって、言うの……?

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