3章 手を伸ばせば届く生命【語り:フォアイト】

第29話 テュアとフォアイト

 リグの咆哮が聞こえた気がした……、なんて、幻聴かな。

 姿を消して二日が経っても、

 まだ忘れられていないなんて、未練があり過ぎでしょ。


「知らないわよ、あんな奴」

 言い聞かせて、私は道からはずれる。


 護衛を頼んだはずの騎士団のメンバーが、

 誰一人として私の傍にいないのはどういうわけか……。


 あいつら~、というか、後光……。

 あれだけ、当日は一緒に回ろうと泣きながら縋りついてきたから、

 いいよ、って言ってあげたのに、その当日をサボるなんて……。


「ま、そんなわけないけどね」


 後光がサボるわけない。

 自分で言うのもなんだけど、後光は私が好きだ――誰よりも。

 性別関係なく、惚れているレベルで。

 ……ほんとに自分で言う事じゃなかったな……。


 あの子が理由もなく、しかも私になにも言わずに姿を消すなんて……、

 しかも、後光だけじゃない。

 他の騎士団メンバー、誰一人として傍にいない。


 人混みに紛れているからじゃなくて、気配だって感じない。

 連絡も取れなかった。

 なにか、私の知らないところで、やばい事が起こっていたりして……。


「探しにいこうとするのは、みんなの邪魔になる――」


 そう、私を遠ざけた――守るために。


 なのに、私が渦中にのこのこと歩いていくのは、

 あの子達の作戦を踏みつけにする事だ。

 そんなこと、していいわけがない。


 だから結局、私は護衛もつけずにお祭りを楽しむ他にないわけで。

 しかし、一人でお祭りを楽しめるほど、私も心が強いわけじゃない。


 正直に言って、寂しいよ……、

 こんなこと、決して人には言えない。


 騎士団のみんなにはもちろん、姉にも妹にも、明かせない。

 弟には、死んでも言うものか。


 パレード広場には人の流れができており、

 そこから抜けて、私は王城へ戻ってきた。


 玄関から入ると、メイド達に気を遣わせちゃうし、

 戻った理由を聞かれても鬱陶しいので、扉は開けずに、そのまま庭へ回る。


 しばらく休むのもいいかな……。

 私の仮装をしている人が多くて、あまり私に注目が集まらなかったし。


 つまんないから寝ている間に終わってしまえー、と、そんな事を考え、

 庭の芝生に座ろうと屈む……、そこで、私に重なる影を見た。


「なに?」


 反応が遅かった……。

 もしも攻撃されていたら、間違いなく避けられなかった。


 だけども、真上にいた相手は攻撃をしてこない。

 一見、敵には見えないけど、だけど、顔を見たら敵としか言えなかった。


「怪盗が、なんの用よ。まさか戻ってきたの? 殺されに?」


「そんなわけないだろ。せっかく助けてもらったのに、無駄になんてするか。

 リグへの侮辱は絶対にしないよ」


 ……リグの名を出すな。


 お前の口から、聞きたくない!


「必死に忘れようとしてるんだ。

 ってことは、それくらい、リグは大きな存在だったんだなあ」


「知ったような口を利かないで」

 あと、お姉さんぶるな。


 確かにあんたは見た目、年上っぽいし、

 そんな雰囲気するけど……、私はこの国の姫よ!?


「だから、なんだ?」


 庭とパレード広場を区切る壁の上に腰かけた、怪盗の目が鋭くなる。

 足をぶらぶらとさせ、


「あたしはこの国の一員じゃないし。お前が姫だろうと関係ないね」


 よいしょっ、と、壁から飛び降りた。


「その肩書きの盾は、あたしには通用しない。リグにだって通用しなかっただろ?」


「さっきから、ちくちくと刺さる言い方よね。

 あんたはリグのなんなの? 

 怪盗仲間で、リグをスパイとして潜入させていたってわけでもないわよね?」


 もちろん、と怪盗が言う。


「あいつはただの幼馴染」


 ……え? 幼馴染って、あの――、

 将来の結婚を約束したとかいう……深い仲の事?


「先入観に偏りがあるなあ。そんな深い関係じゃないよ。

 同じ場所に住んでて、一緒に遊んでいた仲ってだけ。

 結婚の約束なんてしてないよ」


 ほっ、と胸を撫でおろす。

 ……なんで今、ほっとしたんだろう?


「まあでも、幼馴染ってだけでも、かなり近い関係なのは変わらないね」


 にやにや、と私を弄ぼうとしている。

 そんな挑発には乗らないっ。


「ふん。人の仲の強さは時間じゃないのよ――、密度なの。

 短くとも、一緒にいる時間が有意義であれば、幼馴染以上に親密にはなれるわよ」


「まあ、あたしとリグは時間で言えば、お前らより短いけどな」


 同じ村に住んでても、毎日毎日、会っていたわけじゃないし。

 たまにすれ違ったりした時に、無理やり飛びついて、あたしが一方的に遊んでただけだ。


 ……、それは、幼馴染?


「幼い頃からの顔馴染み」

「あんた、ふざけてるでしょ」


 そりゃあねー、と、その返事もふざけてる。


 もういい。

 あんたのことは、私がもう一度、捕まえてやる。

 リグがいない今、邪魔される事もないし――。


「どうだろうな。また邪魔が入るかもしれないぞ?」


「……揺さぶりなんかに屈しないわよ。

 リグが今、この国にきてるとか、言うつもりでしょ? 騙されないから!」


 にやにや、と、相手は不愉快な笑みをまだやめない。


「こっちには神器がある。

 あんたに勝てないとでも? だからこその余裕なのかしら?」


「いや、お前はずれてるなあって、思って」


 ずれ、てる……?


「ううん。分からないなら別にいいし、自覚してないならわざわざ言うつもりもないよ。

 あたしはお前のお母さんじゃない。なんでもかんでも教えると思ったら大間違い」


「嘘つきの言う事なんか信じないわよ」

「そうだなー、そっちの自由だもんなー」


 怒りを込めて、私は握り締める。

 なにもない空間を握った事で、私の神器が姿を現した。


 槍。

 背中に背負ったタンクには、物質の持つエネルギーを吸い取る機能がある。

 エネルギーは槍に繋がっており、加速、硬化するなど、様々なオプションがつく。

 エネルギーが溜まるのも遅くはない。


 槍の先を怪盗に向け、エネルギーを槍の柄――、後ろ向きに一気に放出する。

 ロケットのように前へ飛び出した槍が、私の力を越えて、突撃する。


 重装備の槍がこんなに素早く動けるなんて思わないでしょ。

 だから、誰もが不意を突かれる。


 はずなのに。


「よ、避けた……っ!?」


 放物線を描き、怪盗が跳躍一つで、私の背中を取る。


 振り向いたら、そこには竜がいた。


「見かけ、倒し……っ」


「呆然としながら言う事がそれ? 

 じゃあ、見かけ倒しじゃない事を今から証明してやろうか」


 人間の体に竜の翼、尻尾、鱗が、触ったものをなんでも壊しそうだった。

 爪は物を持てるのか不安になる。

 大きなお世話だろうけど。

 

 ――怪盗は、竜の血を引いている……。


 聞いた事がある。

 確か、ドラゴン精霊ドーター


 竜の谷で生活していたのかまでは分からないけど。

 リグと幼馴染らしい彼女――、そうなると、リグの強さも納得する。

 幼少の頃から竜と共にいれば、体は頑丈になるだろう。


 それでも、あいつの肉体は頑丈過ぎるけど。

 だって、他に理由が思いつかないんだもの。


「全身が変化しちゃうと、意識まで竜になっちゃうからな。

 理性が吹き取んじゃう――だから、この辺りがちょうどいい」


 私は身構えた。

 エネルギーを溜め始めてから、時間が経っている――、

 これなら、いつでも神器を扱える。


 それでも足りるのか、と、神器を疑ってしまう。

 そのため、じっとりと汗が出てきた。


 向こうに焦った様子は見られない。

 つまり、私が神器を出そうとも、焦るほどでもないという事。


 この時点で、私はもう、ほとんど勝てないって事が分かってしまった。


 でも、私は逃げられないものを背負っている。

 国……、みんな。

 私は姫だから、守らないと。


 私じゃないと守れない。


 ……ないものねだりをするな、私!


「今、リグがいれば――と考えただろ?」


 図星を突かれて、ぐうの音も出ない。

 ただ、ひたすら睨み付けるだけ。


「リグならいるよ、この国に」


 ――へっ? と気の抜けた声が出た瞬間、

 僅かに緩んだ握力を狙い、私の神器を足で叩き落す。

 そこで、竜の部分じゃないところを使うのが、憎らしい。


 怪盗が、神器を持たない私の体を抱え、翼をはばたかせて飛び上がる。

 王城のてっぺんを越え、国を見回しながら、蠢く人間を眺める。


 俯瞰ふかんして見ると、人混みの動きが気持ち悪い……。

 その中で、私はリグを見た気がした。

 

 騎士団を見た気がした。

 ……遠かったから、気がしただけかもしれない。


「リグの事、忘れられないんだな。

 なんであいつなんだよ、純粋な強さなら、魔法使いのあの男だっているだろ? 

 なんで、リグなんだ?」


 上空、何メートルか分からないけど、

 高所でなんて事を聞いてくるんだ、こいつは。


 こんな場面で冷静に考えられるわけがないでしょ。

「だからいいんじゃん」

 と、怪盗が、私の腕を掴む力を強くする。


「本音で話せよ、ガールズ」

「私は一人だから、ズはいらないでしょ……」


 自分も入れているなら、いいけど。

 あんたも、じゃあ本音で話せ。


 というか、私は嘘なんて一つもついていないけどね――今の場面では!


「どーだかなあ。信じられないって事は、嘘をつかれているのと同じだからなあ」

「違うでしょ……」

 信じるかどうかは、そっち次第でしょうが。


「それで?」

 え、と疑問だったが、ああ、さっきの質問か、と思い出す。


 リグが忘れられない。

 そんなもの、私が知りたい。


 なんでかなあ、リグの顔が、脳に刷り込まれているように、

 拭っても拭っても、取れない。

 なにをするにしても、リグがいたらこうするだろうなあ、とか、

 嬉しい事があったらまずリグに言いたいなあとか、そう思っちゃう。


 私がなにかを感じる度に、リグが出てくる。


「どうして、忘れられないんだろう……」


 本気で分からない? 

 聞かれて、頷く。

 恥でもいい、私は情けなく、怪盗に助けを求める。


「だからこそ、教えないよ」

「なんでよ! この人でなし!」


 人じゃないし、竜だし。

 そう言った怪盗を、殴りたくなった衝動を抑える。


 ここで再起不能にしたら、落ちるのは私も一緒だ。


「意地悪じゃないよ。二割は入ってるけど」

 ……今、そこには触れない。


「自分で気づかないと意味がないから。

 教えるのは簡単だよ、でも、それが本当だとも限らないし」


 あくまでも予想だから、と躱された。


「役立たず」

「でも、感心はしたでしょ?」


 見透かされてる……。

 あー、もうっ――はいはい、と相槌を打つ。


 そして、怪盗は私を掴んだまま、降下する。

 祭りの国の外、魔獣を近づけない、加護が効いている場所だ。


 整えられた道の横にある小さな森。

 ……森、と言ってもいいのか。

 公園のような自然があった――そこに降り立つ。


 祭りの国の騒ぎが、ここまで聞こえる。

 もう少しボリュームを下げよう、と、来年の事を考えた。


「……なんなのよ?」

 ここまできて、なにかあるのかと思って身構えたけど、なにもない。


 怪盗が、腰のポーチから正方形のシートを出した。

 折り畳まれたそれを地面に広げ、その上に座る。

 筒に入れていた水を飲みながら、座れ、と促してくる。


 座ってやるものか、と私は立ったまま。


「このタイミングで私をこうして攫う事に、意味と理由があるんでしょ? 

 教えなさいよ。……別に、逃げないわよ。

 あんたを目の前にして、逃げられるわけがないでしょうが」


 これは本音だ。


 神器はいつでもどこでも呼び出せるが、

 しかし、竜に勝てるほど、過信をしてはいない。


 負ける戦いに突っ込むほど、前を見ていないわけじゃないし。


「理由が知りたいのよ……」

 ただの誘拐にも理由はある。

 私は、私が攫われた事で起きる影響を、知りたかっただけなのに――。


「じゃあ、そういうのはあんたを攫えと、あたしに依頼した人物から聞くんだな」


 そいつは誰――と、口を開きかけた瞬間に、


 がさごそ、と近くの茂みが揺れた。


 ばっ、と視線が音へ向く――え?



「……妹?」

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