第28話 祭りの国

 食事をするのにもひと苦労だった。

 顔を晒せないため、

 被り物の一番下の部分を小さくつまみ上げ、

 僅かな隙間から差し込んで食べるしかない。


 客観的に見たら、めちゃくちゃおかしい。

 悪ふざけで誤魔化せればいいけど……、

 すると、誤魔化せていたらしい。


 お祭り雰囲気の今、なにを言っても信じてくれそうだ。


 食事が終わると、同時に国中へ響くアナウンスが流れる。

 王城に注目が集まり、騎士団……、

 そして、フォアイトを筆頭にした王族が姿を現した。


 フォアイトを見ると、一人だけ仮装をしていない。

 まさか、この姿こそが仮装とでも言うのか? それは威張れる事なのか?


「私はお姫様だから、もうこれが仮装みたいなものよ」

 と、実際に言っていた。

 マイクに乗って国中に意思が伝わる。


 まあ、別に攻撃的なわけでもないし……、

 って、別に俺はもう、フォアイトの心配をしなくてもいいのだ。

 だって、騎士団ではないのだから。


 自然と目で追ってしまうのは、

 あいつが姫様であり、ターゲットだからである。


 そうとしか考えられなかった。


「リグ、挨拶が終わったら、ターゲットはきっと一人になる。

 ならなくても、人混みに紛れたら、一瞬で攫う事はできる。そろそろ準備するよ」


 おう、と答えを返し、人々の波の中からはずれていく。


 しかし、はずれても人が多くいるため、一向に人混みから出られない。

 被り物のせいで暑いんだよ……、人の熱気も凄い。

 寒いのはがまんできても、熱いのは苦手だった。


 フォアイトの挨拶が終わる。

 音楽が鳴り出し、誰でも曲に乗って踊ってもいい空間へ変わった。

 全員がバカ騒ぎ。

 その中でも、俺達はフォアイトを追跡する。


 姉妹と話しているフォアイトが、一人になった。

 しかし、僅かな時間だろう。

 このチャンスを逃すのは痛い。


「痛っ!」

「いや、その痛いじゃなくてな……」

 と横を見ると、テュアが顔を押さえていた。


「どうしたんだよ」

「いや、ちょっと……、踊っている誰かの肘が当たった――ぶっ飛ばす」


 おいおい、物騒過ぎるわ。

 お祭りテンションではない俺達は、勢いとノリで誤魔化す事ができなかった。

 肘が当たれば、普通に痛いし。


 気を取り直して、フォアイトを追う。

 真っ白な髪はやはり目立つ。

 人混みを壁にしながら、ゆっくりと、そして着実に近づいていく。


 そして一直線に、俺達からフォアイトへのラインが見えた。

 邪魔ものは何一つない。

 しかも僅かな一瞬、誰の視線も、フォアイトに向いていなかった。


 ここで攫っても、誰にも気づかれない。


「テュア、今だ、今しかない!」


 被り物を投げ捨てて、俺は走る。

 テュアも後ろをついてくる。


 勢いそのままにフォアイトの体を背後から抱き上げ、

 悲鳴を上げる暇も与えず、群衆から距離を離す。


 悪いとは思いながらも口を封じる。

 攫っている時点で、悪いもなにも、既に遅いが。


「むぐぐっ……、……リ、グ?」

「……あれ?」


 手の中にいたのは、白髪になっていたランコだった。




 足を止める。

 抱きかかえたランコを見下ろす。

 ……なんでだ、いつの間に白髪になるまで老いたんだ……?


「失礼だよ、私はまだまだ若いんだから!」


 ランコは自分の髪をがしっと掴み、そのまま取り外す。


 冷静に考えたら、そりゃそうだ。

 白髪は被り物だった。

 これがランコの仮装なのだろう……。


 フォアイトはお姫様だ。

 その姿、格好を真似したいと思う者は多いだろう。

 魔獣、亜人と同じで。

 真似したくなるようなカリスマ性を持っているのだから。


 ランコがフォアイトの仮装をしている事に驚いたけどな。


「安価で真似できちゃうし。

 あと、意外に多いんだよ、フォアイトの仮装をしている人」


 確かに、言われて気づいたが、周りを見るとちらほらと白髪がいる。

 それでもランコをフォアイトと間違えてしまったのは、似ているからだ。


 身長や体格がほとんど一緒だ。

 抱き上げた感じもそっくりだった。

 後ろ姿なんて本人だと思った。

 だから攫ったのだが……、雰囲気や気配まで似ている……温かい感じなのだ。


「それで、リグ。いつまで抱えてるつもりなの?」


 それもそうだな――、ランコを地面に下ろす。

 そのまま、じゃっ! と去ろうとしたが、がしっと肩を掴まれた。

 ……だろうなあ。

 やっぱり、事情を説明しないと解放してくれないか。


 テュアは、俺達のやり取りを遠巻きに見ている。

 厄介事はごめんだと視線で訴えかけてくる。

 じゃあ遠くへ逃げろよ。

 どうして俺を陰から見てるんだ、楽しむ気満々じゃねえか。


「そーれーでー? どういう事か説明してくれるかなー? 

 リグはどうしていきなり姿を消して、私を攫おうとしたのかなー? 

 しかも、フォアイトの仮装をした、私を――」


 私を攫おうとしたの? 

 それとも……フォアイトを? 

 なんて、鋭い勘をよりにもよって、いま発揮させてくる。


 のほほんとしていればいいのに……。

 それに、俺が答える義務もない。


 ランコには、道に迷っている時に助けてもらった。

 その恩は、既に返し終えている。


 だからここで俺が言わずに逃げたところで、

 ランコを裏切った事にはならない。

 ……ま、友人としての関係は終わるが。


 今はテュアの味方だ。

 依頼内容を喋るような、口の軽い男じゃない。


「教えない」

 首を左右に振り、はっきりと言い放つ。

「それに――」


 俺はランコよりも後ろを見る。

 もっと遠く。人混みの隙間、数ミリ。

 百メートル以上、先の道の真ん中に立つあいつと、目が合った。


「おい、俺の女になにしてやがんだ」



 そう聞こえた気がした。

 口は確実に、そう言っていたが。


 声は一度も俺には届かない。

 音はな。

 だが、意思は伝わった。

 受け止める覚悟も持ち合わせている。


「なんだか訳あり? じゃあ待ってて。フォアイトに連絡するから」

「それどころじゃねえよ」


 ランコを突き飛ばす。

 ずるいと思いながらも、しかし、これがあいつの弱点なのだ。


 分かっていながら使わないのは、相手に向かって失礼だ。

 しかし、怪我をしているから同情して力を抜くのとはわけが違う。


 普通に、人質を使って脅したみたいで、卑怯なのかもしれない。

 人でなしなのかもな。まあ、しかし、似合っている。


 俺に相応しいのかもな。

 そして、怪盗にとっても。


「怪盗はそんなんじゃないから。悪口を言うな」


 じゃあ出てこい、その陰からぼそっと言うんじゃなくて。

 耳が良い俺にしか聞こえねえよ、それ。


 あいつは、突き飛ばされ、倒れそうになったランコの背中を受け止める。

 お祭りを満喫している最中だったのか、骨付き肉や安っぽい仮面、風船などを持ちながら。


 ――魔法使いと久しぶりの再会だった。


 こいつとはあの戦い以来、会っていない。

 会う用事もないし、すれ違う事もない。


 不思議な事に。

 まるで、避け合っているみたいに。

 同極の磁石みたいに。

 意図的に思えるが、たぶん関係ない。


 単純に、こいつが滅多に外に出ないだけだろう。

 ……と、フォアイトが愚痴をこぼしていたので知っている。


 そりゃ会わないよ、と納得した。


「よっ」

「……よう」

 なんのつもりだよ、と魔法使い。


 口にソースをつけながら。

 気になるな……。


 はっとして気づいたランコが、さり気なく指で拭いた。

 気づき、目を瞑った魔法使いは、すぐに再び開いて、


「なんのつもりなんだ?」


 ――仕切り直した!


 だが、決まらないものは決まらない。

 ムードを壊す魔法使いは相変わらずだ。

 ともかく、どういうつもり、ねえ……さて、頭を使おう。

 なんて答える?


 フォアイトを攫おうとしたら、

 間違えてランコを攫っちまった、と言ったら、

 フォアイトの警戒度が跳ね上がる。


 だが、俺がここにいるのなら、

 全ての意識がここに向かうんじゃないか?


 そうなると……、

 いや、だがやっぱり、フォアイトは身を守るだろう。


 おとなしく守られるフォアイトではないが――。


 あいつの神器が、なんだかんだと一番、強力なんじゃないか? 

 秘密兵器のような感じで、この前は出てきた。

 この国で最高の攻撃力を持っているのなら、前線に出てくるかもしれない。


 だから、まあ、これは賭けだな。

 ようは挟み撃ち。


 俺が騎士団、群衆、魔法使いの注意を引く。

 その間に別行動を取るテュアに、フォアイトを攫ってもらう。

 そうすれば、予定とは違うが、目的は達成される。


 とにかく、俺は群衆からヘイトを集めればいいわけだ。


 なら簡単だ。

 俺にはフライングした、良くないイメージがある。


 まだ充分に残っているだろう。

 それを使えば、たとえ使わなくとも、

 フォアイトを攫うと言えば、それで敵意を集める事ができる。


 なんだかんだと、はちゃめちゃでむちゃくちゃでも、

 フォアイトには包容力がある。

 全てを守る強欲、国一番の強さ、

 誰もができない事を進んでやり、足を引っ張りながらも、手を引っ張ってくれる。


 小さく、守りたいと思いながらも、頼れる背中だと、国民は口を揃えて言う。

 あいつはだから、お姫様なのだ。


「そういうわけで、フォアイトの方は任せたぞ」


「任せたって……! リグが危険過ぎるだろ!」


 いくらなんでも……、とテュアは心配するが、大したことないよ。

 いつもならそう言えたが、今回は、魔法使いがいる。

 正直、こいつだけは別格なため、俺にも余裕がなかった。


 選択肢はねえよ、と言葉にしないで伝える。


「あ、そういや……」


 すると、魔法使いが顔を青くする。

 真上を見上げ、小さく、「やべえ」と呟いたのを俺は見逃さなかった。


 釣られて俺も見る――、

 巨大な岩が、王城にめがけて落ちてきていた。


「なんだ、これ……」


「カッとなった時に呼び寄せたのをすっかり忘れてたな。

 このままじゃ、この国、潰れるぞ」


 呼び寄せた張本人が、あっけらかんとそう言った。


 王城の倍以上の大きさの岩が、速度を増して近づいてくる。

 大きな影だ。軌道を逸らすのは難しい。

 というか、ここからじゃ軌道を変えても、落下の衝撃が国を真横から襲う。


 ……ったく、しょうがない……壊すか。


 砕けた残骸の被害には、目を瞑れよ?




 破壊した巨大な岩、その欠片の雨が降る。

 できるだけ小さくしたけど、岩の破片は家を押し潰し、地面を穿うがつ。


 砕け、陥没した地面が所々にあり、痛々しい。

 それを想定していたのかは知らないが、

 俺を倒すためだけに呼び寄せたのだと魔法使いが言うのだから、かなり危なっかしい。

 俺が破壊しなかったら、どうするつもりだったんだよ。


「止められるに決まってるだろ。魔法をなめるな」


 そう、か。俺が無理して出る事もなかったのか。

 まあいい。とにかく、俺は時間を稼げれば、それで目的は達成したも同然だ。


「また会ったな、リグ」


「ん、予想通りだけど……、全員、お揃いで。

 フォアイトのところに何人か残れよ、バカじゃねえの?」


「お前を止めれば済むことだ。

 お前だけは、全員でかかっても、勝つ可能性が低いからな――」


 魔法使いがいるからだいぶ楽ではあるがな、と後光。

 ……人数に入れるな、と魔法使いがうんざりした様子で。


「ランコ、下がれ。というか、帰れ」

「ううん、見届ける」


 いいから! 嫌! 

 そんなやり取りをしばらく見た後、結局、魔法使いが折れた。

 ランコはさっきまでのテュアのように、物陰からこっそりと覗いていた。

 いるのかよ……流れ弾には気をつけないと……。


「気を遣うなよ」


 ランコと俺の間に、魔法使いが割って入る。

 距離があるのに。

 俺の視界に、ランコを入れたくないらしい。



 そこまで大事なら、わざわざ言わずとも守るか。


 流れ弾は、全てこいつが弾くだろう。

「だから、遠慮すんじゃねえ。俺も本気でやる」


 まるで、この前のは本気じゃなかったみたいな言い方だな……、実際、嘘ではない。


 明らかに本気を出していないと分かった。

 あの時は、真剣じゃない……まあ、お互いにだ。


 だが、今回は違う。

 互いに本気で戦う、理由がある。

 だから、決着をつけるなら、ここ以外にはないだろう。


 ここを逃したら、もう本気で戦う事になんて、一生、ないかもしれない。


 必死にならなければ、人は本気を出そうとしても、自動的にブレーキがかかる。

 無意識に。

 自分では、どうしようもできないものだ。

 それが今はなくなっていると、実感する。

 俺も、魔法使いも――騎士団も。


「俺はもう、騎士団じゃねえからさ」


 だから改めて名乗るよ、みんな。



 怪盗・マスク・ド・ラゴン。


 ――お前らの姫を、攫いにきた!

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