第27話 作戦準備

 それから、

 作戦決行を明日に控えた俺とテュアは、国の外で狩りをしていた。


 わざわざ距離の離れた巣窟へ向かったのは、食材のためではない。

 もちろん、それも多少はあるが、


 食材はテュアが蓄えているし、フォアイトの妹に頼めば持ってきてくれる。

 脱走した以上、俺もテュアも、国の中で買い物などできなかった。


 ここにきたのは懐かしいからだ。

 いや、別に故郷ってわけじゃない。

 狩りができる場所が、という意味で。


 そもそも、ここは知らない場所だ。

 旅をしてても通った事がなかった。

 だから、うきうきしながら傾斜のきつい坂を登る。


 ごつごつの岩ばかりが足場になっている。

 どれも不安定なので、いつ転がってもおかしくない。


 ああ、岩がな。

 俺とテュアが転がるわけがないし。


「寒っ! ここ一帯、いきなり寒くなってない!?」


 そうか? と風を感じるが、やっぱり寒くはないな。

 テュアは自分で自分を抱いて震えているし、俺が鈍いだけなのか?


「俺の服を着るか?」


「そこは無言で、あたしの肩にひっかけるところでしょー? 

 分かってないなあ。分かってないよ」


 なんで二回も言うんだよ。

 あと、そんなの知らねえ。


 寒いのは、この山を越えたら雪の国に近づくからだ。

 とは言え、それでもぜんぜん先だが。

 山を越えてもさらに雪山があるし、見える部分はまだ白くない。


 山を登れば、すぐに真っ白になっているだろうな。

 だからこんなところで寒いとか、言っていられない。

 雪の国にはいかないから、まあ、問題はないがな。


「テキトーに魔獣から毛皮を獲って羽織ればいいんじゃないか? 

 動いてる内に熱くなるだろうけどさ」


 結局、邪魔になりそうだ。


「でもまあどっち道、毛皮はいるしねえ」


 そう、いるのだ。

 寒さ対策ではなく、明日の仮装イベントに着ていくための衣装が必要なのだ。


 俺は知らないが、このイベント、クオリティの高い仮装が多いらしい。

 だから、あまり低予算で混ざると、かなり浮く。

 上から見てもくっきりと分かるらしい……俺達にとってはかなりまずい。


「だから魔獣の毛皮を衣装にするわけか」

「究極の低予算になるね」


 予算はかかっていない。

 無理やりあると言えば、俺達の手間だな。


 金に換算しても、まあ大した事はないだろう。


「これこそ、妹に頼んでもらってくれば……」

「いやあ、だってちょっとは個性を出したいじゃん」


 テュアは、なぜか仮装イベントに張り切っているらしい。

 いいのか? 個性的過ぎても、それも浮くと思うが。


 でも、こいつが楽しいならいいか。

 あくまでも俺は付き添いであり、手伝い人であり、メインじゃない。


 怪盗はテュアだ。


 ――マスク・ド・ラゴンだ。


「……ああ、『マスク・ドラゴン』なのか」

「え、今更……?」

 なるほどなあ、と感心した。


 上手いなあ、と言うと、テュアが照れて、にやにやと顔を緩ませる。

 じゃ、いこうぜ。

 俺は岩場を登っていく。


「褒め放ったらかしとは、新手の嫌がらせをするじゃん」

「してねえよ……」


 すると、不安定な岩場を器用に飛び跳ねる魔獣を見つけた。


 俺達の、腰くらいの大きさ。

 黒く、大きなつぶらな瞳。

 頭に生えた二本の角。


 季節が合えば、先っぽに木の実が生えている。

 赤くて甘い果物だ……、毒だが。


 幸い、今は一つもなかった。

 四足歩行のその魔獣が、俺達を見つけた。

 驚かせたらすぐに逃げられてしまうので、着地と同時に止まる。


 目が合う。

 どっちかが離したら、合図だ――。


「……仮装って、みんな顔を隠すよな? 被りものっていいの?」


「そりゃ、いいよ。あたしも顔を隠すし。仮面だけどさ。

 被り物は邪魔だからしない方がいいと思うけど……」


 そんなアドバイスは無視して、

 目を離した相手の合図の通り、俺は魔獣に飛びついた。


 手刀で首を斬る。

 体の部分は頭を失くし、横に倒れた。


 ここは、あとで食べるとして……、首、頭! 

 断面の穴を掃除する。

 水洗いをしないとダメだな、こりゃ。

 とりあずサイズ的に……、大丈夫か。


「世間に流通してる、魔獣の素材を使った商品なんかは、

 こんな感じで素材を集めてるんだろうけどさ……、

 目の前で見せられたら、結構ショックだよなあ……」


 テュアが、使いたくないなあ、と漏らす。

 そうか? ……そうかもな。

 俺には分からないけど。


「それ、もしかして被るの?」

「おう」

「うわ、嬉しそうな顔……」


 魔獣の頭を見つめたテュアが、ぼそりと、

「でもまあ、可愛いかもな」

「だろ?」

「それを選んだリグも可愛いよ」


 意外だった、と言われても……、

 お前は俺に、どんなイメージを抱いてるんだよ。


 その後、

 魔獣を何体か倒し、同じように頭部を集める。

 ここから先は、好みだ。


 魔獣によって表情が違うので、やっぱり笑ってる方がいいよなー、とか、

 ちょっと変顔してる方がいいかなー、とか、悩みながら時間を潰す。


「表情なんてぜんぜん分かんない……」

 テュアはその間、川で釣りをしていた。

 全然、糸は揺れる気配がない。


 川で、頭部の断面から中を洗い、中身を全部、取り出し……、

 これも美味しいので、いただく。


 殺したからには、なに一つだって無駄にはしない。

 洗い終えて乾かす。

 焚火をして、頭部を木の枝に刺して、炎の近くの地面に刺した。


 ついでに、洗いながら獲った魚を焼く。

 俺の分だけ。

 テュアは羨ましそうに見ているが、あげないぞ。


「見てないよ! あたしはあたしで大物を釣るからいいんだよ! 

 釣れても……、リグにはあげない」


「いらない、いらない。質よりも量だから」


 小さいのならたくさん獲れるし、

 それを積み上げれば、大物と同等にはなるだろ。



 その後、ひたすらテュアを待つ。

 ……しかし。


 夜になっても、一匹も釣れていなかった。

 俺は黙々と魚にかぶりつく。


 見上げると、月が見えた。

 こんな風に、外で過ごして、隣に誰かがいるのは、久しぶりだった。


 ずっと一人旅だったからなあ。

 フォアイトといた時も、サバイバルって感覚も薄れていたし。

 のんびりと、俺は待つ。


「コツ」

 ん? と意識を戻す。

 なんとなく、色々と懐かしんでいたら、時間を忘れていた。


 気づけば、テュアがこっちを見ていた。

 過剰に力を入れて、竿を握っている。

 そんなに気を入れなくても。


「なんだ?」


「コツを教えて。

 こう、ずばばんっ、と釣れる奴」


「そんな都合の良い釣り方はない。

 いっその事、飛び込めば手で獲れるだろ。

 あ、違う? それは負けた気がする? 

 ん、ああ。お前って負けず嫌いだなあ」


 そういう気はしてたけど。

 最後まで自分自身の力でやり遂げようとするところは、フォアイトとは違うな。


 あいつは、意外……じゃないけど、すぐに人の力を借りる。

 そして、そのまま自分は飽きて、人に任せたりする。

 ……思えばむちゃくちゃだな、あいつ。


「コツ、なあ。とりあえず、リラックスしてやれば? あと、エサついてないし」


 いつからかは知らないけど、魚に奪われていた事に気づかなかったのか?


「あ――――!」

 と叫ぶテュアは、まったくもうあの野郎っ、とか言いながら、

 再び餌をつけて糸を垂らす。

 ……一応、明日は決行するんだよな? いいのかよ、こんなに遊んでて。


「絶対に釣ってやる……!」


 明日にまで食い込まないよな?

 ――結局、深夜を越えて、朝と言える時間にやっと釣れて、

 寝る時間はほとんどなかった。

 

 交代で十分ほど寝る。

 俺達にとっては、この程度の睡眠で、疲れが充分に取れた。




 地下通路から王城へ進む。

 妹に手引きされて、国へ侵入。


 衣装を着て王城から出る。

 群衆の中に紛れる事に成功した。

 その間、俺とテュアは、多過ぎる人々によってはぐれないように、手を繋ぐ。


 首の長い、魔獣の被りものをした二人組。

 奇しくも、ペアルックだね、などと妹には言われた。


 なんだよテュアの奴、俺の衣装が気に入ってるじゃん。


 俺達は黒いマントで体を隠す。

 ……大丈夫か、目立ってないか?


 個性的過ぎないか? 


 周りを見たら、そこそこ個性的な仮装もいるので、

 俺達だけが特別ってわけではないが……、しかし同格だ。

 意外と視線が突き刺さる。


「大丈夫かよ」

「息苦しい、周りが見えにくい……、歩きづらい」


 被りものを被ったお前の心配じゃねえよ。

 作戦に支障はないのかって意味なんだけど……。


「ああ、それは大丈夫」

 なら、いいけど。


 テュアの言葉を信じる。

 それから、まずは人の流れに乗って進んでいく。


 今は好き勝手に、国民は歩いているらしい。

 出店もいつもの倍以上あるので、買いもの客もいたり(仮装をしながら)、

 パフォーマンスをしたり(仮装をしながら)、つまり、自由時間みたいなものだった。


 妹が言うには、あと少ししたらアナウンスがあり、

 ダンスやら仮装大会やら、フォアイト達の仮装発表だったりとか、

 プログラムが設定されているらしい。

 

 騒がしくなるのは、もっと先だ。


「ん? なんだよ、ぐいぐい引っ張るなよ」

「お腹が空いた」


 確かに、時間的余裕もなく、

 釣り上げた魚の一匹を二人でかぶりついたため、お腹は空いているが。

 使わなかった魔獣の肉は置いておいた。

 他の魔獣が食べるかもしれないし。


 ともかく、体は正直なので、意識したらお腹が鳴る。

 時間もあるし、ちょっと食べていこう。


 テュアに連れられ、出店を回った。


「なんだか、デートみたいだな」

「そうなのか?」


 そうかもな。

 そしてしばらくした後、仮装イベントの本番がやってくる。

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