第26話 予告状に誘われて

 俺に動くなと命令してくる。

 俺は素直に従った。

 まだ、俺はこれでも、騎士団員だ。


 なら、断る事はできなかった。


「動かねえよ。俺はここで、お前を待つ」


「リグは――」

 槍の先端が俺に向かう。

 フォアイトの質問が、槍と同時に俺に届いた。


「私の事を、姫として、以外で……どう思ってるの?」


 俺は答えられなかった。

 お姫様以外で、など、考えた事が一度もなかった。


 質問に驚き、力がこもったわけじゃない。

 こもったとして、それでこの結果なら、どうしたところで俺には届かなかった。


 俺の手の平に槍の先端が収まる。

 全員の神器のエネルギーを蓄えた、フォアイトの神器……神槍しんそうは、

 力を上乗せしても、俺を貫く事ができなかった。


 血が滴る。

 さすがに俺の皮膚は守れなかったが、それだけだった。


 転んで、擦りむいて血が出た、それくらいの軽さだと、

 フォアイトには見えているのだろう。

 俺にもそう見える。


 そして、俺も自覚する。

 俺は、強くなり過ぎた……? 

 俺は、どこまできちまったんだ……。


「…………無理よ」


 フォアイトが呟く。


「私には、手に負えない」


 周囲を見渡す。

 騎士団も、そして野次馬になった、この国で知り合ったみんながいた。

 その視線は、全て俺に注がれていて……、全員が怯えているのが丸見えだ。


 俺を不機嫌にさせてはいけない。

 だから怯えを無理やりに押し殺し、笑みを作る。


 不気味過ぎる笑みを。

 作り笑いを、見せつけてくる。


 ……気持ち悪い。

 楽しそうな表情の仮面の下には、絶望しか広がっていなかった。


 ……あーあ。

 これで、居心地の悪い空間の出来上がり。

 俺にとっては毒しかない、気分の悪い時間の始まり。


 元々、長居する気なんてなかった。

 騎士団に入る気なんてなかった。


 フォアイトを守るつもりだって、なかったのだ。

 俺らしくない事をして、かき乱しただけだった。

 俺はここに、いちゃいけない存在だった。


 視線が鬱陶しい。

 鬱陶しいと、俺を見ていた。


 だから出ていく事にした。


 逃げる事にした。


 戦いに勝っても、俺は国に負けた。

 気まずいって言う、まさに人間社会が生み出した、無言の攻撃によって。




「あ、こっちこっち。みんなに見捨てられて寂しがってる男の子ー」

「……なんでいるんだよ」


 怪盗女が、国を出た先、

 整えられた道の脇にある岩に腰かけていた。


 ずっとそこにいたわけじゃないらしい。

 俺が出てきそうな時間を見計らって待っていた――と言うが、


「かなり広いだろ、その予想」

「まあな。でも、リグは出てきたじゃん」


 つまり予想はずばり当たっていたってわけだな。

 嬉しそうに、そして満足そうだ。

 そっか、なら良かったな。


 じゃあ俺はこれで、と立ち去ろうとしたら、肩を掴まれた。

 そして、そのまま肩を組まれる。


「なんだよ……絡みがだるいぞ」

「にしし、ちょっと付き合って」


 やだ、と反射的に答える。

 ここでいいぞと答えたら、平気で一か月くらいは拘束されそうな予感がした。

 その予感は当たるな、と、これまた予感がしたので、信じた方がいいなと思った。


 だが、テュアには通じなかった。

 こいつには、フォアイトに似た強引さがある。

 相手の言い分をまったく聞かないところは、こいつの方が悪いけど。


 フォアイトの場合は聞いた上で無視するから、まだ優しい方だ。

 どっちもダメだけどな。


「悪い話じゃないよ」

 その前振りがもう嫌な予感しかしないんだよなあ、もう。


 テュアは、ほんとほんと、と軽い感じで。

「困ってる人がいるんだ。だから手伝って」


 俺は、嫌だとは言えなかった。




 隠された地下通路を進む。

 設置された明かりはなく、テュアが手に持つランプだけだ。


 俺にとっては関係ない。

 暗かろうとも鮮明に見える。


「まあ、あたしもそうだけど」

「じゃあいらねえじゃん、このランプ」


 相手から見つかりやすくなるだけじゃないのか?


「いや、見つかるためにランプがあるんだよ」


 見つかるため……? 疑問に思っていると、


「見つかるためって言うか、見つけやすくするため? かな。

 目印がないとあっちもびっくりするでしょ」


「ん。じゃあ、誰かと合流するのか?」

 そういうことー、と返事をした後は、二人、ただひたすらに通路を進む。

 頭の中で描いた地図ではあるが、恐らく、辿り着いた場所は王城の真下だ。


 小さな部屋があった。

 そして、天井には蓋がある。


 ここを登れば、王城の中に通じているのだろう。

 どこの部屋かは、見当がつかない。


 城に詳しいわけでもないからなあ。

 雰囲気からして、密会場所のような感じだが、

 メイドが知っていそうな場所ではある。


 そこのところは、

 こうしてきているのだから、まあ大丈夫なのだろうけど。


 万が一、さっきの今で、メイドと鉢合わせをするのはごめんなんだが……、


 と、前触れなく蓋が開く。


「お、きたきた」


 申し訳なさそうに顔を出したのは、女だ。

 見た事があった。

 上が王城なら、当たり前ではあるが。


 彼女が、ゆっくりと、そして恐る恐る降りてくる。

 臆病な奴だ。

 だからこそ、フォアイトが姫に選ばれたのだ――なるほど、と納得した。


「あたしの依頼者。

 正確には、複数いる中の一人だけど、まあ、そこはどうでもいいだろ」


 ああ、と頷く。

 俺が目を向けると、依頼者は息を詰まらせた。

 当然、さっきの一件は見ていただろうし、

 だから俺を見て怯えるのも無理はない……、別に、なにも感じないし。


「相変わらずの人見知りだなあ」

 だ、だってえ、と弱々しい声を放つ。

 んー、フォアイトの血を引いているとは思えないな。

 大切な部分を持っていかれた、と思えば、なるほどなあと思うが。


「城ではあんまり会わなかったよな。だからほとんど初対面だ」

 俺の言葉に、うんうん、と相手も頷く。

 会話はそこで止まった。


 俺は、で? と視線をテュアに向けたが、女は気まずそうだ。

 気を遣わなくてもいいのに。

 お前は俺よりも偉い立場のはずだぞ。


 だって、フォアイトの妹なんだから。


「さて、じゃあリグも手伝ってくれるし、作戦を決行しますか」


 細かい作戦などは話し合わなかった。

 ただ目的と大ざっぱな方法のみ。


 ――明後日。

 毎年恒例、国全体で盛り上がる、仮装イベントがある。

 そこを狙う。

 騒ぎに合わせて、フォアイトを攫う。


 テュアが予告状に書いたメッセージ。

 フォアイトの大切なものとは、フォアイト自身。


 確かに、なによりも大事なものだ。

 他の大事なものを守るにも、体は必要だ。


 全ての起点となる根本。

 それを奪い、フォアイトを短時間でいい、国から消失させる。

 フォアイト不在の状況を作り出す。



 それがフォアイト姉妹達の、依頼だった。

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