第25話 正しい孤立

 モヒカンが神器を握り締めた。

 他のメンバーも同様に、臨戦態勢。


 ここから逃れる術を、俺は持ち合わせていない。

 咄嗟に作る事も無理だろう。


 手詰まりだ。

 こうなっても焦らない俺は、事前に覚悟ができていたのだ。

 俺を置いて集まっていた時点で、なんとなく、察してはいた。


 ああ、これから俺を試すんだろうなあ、と。

 漠然とだが。


 そして、俺はまんまとはまった。

 モヒカンの仕掛けた罠に。


 ……やっぱり、腐っても騎士団、第一席。

 馬鹿にされていても、実力は一番なのか。


 目線だけを動かし、フォアイトを見る。

 ……唇をぎゅっと、噛んでいた。

 かけたい言葉がたくさんあった。


 謝りたかったし、まだ間に合うかと、

 お前への忠誠を誓ってもいいのかと、傲慢な言葉が頭の中にあったが、

 彼女のその表情を見て、全てが飛んだ――無理だ。


 もう戻れない。

 それだけの事を、俺はした。

 築き、積み上げた信頼を、俺は蹴り倒した。


 だからこれは、仕方のない決別と、戦いなのだ。


「うおっ!」

 寸前で受け止めた弾丸。

 しかし、勢いは殺せず、俺は窓を破って王城からパレード広場へ落下する。


 見上げると、割れた窓から銃身が見えた。

 弾丸が、雨のように降り注ぐ――、そしてそれは止まらない。


 撃たれた地面に亀裂が走り、このままだと崩れるだろう。

 その前に移動しなければ。


 しかも、弾丸の威力がいつもと違う。

 大きさも、少し大きくなっている気がする。


 気のせいでは片づけられない。

 間違いなく、穿たれた穴から、察するに、威力が上がっている――。


「遠距離ってところが厄介だな」


 近づくか? しかし、あの部屋に戻るのは……。

 悩んでいると、後ろから迫る殺気に、気づけなかった。


 影を見る。

 俺を覆う巨体――大男。


 振り下ろされた大槌おおづちを受け止める。

 衝撃は、全て地面へ流したはずだ。


 しかし、俺が受け止めるために使った右腕が、ぐしゃぐしゃにひしゃげていた。

 こんな風に傷を負ったのは、久しぶりの事だった。


 強力な回転に巻き込まれたように、曲がるはずのない方向へ捻じれており、

 親指なんて、真っ直ぐ前方を差している。


 いつも動く部位が、命令は一緒なのに、

 同じ場所から見ているにもかかわらず、

 見え方が違うというのは、かなりの違和感だった。


 痛みはなく、同時に感覚もない……、指を動かせているのか?


「……これが俺の神器だ、リグヘット」

「無口のあんたが喋るってことは、かなり怒っているってことか?」


「ああ、ブチ切れだ」


 その言葉もあんまり聞かないがな。

 そんな会話をしている内に、ひしゃげた腕が治っていた。

 よし、違和感なく、いつもの右腕だ。


「……なんて再生力だ」

「頭をやれば一発だぞ」


 ヒントを出そうと思ったら、答えを言ってしまった。

 まあいいか。


 喋ったからと言って、不利になるわけでもない。

 利用しやすいという俺のメリットがある。


「それ……、その神器の大槌を使ってるの、初めて見た」


 ただ単に、凄い力を出す、なのか、

 それとも対象物の一つに限り、必ず破壊する能力なのかは分からないが――、

 そこで大男がぴくりと反応した。


 なるほど、後者か。


「俺の腕をひしゃげさせたのも納得だな」

「分かっていても、受けたら終わりな事に変わりはないはずだ」


 いや、そうでもねえぞ?


「皮膚には、大量の微生物が住み着いているんだ。

 俺にも、あんたの体にも、服の上にも。

 全身を埋め尽くすような生命体がいるんだ。

 その神器は、それを突き抜けて、俺の体を破壊するのか?」


 大男は少し悩んだようだが、答えを出す。


「もちろん、突き抜ける。破壊する一つは、俺が選べるんだ」

 

 へえ。

 なら、もっと体を大事に守らないとな。


 休憩もなく、大男がさらに大槌を振るう。

 俺は避けない。ただ一言、添えるだけだ。


「あんたには、どの微生物が見えている?」


 大槌が振り下ろされた。

 俺は頭で受け止め――しかし痛みはない。


 なら、成功だ。

 俺の体に住み着いた微生物のどれかが、いまの一撃でやられた。


 二撃目も、三撃目も。

 大男の大槌によって殺されるのは、

 俺の体にいる数え切れないくらいの微生物だ。


 くそッ! と、俺の拳を腹に受け、膝を着いた大男が地面を殴りつける。

 しかしまあ、一か八かではあった。


 微生物を突き抜けるという認識が強ければ、俺は頭蓋を破壊されていた。

 だが、大男は素直で、影響を受けやすい。

 だから、俺の言葉に惑わされる。


 微生物を、狙ってしまう。

 大きな力だったが、僅かな力で止めることができた。

 この戦い、かなり最小限だった気がする。


「けど、終わらねえんだなあ、これが」


 充満した毒……は、関係ない。

 俺には意味がない。

 それで微生物を殺すという、

 小さな支援であるのだろうが、それで全てを殺せるわけもない。


 味方もいる、国民も、周りにいる。

 狂男はいつものような強力な毒は使えていなかった。


 しかも開けた屋外。

 風のせいで、毒など簡単にかき消される――だから問題は狂男じゃない。


 見上げた瞬間、目に入った光。


 ……光! 

 後光の刃が俺を狙う。


 咄嗟に避けようとしたが、右へ傾けようとした体が、左へ傾いた。

 右手ではなく、左手が動いた。

 思考と体がばらばらで、空白が生まれる。

 そこを突いてくるのが、後光だった。


 やはり厄介だ。

 ギャル子の、感覚を逆にする神器……、多対一は、やりづらい。


 加えて、後光の後ろにぴたりとくっつくモヒカン。

 邪魔しているようにしか見えないが、予想外に、後光から弾丸が飛び出してきた。


「敵以外には絶対に当たらない、銃弾……」


 モヒカンの神器だ。

 そのため、後光を撃っても、

 後光はダメージの一つも負わず、俺だけを攻撃する。


 遮蔽物が、モヒカンにとっては障害にならない。

 隠れられたら、さすがに俺でもきついぞ……っ。


 反射した光。

 四方から迫るそれを、いちいち避けてはいられない。


 光が体に当たった瞬間、右でも左でもどっちでもいい、とにかく避ける。

 感覚が入れ替わっても、それは関係ない。


 だが、弾丸だけは予測不可能なため、避けられない。

 俺の体に当たり、弾丸は地面に落ちる。

 皮膚を破る事はないが、それでも、弾丸が体に当たればもちろん痛い。


「とりあえず厄介なのが、ギャル子だな」

 この入れ替わった感覚、これだけはどうにかしないと。


 頭の中で入れ替えれば適応できなくもない。

 しかし、やはり小さな時間のロスが積み上がったら、大きなロスになる。


 戦闘になれば、その差はなかなか、決定打を打たせてはくれなくなる。

 そして、相手の決定打を、もらう事になる。


 だから、まず狙うは、

「ギャル子だ」


 騎士団の猛攻をかいくぐりながら、

 ギャル子を戦闘不能にしなければならない。


 ……懐かしいなあ、と思う。

 魔獣の群れの中に入れば、こんな感じの戦いだ。


 俺の体も、うずうずしてきた。

 だから自然と構える。

 俺だって、ちょっとは暴れたいのだ。


 すると、


 俺を見て、後光が「ひっ――」と、

 一瞬だけ怯えた様子を見せた。


 だが、気を引き締め直したらしく、目つきを鋭くし、

 そして、光が俺を狙う。


 斬るのではなく、俺の視界を塞ぐ。

 感覚が入れ替わったまま、咄嗟に横に避ける。


 しばらくの間、

 視界の中に、太い光の線が残像として残っていて……邪魔だった。

 その光に紛れて、弾丸が潜んでいた。


 気配があった。

 撃たれるという予感……殺意。


 そこまで感じ取れたら、あとは消去法だ。

 見える部分に弾丸がなければ、見えない部分にあると考える。


 それに、視界を封じた意味を考えれば、

 たとえ気配がなくとも、このチャンスに俺を攻撃するのは目に見えている。


 見えなくとも、戦い慣れていれば知っているのだから。


 モヒカンは隠れていなかった。

 手が届く。このチャンスを活かさない手はない。


「おっと」

 しかし、俺が踏み出した足は、後ろへ向かう。


 真逆。

 前に進むために後ろへいこうとしたのは、感覚入れ替えを前提にしていたからだ。

 ……元に、戻った。

 このタイミングで感覚の入れ替えが終わった?


 ギャル子が解いたって言うのか?


「……時間、稼いだぜ、姫さん」


 モヒカンの手に銃がなかった。

 ――神器が、なかった。


 徒手空拳で俺に挑むとでも? 

 それはさすがに、いくら自信があっても、無謀ってものだ。

 そして、一つ気づけば、周りにも視線が向かう。


 後光も、大男も、手にはなにもなく。

 毒も消えてなくなっていた――狂男も同じだ。


 騎士団メンバー全員、

 部屋に残った者も含めて、神器の気配がなくなっていた。


 感じるのは、俺が置いてきた、授けられた神器と、

 九つ分のエネルギーを持つ、一つの神器の存在。


 王城の入口から姿を現したのは、フォアイトだ。

 大仰な扉は開いていた。

 右手に握るのは槍……のはずだが。


 背中に背負っている丸い塊は、なんだ? 

 まるでタンクだ。

 まるで、ではなく、その中にエネルギーを溜めているのだとしたら。


 全員の神器の力を、溜め込んでいるとしたら……。


「リグ」

 どうしてなの、と言われたわけじゃない。

 だけども、そう聞こえる。


 だから答えた。

「俺には合わなかったんだ」

「私を守るって誓ったのは、嘘だったの?」


 嘘じゃねえよ。

 でも、こうなっちまった以上は、嘘としか言えないよな。

 今でも、俺はお前を守ると言えるんだがな。


「俺はお前を攻撃しない。絶対にだ」

「私が、攻撃しても?」

「ああ、もちろんだ」


 お前だけはな。

 神器を持たずに生身になっても俺に挑んでくる奴は、攻撃するぞ。


「仲間だと、認めたっつうのに……っ、お前は!」


 狂男が俺の首を締め上げようと手を伸ばす。

 その手首を掴む。

 ちょっと力を入れただけで、狂男は顔を真っ青にしてうずくまった。

「あがっ、あああ……ッ」


「大げさだな……」

 骨が折れたくらいだ。

 たかが、それだけなのに。

 どうせすぐにくっつく、取り返しのつく怪我だと言うのに。


「だれもが、お前みたいだと、思うなよ……」

 そんなこと、思っちゃいない。

 俺は少し、丈夫なだけだから。


「どこが、ちょっとなのよ……!」

 ギャル子だ。

 蹲った狂男に寄り添い、痛みを和らげようと、必死に骨折部分を撫でていた。

 介抱しながらも、俺を見上げる。


「化物……!」


 化物、ね……、否定はできない。

 俺は、人に育てられたわけじゃないから。


 俺がみんなと違うのは、そこが原因の一つではあると思う。

 親父が問題だったとは、絶対に思わないが。


 蔑称でなくとも、化物という言葉は扱われる。


 人間でなく、化物に育てられた人間は、どう育つと思う? 


 人間と同じようには育たない。

 人間と同じような肉体には成長しない。


 俺は親父を見てきた。

 同じものを食べ、同じ生活をした。

 俺の体は、化物が環境に適応するように構造を変えるのと同じように、

 俺の体もまた変わっていった――ただ、それだけの話なのだ。


 化物という呼び方は、まさに俺を差している。


 ギャル子を見下ろしながら、僅かに動こうとしただけだった。

 攻撃するつもりなんてない。

 しかし後光は、一瞬、先に察知し、俺の前に立ち塞がる。


 ギャル子と狂男を、守るように。


「団長として、仲間には指一本、触れさせない」


 すると、モヒカンが俺の後ろに。


「おとなしくしとけよ、リグ。

 お前はもう逃げられない。俺達を倒そうなんて考えるなよ。

 確かに、俺らはお前には勝てない。だけど、姫さんはお前に勝てるだろ」


 攻撃をしないと宣言しちまった以上、フォアイトに俺はなにもできない。

 する気もないし。

 だけどもフォアイトは、俺に攻撃ができる。

 あいつに、できればの話だが。


「できるわ」


 フォアイトが断言した。


「私は、そういう決断を下せる人間よ」


「攻撃してどうすんだよ、意味があるのか? 

 俺を負かして、なんになる」


 なんにもならねえよ。

 だがフォアイトは、自分の神器に力を込めた。


「……確かめさせて」


 なにを?


「リグが、ちゃんと殺せる、人間の枠に入った、化物だって事を」

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