第24話 森の中の幼馴染

 その場所には覚えがあった。

 俺と親父と、母親――ではないけど。

 育ての親だった。


 三人で旅をしながら、拠点として選び、

 長く住んでいたのが、森林街だったのだ。


 街の真ん中に立つのは、シャンドラと呼ばれる、大樹だった。

 巨大な幹をよじ登る事は困難で、しかも途中で巨大な鳥につつかれてしまう。

 魔獣は近寄らなくとも、じゃれるように、巨大生物に近寄られたらひとたまりもない。


 街には亜人がたくさんいた。

 人間もいる。俺は、そんな中で育ったのだ。


「……お前、そう言えば、見た事があるな……」


「小さい頃、何度か会った事あると思うけど。

 まあ、あたしもあんまり覚えてないからな。そのくらいの認識でも無理はないよ。

 ……人間にしてはよく動くし、打たれ強かったから、なんとなく覚えてたんだ――リグ」


 名前が出てこない。

 いや、過去、会っていたとして、名乗っていたか? 

 そもそも、俺の中で過去の回想がまったく出てこないのだから、

 見覚えがある、というのも怪しいものだった。


「テュア」


 怪盗女がそう名乗った。

 そして自らを指差し、


「あんたが必死に獲った木の実を、毎日、力づくで奪ってた犯人」


 覚えているのはかろうじてこれくらい。

 ……怪盗女、テュアの言葉に俺も思い出す。


 生きるのに必死だった。

 食糧を獲るのだって、簡単じゃない。

 毎日毎日、命懸けで獲った僅かな木の実を、こいつは……!


「――バカ笑いしながら、俺をボコボコにしたの……、お前かよ!」


 分かってしまうともうそれにしか見えなかった。

 昔の悪ガキ大将、そのままの女だ。


「まあまあ、そう怒るなよ」

「怒ってねえよ……」


 確かに、昔は苦労した。

 こいつが俺にちょっかいをかけなければ、生活はもっと円滑に進んでいたはずだ。


 しかし、あれがあったからこそ、ここまで打たれ強くなった、とも言える。

 恨んじゃいない。なんとも思っちゃいない。


 弱かった俺が悪かったんだから。


「……それが今では、あんたの方が強いんだからなあ」


 本当に、強くなったよ――と、

 テュアが俺に手を伸ばした。

 だが、途中でそれを止め、戻した。


「ま、短期間だけ遊んでいただけの関係だ。

 あたしが手を伸ばして、撫で撫でするほどの間柄じゃないし」


「逆に、たったそれだけの関係の奴を、あの時はボコボコにしていたわけか」


 だからごめんって、と言われるが、いやだから、怒っていない。

 当時だって、ムカつきはしても、怒ってはいなかった。


 弱いからやられるっていうのは、

 痛いほど、本当に体感するように、分かっていたんだから。


「積もる話はまたあとで、だな」

「逃げろよ、すぐに、遠くに」


 それもそうだな、と、自分がどういう立場なのかもう忘れている。

 俺が言うのもなんだが、お前のことが心配だよ。


「リグ」


 地下牢獄から出る際、テュアが言う。


「――またあとで」


 だからさあ……、と言うのはやめた。

 ここで別れたら、もうほとんど会えないのは分かっている。

 それでも再会を願って、そう言っているのだ。


 だから俺も返す。

 お別れを言っておかないと、もう二度と言えないかもしれないと分かっていながらも、

 僅かな希望にかけて、繰り返す。


「……ああ、またあとで」




 そして、一応、脱獄したのがばれないように後始末はしたつもりだが、

 やはりあざむくのは難しく、翌日、俺が起きた時には大きな騒ぎになっていた。


 王城の中はてんやわんやで、メイドは駆け回り、

 王族であるフォアイトの姉妹も、多方面へ連絡をしたりと、大忙しだった。

 しかし、一方で、騎士団の姿は見えなかった。


 部屋から出た俺を見つけたメイドの一人が、慌てて近寄ってくる。

 息を荒くしながら――だから、言ってる事がよく分からない。


 落ち着け、と言っても、目をぐるぐると回して、ノックダウン寸前だった。

 まあ、なんとなく用件は分かる。


 フォアイトはどこだ? と聞くと、やるべき事を見つけたのか、

 いつも通りとはいかないが、だいぶマシになったメイドが案内してくれた。


 知ってるけどな、この部屋。

 騎士団メンバーの会合は、基本的にここでおこなわれる。

 だから別に、メイドに聞かなくともこれたんだけども。


 案内してくれたメイドが、静かにさがった。

 この後、さっきみたいな大忙しに逆戻りするのだろう。

 ……大変そうだなあ、と他人事に思う。


 扉を開ける。

 騎士団、全員が集合していた。


 そして、フォアイトが開口一番に、


「遅い!」


「お前らが早いんだよ」


「そうでもないんですけどー」

 

 と、珍しくギャル子が口を挟んだ。

 俺が驚くと、ふんっ、と視線を逸らす。

 なんだ、ちょっと勇気を出して言ってみた感じなのか。


 なんにせよ、とりあえずは、遅れたのは悪かった。


「で、どうかしたのか?」


「逃げたのよ」


 ……? と、俺は首を傾げる。

 白々しく。


「地下牢に閉じ込めていた怪盗が、いなくなったのよ」


「神隠し、じゃないよな」

「人為的なものとしか考えられないわ」


 顎に手を添え、思考の渦へ入るフォアイト。

 ホワイトボードを見る。

 この会議でこれまでいくつか案があったらしいが、どれも確信には届いていないらしい。


 俺がきたからと言って、それが変わるわけではないが。

 俺は答えを知っている。だからこそ、逆に、遠のく事になる。


「鉄格子がはずされ、元に戻されていた。無理やり、はめ込んだ形だった」


 後光が地下牢の現状を説明する。


「頑丈なはずの手錠は、握り潰されたように割れていた。

 あの怪盗が自分でやったとは、とても思えない。

 ……だから手引きした、仲間がいる」


 まあ、後始末と言っても、散らかったのを片づけただけであるので、

 当然、ここまでばれてしまうのは予想通りだ。

 だが結局、誰が仲間なのかは分からない……証拠がないんだから。


「リグ、お前はあの怪盗と仲が良かったよな? なにか、分からねえか?」

「大雑把な質問だな……、なにか、って言われてもな」


 もっと質問を限定してくれないと。俺には難しい。


「それもそうか」

「けどさ、あいつの事を話したところで、手引きした仲間が誰なのか分かるのか?」


 いま分からなくても、これからの情報にはなる。

 そういうことなら、と話し始めたが、

 俺もそうそう、あいつの事を知っているわけじゃなかった。

 ほとんどが憶測ばかり。


「そうか、三度、会っただけでそれだけ分かれば大したもんだよ、お前も」

「まあな」


 ――いま、空気が変わった、と感じたのは俺だけじゃなかったはず。


 いや、俺以外が、今の空気を作っていた。

 全員が俺を見る。なんだ、おかしな事でも言ったか? 


 俺が脱獄を手引きした仲間だと、

 告白してしまうような事を、間違えて言ったのか?


「……否定しなかったな?」

 モヒカンが言う。

 目つきがいつもと違う――敵を見る目だ。


「怪盗との三度の対面に、否定をしなかったよな?」


 ……三度。

 確かに、三度ではある。


 怪盗を捕らえた時。

 あいつに、エコーが利いた声で呼び出された時(後に、その場にフォアイトも合流する)。

 そして、俺があいつを逃がす時……、あ。


 最後の一回は、当然、秘密のはずだった。

 この対面が露見してしまえば、

 そのまま、脱獄の手引きしたのは俺なのだとばれてしまう。


 最悪の事態が、いま、まさにそれだった。


 あってはならない一回の対面は、

 そのまま俺が脱獄を助けた事を証明してしまった。


 これから言い訳をしたところで、

 三度の対面に、しまった、と反応してしまった今の俺に、説得力などまったくない。

 犯人だと決定されなくとも、疑惑は向けられる――だから、もう手遅れだった。


「リグ――、お前が裏切り者だな?」

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