第23話 人間と竜

 死について、縁遠い存在ってわけじゃない。


 むしろ近い……、すぐそこ、目と鼻の先にある。


 どっちが悪いかどうかなど、考えた事もなかった。

 自然界では殺す、殺されるが当たり前なのだ。

 殺さなければやられる――殺さなければ、明日を迎えられない。


 だから殺す。

 私怨はなく、感謝を込めて、殺す。


 意味のない殺しをする者は、ほとんど存在しなかった。


 ただ意味もなく私怨で殺し、

 その死を使わないのは、人間だけだ。


 そういう俺も――、大別すれば人間なんだけどな。



「あれ? あたし、あんたのこと呼んでないけど。ここにきていいの?」


 地下牢獄へ不法侵入。

 これで俺も、こいつと同じように死刑にされるのか? 

 ……ああ、フォアイトが許すかどうかだから、酷い扱いにはならないか。

 もう関係ないと思うが。


「俺が勝手にきただけだからいいんだよ。

 もしマズイのだとしても、お前が気にする事じゃない」


「寂しいからお喋りでもしにきたのか? 

 いいよ、いくらでも喋ってやろう」


 鉄格子の中だってのに、元気な奴だ。

 いつでもこんな鉄格子、破壊できるという余裕なのだろうか?


「それは無理。薬が効いているらしくて……、あんまり力が出ないんだよ」


 ふーん、そういう枷もつけているわけか。

 用意周到なことだ。

 まるで、前例があるかのような対応だな。


「多いと思うぞ。あたしみたいな侵入者は。

 たぶん、過去に亜人も何人か捕まって、死刑になってるはず。

 こうやって薬を打たれて、亜人特有の能力スキルを発動できなくさせてな」


 力を込めても、怪盗女の翼や尻尾は出てこない。

 見てくれは、人間となにも変わらなかった。

 口内の牙さえも、今は引っ込んでいた。


「意外に効くんだな、その薬……。

 あれ? お前が死刑になるって、俺、言ったか?」


 もしくは、誰かから聞いたのか?


「聞いた。ただ、盗み聞いたって感じだけど」


 怪盗らしくね。

 それは自然と聞こえてしまっただけで、盗む意思はなかったんじゃないか? 

 だから、それを怪盗とは言わない。


「厳しいなあ」

「そうか? そうなのかもな――」


 自分じゃ分からない。


「耳が良いし、

 地上の俺に直接、語りかけるような事もできてたって事は、

 全部の能力が使えないわけじゃないのか」


「あたしの耳と、特定の人物に語りかける『エコー』は、

 スキルって言うより、身体能力みたいなもんだから。

 薬のせいで使えないってわけじゃない」


 まあ、それでもやっぱり精度は落ちるけど。

 あれで精度が落ちてる……ねえ。


 充分じゃねえか。

 それは本人にしか分からない、使いづらさなのだろう。

 俺には劣化してても分からないくらいの変化しかない。


「それで、あんたがあたしの首を落としてくれるんでしょ? 

 ひひっ、優しくしてね。

 綺麗な断面で、すぱんっと。あんまり痛くない方がいいな」


「……なんだ、落ち込んじゃいないのか」

 まあね、と、怪盗女のテンションは変わらない。


「こういう事はたくさんあったし、

 死にかける事なんて、これ以外にだって機会はたくさんあった。

 あんただって旅人だろ? 今は違くても、考え方は、国優先じゃないはず」


 自分優先、とまでは言わないけどな。

 国を考えた事はなかったな。


「旅にトラブルは付きものなんだ」


「トラブル、ねえ……けど、いいのかよ。本当に死刑なんだぞ?」


 それは仕方ないんじゃない? 

 なんて言うが、しかし、軽いなあ。


「諦めが肝心なんだ。過ぎた事にいちいち、ぐちぐち言ってても、なあ」


 なんとかなるでしょ、と楽観的だった。

 ……その楽観的が、見事に当たってしまっているところが、

 こいつのしぶとさを物語っている気がする。


 これを聞いてから俺が行動すると、

 まるで同情したからこその行動と思われそうだ。


 元から、こうしようとは思っていたんだけどなあ。


「どしたの?」

「いやなんでも」

「助けてくれないの?」


「あ、直接、俺に聞いちゃうんだ」


 なんだか言いあぐねていたから――ひひっ、と、意地の悪い笑みで。


 その通りだから、ちょっと助かったが。

 ……俺がなにをしなくとも、結果的に、こいつは助かりそうな気がするんだけど。

 余計なお世話だったりするのだろうか? 

 俺は、自分から危険に飛び込んでいるのか?


「ここにいる時点で飛び込んでるよ、あんたは。

 あと、あんたが敵に回ったら、あたしでもきついから」


 実際、一度、こてんぱんにされてるわけだし。

 ……それもそうだな。お前には、負ける気がしねえ。


「本当だから言い返せないけど、ムカつくぅ」


 その言い方は、なんだかフォアイトに似ていた。


 だからなんだって話だが。


「頼む事はしないよ。あんたの好きにすればいい。

 助けても、助けなくても、身の安全を守っても、タイミングを計っても――、

 なんでもいいよ。なにを選んでも、あたしに文句はない」


 元々、出られないものだと思えば、

 ラッキーチャンスが棒に振られたって、落胆は少ないから。


 遠回しの言い方が面倒だな……、

 助けて欲しいなら、素直にそう言えばいいのに。


 というか、拒否されても、力づくでも連れ出すけど。

 俺は鉄格子に手をかけ、引っ張る。

 鉄格子はその形のまま、手前にはずれる。


「そんな簡単にはずれる鉄格子なの……?」

 いや、たぶん俺の力が強いから。


 はずれた鉄格子を壁に立てかける。

 その際の音が、金属だからうるさいな。

 密室にはよく響く。


「あとは、手錠か」

 握力で亀裂を生じさせ、指先でその亀裂を広げる。

 一つ、二秒くらいで、両手両足の四つをはずす。


「ふーっ! 出れた出れた、良い気持ちぃっ!」


 両手を上げて、伸びをした怪盗女は、

 力がいきなり抜けたらしく、俺の方にもたれかかってくる。


「あう、力が……」


 薬のせいなのか?


 能力を封じるだけじゃなく、

 体力や筋肉にも影響してるのか? ……薬が邪魔だな。


「おい、首、借りるぞ」

「なにする気?」


 質問には答えずに、遠慮なくかぶりつく。


「あっ、ちょ、あうっ――!?」


 仕方のない事だが、抱き合う形になる。

 なんだか、罪悪感があるんだが、別に悪い事をしているわけじゃない。

 いや、脱獄の手伝いをしているのだから、悪いんだけど。


 人命救助っていう意味では、良い事だろう。


 体内に巡る薬を全て吸い出す。

 へなへなと、膝から崩れた怪盗女。

 吸い取った薬を吐き出し、手を貸す。


「なんで吸い取ったのに倒れてるんだよ。もしかして吸い取れてねえのか?」

「それをするなら、先に言ってほしかった……」


 大丈夫、全部、吸い取れてる……、

 言いながら、怪盗女が飛び跳ねた。

 体はいくらか、身軽になったらしい。


 些細な変化だが。

 本人からしたら、大違いなのだろう。


 薬は抜け、能力も使えるようになった。

 翼も尻尾も出せるし、

 出さなくとも、手錠がなくなっただけでも充分に脱獄ができる。


 怪盗なのだから、潜入、脱出はお手のものだろう。


 ほら、と背中を押す。


 怪盗女が、振り向いた。


「……いいのか?」

「今更だな。いいよ、早く逃げろよ」


 あんたはどうするんだ? 

 そーだな。

 俺が逃がしたとばれないのが一番いいけど。


「ばれたら仕方ねえよ、その時に決める」


「あたしの代わりにあんたが死刑とか、嫌だからな」

「ないない、それはない」


 フォアイトはそこまでしないよ、という以前に。

「このぬるま湯みたいな場所じゃ、俺を殺せないと思うしな」


「強がりじゃなくて、本心からそう言ってるのがまる分かりだな」


 その通りだし、まあ、確かに心配はないな、と。

 しかし、それでも怪盗女の心配そうな顔は消えなかった。


「心配に決まってるじゃん。

 たとえ死ななくても、体だけじゃないんだよ、傷がつくのは」


「心が傷つくとか言うのか?」

「まあね」

 大丈夫だ、きっと。

 今はそれしか言えなかった。


 俺にも、どうなるか分からない。

 だけど、大丈夫だろうって、なんとなく言えるのだ。


「だったら、どうして残るんだよ。

 ここで一緒に逃げた方がいいと思うけど」


「フォアイトを守ると、誓ったんだ。

 だから、それを無下にはできないんだ」


 こうして裏切っておいて、なにを抜け抜けと、と思うけど――、

 これだけだ、これっきりだ。

 もう俺は、フォアイトを裏切ったりはしない。


「無理だね」

 言われて、怪盗女を睨む。


 根拠は……、

「一度、裏切ったらずるずると続くよ。

 あと、裏切っておいてばれないのが一番いいとか言っている奴に、

 あの子への忠誠心なんて元から無いよ。

 無理無理、帰るだけ不信感が増すだけだ」


 あんたから、お姫様への。

 疑惑は、あんたにかかる。


 それに、


「あんたは結局、どんなに悪人だろうとも、こうして助けるような気がする。

 ……結局、優しいんだ。

 そして、抱えた事情をどうでもいいと思っている。

 過程はどうでもよくて、その行動に生死が関わっている時、必要なものだと振り切る。

 生きるためという理由は、悪事をも正当化する――」


 それが、あたしらのいた場所だったじゃん。


 ……なんだって?



「覚えてる? ――森林街ウッドリンク

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