第22話 執行人・リグヘット

 こいつ、無茶ぶりがすげえな。

 面白い話はできないけど、お前が暇だとかうるさいもんだから、

 一応、こういうのを持ってきたんだが。


「おっ、パズルか、悪くないな」

「難しいだろ、それ」


 前に進もうとすると、これまで積み上げてきたものを崩すという、

 人間のもったいない心を攻撃してくる、嫌なパズルだ。

 まあ、俺はそこまでのレベルには達していないけども。


 難しいんだよな、これ……。

「あ、できた」


 いつの間にか、六面、全て揃っていた。

 ……化物かよ、こいつ。


 なんで九秒くらいでできるんだよ。

 絶対ズルしたよな。


「してないっての」

 しようがあるの? と聞かれ、まあないだろうな、と答える。


 怪盗女は、揃ったそれをぐちゃぐちゃにし、俺に投げ渡した。

「三十二手で完成するぞ。やってみれば?」


 三手くらい動かして、

「あーあ」と言われたのでやめた。

 やり辛いんだよ、じっと見るな。


 すると、俺の視界の端を、高速で動くものが見えた。

 フォアイトの足だった。

 鉄格子が揺れ、耳の奥に響く音が地下へ広がった。


 音が終わり、しーん、と音が一瞬、消える。

 フォアイトの呼吸音がやがて聞こえてくる。


 鉄格子を蹴ったフォアイトは、ご立腹の様子。

 ……勝手にパズルを渡したのがまずかったか?


「どうでもいいわよ、そんなこと」


 違うらしい。

 試しにフォアイトにパズルを渡してみたら、興味はないようだ。


「だから、そこじゃなくてね」


 ……らしい。

 だとすると、なんで怒っているんだ?


「んー、ああ、なるほど。

 あたしがリグと楽しそうに話してるからじゃないか?」


「そうなのか?」

「それを直接、私に聞くところがあんたらしいわよね……、怒るわよ?」


 じゃあ聞かないよ。

「あっさり引くところもまた、ムカつく」

 おいおい、どうしろってんだよ。


 分かんねえよ、俺は元から、空気が読めないんだから。

「空気ってか、読めてないのは乙女心って感じだけどな」

「うるさい盗人。あんたはもう、リグをここに呼ばないで」


 はいはい、取らないから、安心しろよ――と。

 フォアイトの握り拳がさらに強くなったのを感じた。

 鉄格子の内側にいるからって、こいつはやりたい放題だな。


「それで、あたしの取り扱いは決まったの?」


「私をどうこうしようとしたらしいけど、それは未遂とは言え、ね――、

 実際に、国と王城へ侵入したわけだから……そうね、この国から逃がす気はないわよ」


 機密情報をばらまかれるかもしれないし。


 ……へえ、その発想はなかったな。

 言って、ほお、と相手が感心する。


「あんたが、私をどう評価しているのか……、まさかバカだと思ってる?

 これでも優等生なのよ、私。これくらいの発想はすらすらと出てくるわよ」


「頭、良いんだな」

「まあ、そうね」

 ふふん、と自慢げだ。

 嬉しそうだ。


 もっと言っていいのよ、というプレッシャーを感じる。

 いや、お前が慢心してるじゃねえか。


「油断じゃないもの。図に乗ってるの」

 快楽と一緒なの――と、それ、どういう言い訳なんだよ。


「ぷはっ。フォアイト姫、やっぱり面白いな」

「あんたを楽しませるつもりなんてないから」


 なんだか、この怪盗女にはやけに冷たいな。

 当然と言えばそうだけど……、ターゲットはフォアイトだったわけだし。


「予告状を届けてから、こうして動き出すまでかなり長いし、

 しかも私の大切なものって、一体……結局、なにが目的なのよ」


「それを言ったらつまらないだろ。自分達で考えてみないと」

 ミステリーなんだから。

 違うわよ――、そして、フォアイトが溜息を吐く。


 ふざけた態度の怪盗の言葉には、嘘と本当が入り混じっている。

 色々と聞くにも、これじゃあ、なにが正解か分からない。


 やるだけ無駄だった。

「一旦、戻るわ。……いくわよ、リグ」


「なんだ、もういっちゃうのか。退屈なんだよな、ここ」

 そういうところよ、牢獄ってのは。


 フォアイトが俺の手を引き、出口へ向かう。

「楽しい事ばかりじゃないのよ。――いい? もう、リグを呼ばないで。

 リグも、呼ばれてひょこひょこ、ここにきちゃダメよ」


 ひょこひょこって。

 そんな擬音を立てながらここきてないよ。


「ひょこひょこじゃなくてもいいから、ここにきたらダメ。

 ……あいつと、話すな」


 …………、と黙っていると、


「返事は?」


「おう」


 言わされた感じが強かった。


 遠くから、じゃーなー、という怪盗女の声。

 それに押されて、俺達は地下牢獄から地上へ戻る。



「さっさと拷問しちまえばいいんだよ」

「軽々しく言うな。誰が拷問すると思っているんだ」


 モヒカンの言葉に後光が返す。

 俺がやるぜ? と肩を回すモヒカン。

 後光は、半眼で呆れた様子。


「毎回、そうやって名乗りを挙げるが、

 いつも途中でギブアップするのはどこの誰なんだ、まったく……。

 結局、そのあとを引き継ぐのは私なんだ。

 できない仕事なら、最初から志願しないでくれるか?」


「今回は大丈夫だ!」

「それ、毎回のように聞いてるぞ!」


 鬱陶うっとうしいなー、と漏らした言葉に、

 なんだその口の利き方は! と顔を真っ赤にする後光を見ていると……、


 親子か、と思う。

 なんにせよ、良いコンビだった。


 さっきも言ったが、あの怪盗女に拷問が効くとは思えない。

 それに、もし聞き出せたとして、

 欲しい情報ってのは、そこまで欲しいものなのか?


「確か、フォアイトの大切なものを奪う……、だったよな?」


 怪盗女の言う通りに、よく考えてみたら、狙いが分かるかもしれない。


 予告状は、ただの気を引くための演出で、

 他の目的があり、それが本命なのだとしたら――、


 予告状で悩んでる俺達は、まんまとあいつの手の平の上って事になる。

 ひょうひょうと躱し、時には嘘を言い、

 目的なんて、決して話さないと思う。


 だから拷問に意味はないし、無駄な労力になると思うが。


 それでもやるのか?


「いや、拷問はしないわ」


 と、フォアイトが言う。


 モヒカンは分かりやすく、えー、と残念がり、

 さり気なく狂男が、舌打ち一つ。

 陰から参加するつもりだったのだろうか。


 ともかく、拷問はこれで選択肢の中からはずされた。

 まあ、元より、賛成はそんなに多くもない。


 罪に対する罰があるなら、それを執行すればいいわけなのだから、

 ここから先は、決められた流れに沿っていく事になる。


 騎士団が全員集結している意味は、あまりない。

 ただ集まりたいだけの会合になっている。


 普段、あんまり会わないメンバーもいるため、

 強制参加はちょっと嬉しかったりする。


 名前と顔を、そろそろ一致させておかないとな。

 けど、俺、そういうの苦手なんだよな……。


 数分、喋らないと、記憶が動かない。

 蛇についてるピット器官のように、ビジュアルで判断しないからだ。


 内側の方を見る、とでも言うのか。


 フォアイトやモヒカンくらい、頻繁に会っていればさすがに外側で覚えるが……。

 覚えられない相手というのは、総じて特徴がないわけで、

 向こうの努力の怠りが原因でもある……、そう、俺は悪くないし。


 今も騎士団の半分くらい、分かっていないけど、それでも会議は進む。


「とりあえず、罪状からして、死刑ね。

 ……執行人は、じゃあ、リグでいいんじゃないかしら?」


 反応が遅れた。

 ちらっとフォアイトを見る。


 いつものような大げさな笑いではなく、

 優しく見守るような、小さな笑みだった。

 穏やかな表情で、だけど、言っている事は過激だ。


「死刑、なのか……? 

 でも、たかが侵入したくらいで死刑って、重いと思うけど……」


「重いだろ、だって不法侵入だぜ? 

 国だけじゃなく、王城に入るのは、ダメだろ」


 だとしても。

 罪が重いのはなんとなく分かるが、

 それで死刑っていうのは、飛躍している気がする。


「これがこの国の当たり前なんだよ。

 これはどの国も一緒だと思うがな――な、団長」


「まあ、大体死刑でしょうね。国のトップですから、お姫様は。

 ……ちなみに狙いが王だった場合は、死刑にはならない。それでも重い罪だけど」


 それは己で身を守れるかどうかの違いか? 

 女だって、別に守れるだろうに。

 フォアイトは、だったらなおさら、助けなんていらない気がする。

 いるとすれば、日常生活くらいだろう。


 家事とか、メイドに任せきりで、知らないんじゃないだろうか。

 やり方どころか、そもそもの存在を。


「もはや暴言よね」

「こういう言葉も、死刑になったりするのか?」


 あんたなら許す。

 結局、私が許すかどうかだから。


 ……そうか。

 その勢いだと、白も黒になりそうだが。


 死刑、死刑……、まあ、それが人間社会のルールなら仕方ないが、

 でも、なんで殺す役が俺なんだよ。


 フォアイトは……きっと嫌がるだろうし、

(面倒という意味で。やり始めたら、きっとノリノリでやりそうではあるが)


 殺した直後の映像は、あまり見せたくはない。

 後光がそれを止めるだろう。


 ちょうど、刀を持っているのだし、後光でいいじゃねえか。

 どうせ差し出された首を切り落とすだけの、一瞬なんだろ?


「なにか不満でも? 死刑執行人は、名誉な事なのに」


 人を殺す事が、名誉なのか?


 言い方は悪いが、しかしそういう事だ。

 弱肉強食の世界とは違う。

 その殺しに、発展性がない。


 怪盗女を殺して、なんなんだ? 

 これ以上のトラブルはないだろう。

 けど、それは話し合いで解決できると思うが? 

 生きるために仕方のない事でもないのに、わざわざ殺すなんて……。


 殺しは、賞状扱いしていいものじゃない。


「俺はやらないよ。無駄な殺しはしないからな」

「私のための殺しよ」


 私を守るためだと思って。

 これで、あんたは本当に、国民全員に認められる。

 誰もが通る道なのよ――、フォアイトの言葉に、喉が渇く。


 ここが違い、か。


 俺とフォアイトの……、

 いや、俺と、人間社会との。


 森と国の違いか? 

 おかしいのは、俺なのか? 


 ――育った環境の違いが、亀裂を生じさせた。


 俺は曖昧に、だが頷く。

 フォアイトは満足そうに、俺が怪盗女の首を落とすと決定させた。


「やるじゃねえか、認めるぜ」

「ぜ!」


 と、狂男とギャル子に背中を叩かれた。

 どうやら仲間と認めてくれたらしい……だとしたら、心が苦しいよ。


 今度、飯でもいこうぜ、と誘われる。

 ああ、また今度な、と返事をした。


 また、今度……。

 その今度は、一生の内にあればいいけどな。


 そんな風に思った。


 ――なら、俺はもう、迷っていないって事になる。

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