第21話 潜む侵入者

「はーぁ。……助かったわ、リグ。お礼に、今日、一緒に寝る?」

「今日はいいや」


 ノーリアクションで断られるのはなんだか腹立つ! 

 繰り出されたフォアイトの蹴りをひょいっと躱し、

 指先でこつんと、軽い力で真上に弾く。

 わわっ、とバランスを崩したフォアイトが、背中からベッドに倒れた。


「な、なによ、ベッドに押し倒して……」

「今ならお前、逃げられるじゃん」


 上から乗っているわけじゃあるまいし。

 なによノリが悪いわよねー、と文句を垂れるフォアイト。

 ふむ、空気を読めても、ノリはまだ分からないなあ。


 もういいから、お前は寝ろ。


「まあ、今日はなんだか、いつも以上に疲れたし、

 早く寝るのもいいかもしれないわね」


 充分に遅い時間なんだけどな……、既に日付は変わっている。


 朝、起きるのがいつも遅いのは、夜、寝るのが遅いという、簡単な流れだった。

 だから自業自得だ。


 フォアイトに掛け布団をかけ、電気を消す。

 フォアイトでも、俺が見えるくらいの照明だ。

 部屋を出る時、フォアイトが声をかけてきた。


「なにをするつもりなの?」

「おおごとなことは、別に」


 そう、じゃあなにかをするのは決定なのね。

 ……隠しているわけではなかったが、それに気づいたのは大したものだ。

 いや、俺が分かりやすかったりするのだろうか。

 フォアイトがくすりと笑う。


 ……ちょっと見直した。

 なんだよ、ちゃんと俺の事を見てるんだな。


「見てるわよ、いつも」

「やっぱ見てるのか」


 あっ、と口を押さえるが、いや、変な事じゃないと思うが……。

 見てなかったら、それはそれで問題だ。人の上に立つ者の義務だろう。


 ともかく、と話題を切り替えるフォアイト。


 おう、と頷く。


「気をつけなさいよ」


 それを俺に言うかね。

 だって、一番いらねえだろ。


「私が言わなかったら、誰が言うのよ」


 それは慢心よ。

 言われ、自覚する。

 慢心は毒だ。進歩の停滞だ。足元をすくわれる原因だ。


「そうだな」

 だから、気を引き締め直す。

「気を付ける」


「じゃあ、いってらっしゃい」

「いってきます」


 そして、俺は注がれる視線を辿り、見つけ出す。




「あ、やべえばれた」


 それはきっと、向こうの方が思っているのだろうけど、

 見つからずに近づくという俺の作戦を考えたら、こっちも当てはまる。


 暗闇の中とか関係なく、相手の姿は見えるが、

 さすがに昼間ほど見えるかと言われたら違う。


 マントで闇に紛れ、仮面で顔を隠している。

 しかし、匂いで正体をある程度、絞れる。


 相手が逃げた軌跡を辿って追う。

 道中、足裏になにか突き刺さったような感覚があったが、構わず突き進んだ。

(あとで確認したら、まきびし、と言うらしい)


 そして、王城の窓から外に出る。

 城の外周を螺旋のように登りながら、

 最終的に相手は、最上階から身を、空中へ飛び出させた。


 マントを広げ、空気を受け止めながら空を滑空するのかと思ったら、

 マントを破るように、巨大な翼が姿を現した。

 その翼は、俺の記憶に鮮明に残っている……、竜だ。竜の翼。


 小さいが、竜の尻尾も生えていた。

 しかし、翼と尻尾以外は、人間と変わらない。


 つまり、相手は亜人だ。


 しかも、ドラゴン精霊ドーター


 俺が昔、親父と暮らしていた村にもそんなのがいたような……、

 子供の時の記憶なので、曖昧で、覚えていない。

 とにかく、このまま飛び立ち、進んでいく相手を追うのは難しい。


 タイミングは今しかない。

 いつもより強く踏み込み、空に向かって駆ける。

 一歩に全てを注ぎ、俺の体が数十メートル先の空中まで、直線で移動する。


 勢いはまだ落ちない。

 逆に、加速しながら相手の翼の上まで辿り着いた。


 向こうは気づいていないらしい。

 不意打ちみたいで気は進まないが……、

 進まないだけで、やらないとは言っていない。


 背中を、真上から踏みつける。

 悲鳴も聞こえず、侵入者は地面へ一直線に落下した。


 だが、音はない。


「咄嗟に、翼のはばたきによる風圧で、空気のクッションを作ったのか」


 着地してから、相手の機転の早さに驚いた。

 翼と尻尾は出したまま、仮面を被ったそいつが、鋭い瞳を俺に向ける。


 逃げる意思は感じられない。

 しかし、降参したわけでもないだろう。


 相手の手が、

 普通なら気づかないレベルで少しずつ、竜のそれに変化していっている。


 鋭い爪が徐々に伸びていく。

 このまま完全に竜になるのを待つのもいいが、俺だけの娯楽じゃない。

 狙いはフォアイトなのだろう――分かっている。

 ずっとこいつは、フォアイトだけを狙い、見ていた。


 コロシアムで一度、見た時よりも、以前から。

 俺が初めてフォアイトと出会った時から、この視線を感じていた。


 そして、恐らくはその時よりも前から、フォアイトは狙われていた――ずっと。


 騎士団の一員として、相手が準備万端になるのを待つ事はできない。

 俺が動き出そうとした瞬間、察知した相手が翼をはためかせるが、遅い。


 察知しただけでも凄いのに、そこから行動できる者は僅かしかいないだろう。

 しかも早い。でも遅い。

 そんなんじゃ、逃げる事は絶対に。防御さえも間に合わない。


 俺の指が仮面に触れる。

 とんっ、と、押し込む。


 ばたばたと暴れながら、真後ろに吹き飛んだ竜の精霊は、

 壁に叩き付けられる前に、勢いがなくなる。

 そう俺がしたってのもあるが。壁に激突させたらうるさいからな。


 一応、今は真夜中だ。

 騒がしくして、ぐっすり眠っているところを起こすのは悪い。


「はあ、はあ……」


 ぼろぼろ、と崩れる仮面の破片。

 残り二割になったところで、仮面が落ちた。

 腕のほとんどが、竜の鱗に覆われていた相手が顔を上げる。


 彼女は笑っていた。


「予想以上。あんたやっぱり、強いよ」


 聞きたい事はたくさんある。

 もしかしたら話も弾むかもしれない。


 しかし、今はお前を捕らえることが優先だ。

 なにをする気かは知らないけど、

 城に侵入していたってだけで、かなり重い罪になるだろう。

 だから、まあ、そうだな――あとの話は牢獄で聞くよ。


 俺と魔法使いが戦っていた時、

 観客席でフォアイトとなにを話していたのか、とかな。



 怪盗マスク・ド・ラゴンと名乗っていた女は、王城の地下牢に閉じ込められている。


 一日三食の食事(質素なパンとスープだ)だけを与えられていた。

 鎖で繋がれ、女が動く度に、じゃらじゃらとうるさい。

 まあ、地下牢には今のところこいつしかいないし、地上へ音が漏れる事もない。

 問題は、だからないけどな。


「うるさいわよ」


 地下牢の鉄格子の外にいれば、当然、鎖の音がかなり近くで聞こえるわけで。

 俺は慣れたが、というか気にしないが、フォアイトは不快だったらしい。

 なんだか、鉄格子に蹴りを入れそうな勢いだ。


「怒らないでもいいじゃんか、お姫様」


 怪盗女はマントと仮面を没収され、素面だった。

 着ている服は汚れている。


 普段、滅多に使わない牢獄は、掃除がされておらず、汚い。

 その汚れが、一日、生活しただけで服についたのだ。

 だから、そう見えるが、拷問したわけじゃない。


 フォアイトは、必要そうね、とか言っていたが。

 拷問、ねえ。この女はきっと、効かないタイプだと思う。


 今だって、この悪環境で一日を過ごし、こんな立場でもなお、

 フォアイトに軽口を叩ける精神力があるのだから。


 それにしても、

 怪盗と名乗っているが、実際は狩猟者か……、もしくは別のなにか。

 なんにせよ、旅人であるのは間違いない。


 でないと、こんな場所にずっといたら、頭がおかしくなるはずなのだ。


「暇だぞ、リグ。

 なんか面白い話をしろよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る