第20話 幕間

「そんなもんじゃ、俺は殺せねえよ。

 まだ、毒の方が可能性があるかもな」


「やってみるか?」


 食堂を出た先――廊下。

 曲がり角で待ち伏せをしていた狂男は、銃身の短い銃を握っていた。

 取り回しやすく隠しやすい、しかも消音器具もついている。

 ……暗殺するつもりだったのか。


 どう証拠を消そうとも、俺を殺す事はできないけど……無駄な準備だ。


「試してみるか?」

「構わねえよ」


 瞬間、視界が斜めに。

 真横からの衝撃に首が横に倒れた。


 さすがに微動だにしない、っていうのは無理だったか。

 弾丸が廊下に落ち、音を立てる。


「――な?」


 だから言ったじゃねえか、と言外に示すと、

 狂男は、へえ――と。


「マジで化物だな、お前」

「お前と……ギャル子って、手を組んでんのか? 

 もしそうなら、もう聞いてる?」


 狂男は、眉をひそめ、いや……、と知らないようだった。

 しかし、手は組んでいるらしい。

 意思を汲んではくれないけどな、とちょっぴり毒舌を交えながら。


「あいつがなんだよ?」


「ギャル子にはもう言ってある。

 お前らに、俺がフォアイトへ抱く忠誠心を示してやるってことを」


「……名前呼びの時点で、忠誠心はないようなもんだけどな。

 でもまあ、興味あるぜ。お前の言う、それ」


 問答無用で無下にされるかとも思ったが、なかなかの好感触だった。


「なにをするつもりだよ」

「フォアイトの危険を取り除く」


 つまり、あいつを守るってわけだ。


「そんなもん、俺らは常にやってる。

 そんなんで俺らに認められようなんて――」


「お前らじゃあ、気づかない事だよ」


 実際、対処できていないってことは、そうなんだろ。


 結果が出てる。

 いくら口で取り繕っても、無理な領域だ。


「……おもしれえよ、お前」


 相手が銃をしまった。


「最後まで見届けてやる。

 どうせ今の俺らに、お前を殺す術は持ってねえわけだしな。

 できて、嫌がらせだ」


 開き直って、嫌がらせに振り切っていたのか。

 そりゃあ、嫌がらせが多いわけだ。


 しかし常人なら、確実に死んでいるレベルだってことを忘れるなよ。


「あと、お前にも言っておくぞ。

 姫様は飽きっぽい。お前だって、近いうちに相手にされなくなるんだからな」


「今のお前みたいにか?」


「言うなッ! それ以上は……っっ」


 ふうん。

 思っているよりも、狂男の傷は深いのかもしれない。



「ひうッ!? …………なによ、リグだったのね」


「誰だと思ったんだよ」


 どこの誰かよ、と強気なフォアイト。


 いつもなら部屋にいるはずのフォアイトが、なぜか廊下にいた。

 一度、窓から部屋を訪ねた時、いないからびっくりしたじゃねえか。

 まあ、何事もないって分かってたから、不安はなかったが。


 声をかける前に気づかれたが、いつもそんな敏感だったか? 

 今日は特に、周りを警戒しているって感じだった。

 後ろから追いつこうとしただけで気づかれるなんて。

 足音はさせないように意識していたんだけどな。


「足音で判断しないもの。あんたは、近づいたらなんとなく分かる」


 あんただけは足音とか気配とか、そういう事じゃないもの――、

 なんて、さり気なく言っているが、普通に凄いだろ。

 俺が近づけば、どれだけ隠密に行動しても、ばれるって事じゃねえか。

 なんで俺にだけそんなに特化してんだよ……。


「日頃の成果よね」

「いつもなにしてんだよ。ずっと俺ばっかり見ているわけでもねえだろうし」


 フォアイトは言いづらそうに――しかし、

「そうね」と言ったので、ああ、違うのか。


 謎は深まるばかりだったが、

 こいつにばれても問題はないし、だからいいかと思った。


 フォアイトを背中から驚かすような機会はないだろう。

 というか、わあっ、と声を出して驚かすことはできなくても、

 後ろにいるというだけで驚かせる事はできるから、目的は達成できている。


 なら別にいい。

 それにしても、このビビりよう……、

 もう夜遅いから、周りが暗いのと関係しているのだろうか。


 照明も薄暗いし。

 フォアイトは僅かな明かりを頼りに、俺を見ているらしい。

 鮮明に全てが見えている俺は、フォアイトの全身が見えているが。

 ……これは言った方がいいのか?


 あっちは、俺がぜんぶ見えているとは知らない。

 表情はきりっとしているが、体は震え、両手で体を抱いている。


 寒さ、じゃないよなあ……。

 恥ずべき事じゃないぞ、と言っても、本人はやっぱり弱みを見せたくないだろうし。


 暗い場所が怖いのだろう。

 もしくは、幽霊とか? 

 いや、でもあれって結局、魔獣だし、竜や蛇と同じカテゴリだ。


 神器を持っているフォアイトなら、どうにでもできると思うけど……、

 ま、そこには触れないでおくか。


 俺も、空気なら読めるようになってきた。


「部屋まで送るぞ。つーか、なんでこんな時間に、こんな場所に? 

 いつもなら部屋でげらげら笑いながら映画でも見てるじゃねえか」


「今日はちょっとね……、――ちょっと待て。

 なんでこの時間の私の行動を知ってるのよ。

 いつもなら、あんたは自分の部屋にいるはずでしょ」


 やべっ、失言したか。


 いつも暇なもんだから、国を見て回ってる過程で、

 フォアイトの部屋もついでに覗いているってだけなんだが。

 ま、確かにあんな姿、自分以外には見せたくないだろうしな。


 お前がいつも自慢げに話すんじゃねえか――、

 ……そうなの? とフォアイトを誤魔化せたところで、


「いや、誤魔化せてないから」


 しつこいな。

 お前の身の安全を守るために監視してた時に見えちまっただけだよ、

 と、印象の良さそうな事を言っておく。


「……あんただけ?」


 ん? ああ、俺、一人だけだな。

 別の角度から誰かが見ていたとしたら分からないけど。


 いや、常時、フォアイトには意識を割いているから、気づくか。

 現状、俺以外でお前のあんな姿を見た奴はいないと思うぞ……たぶん。


「あんたって、私のこと、好き過ぎなんじゃない……?」


 どーだかな。

 騎士団の前じゃあ、言えねえよ。


 そういうあんたも騎士団なのよ、自覚を持ちなさい――、

 そう言われ、まあ、そうなんだよなあ、と納得。


 俺もあの集団の一員として、馴染んできちまってるわけか。


「あんただけなら、いいわよ。

 あれより恥ずかしい姿、見られてるわけだし」


 まあな。


 何度も『あんな姿』と言ってるけど、酷い姿ってわけじゃない。

 本心が丸見えで、見ていて気持ちの良い、素のフォアイト。


 いつも開けっ広げではあるが、

 さらに踏み込んだのが、今の時間帯のフォアイトの姿だ。

 そう、リラックス状態だ。


「じゃ、戻るぞ」


 俺が先導して歩くが、いつもよりも歩く速度が遅いフォアイト。

 ――ちょっと待ちなさいよ! と、声だけ聞こえて、本人はそこから動かない。

 ……なにしてんだよ。


「遅いぞ」


「あのねえ、光があんまり届かない場所なの、ここ。

 だから、地面があんまり見えないのよ」


 そうか、俺は見えているけど、あいつは見えないのか。

 じゃあ……、俺がゆっくり歩けば――、

 いや、もどかしいな、それ。俺が引っ張ればいいだろ。


「お前、手が冷たい」

「冷え性なのよ」


 じゃあ薄着でいるなよ……、そういう問題でもないのか?


 手を引っ張り、フォアイトの部屋まで案内する。


「そこ左よ。なんで右にいくのよ、また食堂へいく気?」


 それもそれでありだな。

 でっかい冷蔵庫を開ければ、きっとなにかしらあるだろ。


 そういうのはいいから戻るわよ――、

 言われておとなしく部屋へ戻る。


 戻った頃には、フォアイトの手は、なぜか熱いくらいに暖まっていた。

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