第19話 認められるために

「さっきから、ちょくちょく不審な動きしてるけど、なにかあったの?」


「ん、まあ、ちょっとしたくせでな。

 右手を動かそうとすると左手を動かしちまうんだよ」


 なによそれ、とフォアイトが呆れた様子。

 呆れるのは俺の方だ。

 なぜ俺しかいないのに、大量に買い物をするんだ、お前は……。


「服ばっかり買ってどうすんだよ……お前、同じような服しか着ねえじゃねえか」


 フォアイトはお気に入りを集中的に使う。

 服に限らず。

 だから俺も、いつかは捨てられるんだろうなあ……。

 それはそれで、問題はないから気にしなくてもいい。


「私が使い捨てるような、薄情な女に見えるのかしら」

「見えるよ」


 不必要な物はごっそり削るタイプだろ。

 なんだかんだと一緒に生活しているのだから、それくらいは分かる。


「確かに、そういう節は見せてるかもしれないけどさ! 

 ともかく、騎士団も、あんたも、絶対に捨てる事はないから安心しなさい。

 くだらない心配をしてるんじゃないの」


 はあ、まったく、心配性ねえ……と言いながら、

 いつの間にか買った新しい荷物を俺に預ける。


 なんだ、俺のこの状況。

 世界の端から端まで旅でもするのかよ。


 いや、だとしても、こんなにはいらねえな。

 荷物なんてその場で手に入れて消化すればいいのだし。


 あ、実質、なにもいらないのか。


「それはあんたの基準でしょ……、

 普通の人はこれくらいの準備がいるわよ」


「だとしても、こんなに大量に服はいらねえ」


 着回しという頭がないのか。

 洗濯という発想がないのか。


 やっぱり、一回でも着たのは使い捨てる考えになってるじゃねえか。


「それは、あれよ。色々なものを着るのが楽しいのよ。

 だからたくさん買ってるの。服のデザインで一日の気分が決まるのよね」


「いやだから、お前いつも同じような服じゃねえか」


 デザインの違いは大差なく、

 カラーリングが多少、違うだけだ。


 しかし、

 それがフォアイトの中での大事なルーチンであるのなら、

 否定するのもおかしな話だ。


「リグ的には、違う服の方が良かったりするわけ?」


 おっと、これは返事に気を遣う必要がある場面だな……、さすがに俺も学習できる。


 これだけ服を買っているってことは、まあ、着たいんだろうなあ、と分かる。

 コレクションしているだけ、の可能性もあるが、

 ディスプレイにあまり興味を示さないのは分かっている。


 以前も、世界的に有名で価値のある絵を、

 フォアイトは飾ろうともせず、表を下にして倉庫に投げ入れていた。


 森と女が描かれた絵……、

 まあ、詳しくない俺からしたら、だからなんだ、って感じが満載だった。

 たぶん、フォアイトも同じだろう……反応が俺と一緒だった。


「いつもと違うフォアイトが見れるなら、見たい気もするな」

「そ。じゃあ、城に帰ったら、買ったのをぜんぶ着てみるから、付き合ってよね」


 返答は正解だったらしいが、どうやら仕事が増えたらしい。


 元々、ほとんどずっとこき使われているため、

 荷物持ちからのファッションショーに付き合うくらい、苦じゃなかった。

 なんだかんだと、こいつといるのは退屈しないで済むのだ。

 本人がもう面白いし。


「お腹が空いたわね……」

 ワールドバザールを抜け、

 パレード広場の外周を沿うように出ているお店を見つける。

 美味そうな匂いが空に逃げずに俺達を包む――自然と足が向かった。


「リグ、ちょっと買い食いするわよ」

「肉がいい」


 私も、と真っ先に、片手で持ち、かぶりつける骨付き肉の店へ直行する。


 そこは普通、女なのだし、甘い物とかに目がいくんじゃないのか? 

 ……と思うが、そこは好みか。

 不思議と気が合うこいつと、まさか好みや習性まで似ているとは。


 だから気が合うのかもしれない。

 フォアイトが特別、野生児っぽいのだろう。


 姫様だから、つまり人の上に立つ才能を持っているわけで、

 しかし、姫という枠には囚われない。

 人の上に立てるなら、親分だろうとボスだろうと、関係ないのだ。


 フォアイトの性格を考えたら、

 姫としてなら、絶対にないとは思うが、親分だったらしっくりくる。


 ……とにかく女らしくないんだな。

 良い意味で。


「なによ、じろじろ見て……」


 既に骨付き肉を買い、かぶりついている姫様がいた。

 豪快な食いっぷりだった。


 タレが頬についてる。

 焦り過ぎだ。

 指で拭い取り、なめる。


 ああ、ちょっと辛いのか。

 工夫してあるが、やはり大衆向けだな、と俺にとっては物足りない。


 それでも食べない選択肢はないので、

 フォアイトから一つを受け取り、俺もかぶりつく。


「……? なんだよ、なんで固まってんだ?」

「な、なんでもないわ……」


 頬に当てていた手をどかし、ちょっと放心状態だった。

 ……大丈夫かよ。


 お前になにか問題でもあったら、連れ回されてた俺の責任なんだからな。

 ……連れ回されてるのに、俺のせいなるという、理不尽が目に見えてる。


 まあ、フォアイトは無事に帰すつもりだから、いらない心配だが。


「さっきよりは、そのくせ、なくなってきたわね」


 まあ、意識していれば難しい事じゃない。


 さっきまで、右手を動かそうとしたら左手が動く、

 足も同じく、首の動きや眼球、細かいところまで、全てが左右反転していた。


 ギャル子(だったよな?)の神器のせいだ。

 頭が悪い俺でもできる単純な、逆を動かす行動だが、

 気を抜くとすぐに間違えるから、なかなか、難易度が高いものだった。


 気を抜かなければ、簡単に攻略できる。

 さっきまではそれで生活していたし。


 なにも問題はなく。

 しかし、解除されたら今度は元に戻すのにひと苦労。

 そのくせが今、抜け切ったところだった。


 もう大丈夫だろ。

 今、再び反転されたら面倒な事になるが――ギャル子ならやりかねない。


「…………」

 すると、フォアイトが遠くを見つめ出す。

 物思いにふけっている、わけじゃないな。

 怒ってはいないが、イラッとしたような表情で視線を動かす。


「どうかしたのか?」


「……視線を感じたんだけど、

 まあ、私に恨みを持つ人って多いから、それでしょ」


 いや、重大な事実をさらっと言うなよ。

 つーか、自覚があったのか。


「上に立つ者ってのは、八方に敵を作るものなのよ。

 当たり前の日常茶飯事よ、こんな事。

 それに、リグが守ってくれるって分かってるし、いつもよりは心配してないわ」


「あんまり俺を頼りにするなよ。まあ、守るけど」


 指一本、触れさせない。

 とまでは言わないがな。


 触れてもいいけど、

 触れた瞬間、指が飛ぶくらいだ。

 ワンタッチは、だからできるんだよ。


「できれば、ワンタッチもスルーしないでほしいけど」


 ああ、じゃあ、意識して警戒しておくよ。


 今までは無意識に警戒していた。

 俺から見える相手の動きが遅過ぎるので、意識していなくとも体が反応する。


 それを、意識的にすれば、防衛率は百パーセント。

 俺が出している闘志を感じてもなお、挑んでくる奴がいれば、の話だが。


「俺に恨みを持っていれば、関係ないけど」

「あんた、恨まれてるわけ? 呪われてるじゃなくて?」


 どっちもあるなあ。

 その答えに若干、引いたフォアイト。

 俺は無視して歩き出す。


「リグ。あの子達から……騎士団のメンバーから、なにかされてない?」


 思い切りされてるけど、言う必要もないので首を左右に振る。

 そう、とフォアイトは納得がいってなさそうな表情で、しかし切り替えたらしい。


「ならいいわ。仲良くしなさいよ、あんた達は、チームなんだから」


 そうだな、チームなんだ。

 五体満足じゃねえと、やっぱりまずいもんな。



 王城に戻り、

 フォアイトのファッションショーに付き合い、褒め殺した後の夕食時。


 食堂には騎士団全員が揃っていた。

 友好的なモヒカンや後光とは何度か会話し、

 しかしモヒカンと後光の仲があまり良くないため、二人はよく喧嘩をする。

(本当は仲が良いらしいが)


 俺に興味のない者は自分の世界に入ったり、

 特定の者と話したり……、まあ、いつも通り。


 そして、反対派の者は、今日は攻撃をしてこなかった。

 他のメンバー、特に後光がいるからかもしれない。


 食事の量がかなり物足りないため、おかわりをしようと立ち上がる。

 歩いていると、隣に足音――えっと……、ギャル子だった。


「ん、ついに直接攻撃か?」

「誰にも言わないのは、評価するわよ」


 ああ、フォアイトに助けを求めないって事? 

 まあ、別に困ってないし。

 お前らとの遊びみたいなもんだと思ってるからな。


「あたしは、まだ認めてない」


 そうか。

 ……仲良くしとかねえとなあ。


 認められるためにはどうすればいいのだろう……、

 肉をあげればいいのか? いや、巣窟にいる魔獣じゃあるまいし。

 俺の親父と同じ単純思考ってわけでもないだろうし。

 ……共通点を見つければいいのか。


「お前は、フォアイトの事が好きなのか?」


「はあ? 当たり前でしょ。

 だから忠誠を誓ってるのよ、バカじゃないの?」


 あんただってそうでしょうが、と言われ、頷けない自分がいた。

 確かに、あいつの事は気に入っているが、

 ギャル子ほど、あいつに尽くしているわけじゃない。


 俺とあいつの関係は、主従関係……、

 でも、対等のつもりなんだよなあ。


 あいつの隣は、旅をしているように、発見がたくさんあるから。


「そりゃあ、そうか。

 お前らは、好きだから騎士団なんだよなあ――」


「なによ、ぶつぶつと言って」

「見せてやる」


 俺は遮るように。

 ギャル子は、ぽかん、となんの事だか分からずに。

 俺はそのまま、先を続ける。


「忠誠心ってものを、見せてやる。

 お前らに、俺を認めさせてやるよ」


 そう、お前じゃなくて。


 ――お前らに。

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