第18話 逆転する世界

 二人の喧嘩を仲裁するかと思いきや、

 逆に騒ぎを大きくし、しかも喧嘩に参戦したフォアイトは、

 数分間、暴れて、やっと落ち着きを取り戻した。


 それから、朝食も食べず、食堂を後にする。


 自室へ連行されたのは、なぜか俺だけだった。

 寝起きでボケている、ってわけでもないのか。

 フォアイトが椅子に座り、ん、と顎を少し上げる。


「なんだよ」

「髪、整えて」


 そういうのはメイドがやる事じゃないのか……、

 こうしてこいつの世話をするのも、これで二日目だ。


 当然の事だと最初は思っていたが、

 メイド達に「仕事を取らないでくれ」と言われ、

 本来なら俺がするべき事ではないと気づいた。


 というか、今まではメイドにさせていたらしい。

 なら、わざわざ俺にやらせなくても……。


「早く」

 振り向き、睨んでくるお姫様。

 そうだ、こいつはこういう奴なんだ。


 まあ、拒否はできるけど、する理由もなかった。

 あいあい、と頷き、フォアイトの髪を掴む。


「今更だけど、俺、あんまり上手くないぞ」

「本当に今更ね……」


 既に二度、同じ事をしているわけで、

 出来は良くない、と自分でも分かる。


 それでも、フォアイトは納得しているらしく、

 特になにも言われなかったが、さすがに気になる……あれでいいのかよ。


「いいのよ。出来不出来は関係なく、

 あんたとコミュニケーションを取るのが目的だから」


 必要以上に俺を連れ回すのも、そうなのか。

 確かに、フォアイトがいなければ、俺はなにをすればいいのか分からない。


 メイド達も最初は怯えていたが、

 フォアイトがいる事で、俺にも話しかけてくれるようになった。

 ……なんだ、意外にも、けっこう気を遣ってたんだな。


「なによ、私だって気を遣うのよ」

「そうには見えねえけど……」


 繊細なの、と言うが、

 さすがにそれは嘘だろうと即答できる。


「なにを言われても気にしないだろ。

 悪意を悪意で返すぐらいのハングリー精神を持ってるんだから」


窮鼠きゅうそだろうと食い殺す」

「容赦ねえな」


 そんな雑談をしながら、


 しかし、一度に二つの事をするのはなかなか難易度が高い。

 しかも片方は細かい作業(俺にとっては)なので、手元がおぼつかない。


「やべっ、引っかかった」

「いだっ!? ちょっと、くし! 髪の毛が引っかかってるっ!」


 変に絡まってるな……、

 無理に取ろうとすると、ぶちぶちと髪の毛が抜けそうだ。


 抜けても数十本なので、気にしないと言えば気にしないが……、


「私は気にするの! 丁寧に取ってよね!」


「力づくでいいじゃねえか。

 一本一本、絡まったのを解くのか?」


 そう! と力強く言われ、やる気がなくなった。

 櫛を絡めたまま、ぶら下げる。

 そのまま放置する。

 うん、これはこれで、アクセサリとしていいんじゃないか?


「私の死角だから分からないけど、似合ってるわけないでしょ……っ」


 いやあ、そうでもねえよ。似合ってる似合ってる。

 言うと、口ごもったフォアイトに希望を見たが、


「――って、そんなわけないでしょっ!」


 まあ、通じなかった。

 そりゃそうだろう。


「あ、そうだ。抜けなければいいんだろ? 

 毛根を痛めなければ、問題はないわけだ」


 それは、まあ、と、フォアイトの反応が良い感触だったので、

 俺は部屋の隅に置いてあったそれを取る。

 団長が持っていた神器よりも太い、刀ではなく、剣と言える代物。


「これで切れば解決だ」


「神器を日用品レベルで使わないでくれる? 

 あと、なんであんたの神器が私の部屋にあるのよ」


 いや、まあ、使わないし、

 部屋に置いておくと、邪魔だし。

 とりあえずフォアイトに返しただけだぞ……、ダメだったのか?


「……その辺に捨てられるよりは、全然いいけど……。

 それ、あんたが騎士団である証明でもあるんだから、きちんと持っていなさい」


 えぇ……? かさ張るよ、これ。


 ……いらねえなあ。


「いらない言うな。

 ……持っておきなさい、これは姫としての命令よ」


 なら、仕方ねえ。


 横に寝かせておいた剣を、壁に立てかける。

 持って帰るのを忘れないように。


「そんな、傘みたいな扱い……」


「あ、じゃあ置き傘みたいな扱いでもいいじゃん。

 必要な時にここから取り出せば」


「身分証明だっつってるでしょ! 

 いつ使うか分からないんだから、いいから諦めて持って帰れ。

 そして常備しなさい。使わなくても! 持つ事に意味があるのよ」


 へいへい、と返事。

 神器は使わず、爪で髪の毛を切る事にした。


 切るは切るでも、焼き切る。

 一瞬の摩擦が、フォアイトの白色を辺りに散らす。


「あ、やべ。床に髪の毛が落ちた」

「いいわよそれくらい。あとでメイドの誰かが掃除するでしょ」

「それもそうだな、それがあいつらの仕事だし」


 そうねー、そうだなー、と、中身のない相槌。

 内容は関係なく、なにかを話しているって感じを出したかっただけなのだ。


 そしてフォアイトの髪も元通り、とはいかなかったが、

 寝癖も直って、いつも通りの容姿になった。

「ん、準備万端」

 らしいが、服はそれでいいのか。


「それもそうね。さて、今日はどれに――」

 と、鼻歌混じりに服を選んでいたフォアイトの手が止まる。


 あ、鼻歌も止まった。

 それからむすっとして振り向く。

 クローゼットの中が丸見えだった。


「なんだよ」


「なんだよ――じゃねえわよ。

 私は今から、着替えるの。とっと出ていきなさいよ」


「? なんでだよ。恥ずかしいって、わけじゃねえだろ。

 昨日……いや、一昨日か。

 サウナで一緒になったじゃねえか。

 しかもタオル一枚で。

 のぼせて倒れたお前を介抱したのは俺だし、ぜんぶ見たぞ?」


 ――殺す、となぜか言われた。

 助けてやったのに……、恩を仇で返された。


 片っ端から、掴んだ服を投げつけてくるが、

 丸めたわけでもない服は、俺に届いてもまったく痛くない。

「あ、良い匂い」


「嗅ぐな!」


「いや、ほんのり漂うんだって。

 つーかこれ、別にお前の匂いじゃねえじゃん、洗剤の匂いだろ」


 もしくは、

 クローゼットの中に放置していたために染みついた匂い。

 どっちも、匂いがついている。


 臭くねえよ、と言ったのに、

 そういう問題じゃないわよ、とまた切れられた。

 ……沸点が分かんねえよ。


「人の匂いを嗅ぐなって言ってんの! 

 ……その、いきなりは困るでしょうが!」


「なんで困るんだよ……、

 だから、臭くねえって。落ち着く匂いだぞ」


 フォアイトの匂い。

 そうとしか言えなかった。

 嫌いじゃないんだから、いいじゃん。


「……はぁ、いいわよ、じゃあ」


 許しが出たのでほっとする。

 怒っても恐くはないし、痛くもないけど、

 面倒ではあるので許してもらえるのならそれが一番良い。


「…………」

「なんだよ、まだなにかあるのかよ」


「そうね、全て見られたとは言え、やっぱりモラルは大事だと思うの」


 モラル。

 お前がそれを言うか……、俺も大概だろうけども。


「いいから、とっとと出てけ」


 押し出された俺は、廊下で尻もちをつく。

 ばたんっ、と強めに閉められた扉。


 ……カリカリしてるなあ、いつもいつも。

 なんだか、気を張ってる感じが気になる。


「まあ、姫様も大変って事なんだろ」


 俺には到底、いや、絶対に分からない事だ。


 着替えが終わるまでその辺りをぶらぶらしていよう――、

 と、歩き始めたところで、妙な匂いが漂っている事に気づく。


 フォアイトとは段違いだ。

 比べるのも失礼なくらい。

 今の匂いは、不快だった。


「……ああ、毒か」


 何度も嗅いだ事があり、なおかつ、食べた事もある。

 いつの間にか仕込まれているため、気づかずに体内に入れてしまうが、

 そもそもで効かないので、警戒する意味もないのだが。


 壁は毒のせいでやや腐ってしまっていた。

 おいおい……、嫌がらせにしてはやり過ぎだろ。


 俺への攻撃が、建物への攻撃になってる。

 間接的なフォアイトへの攻撃になっている事に、気づいていないのか?


「まあ、やっぱり文句がある奴は未だにいるか――」


 モヒカンや団長、あとは大槌を持った大男……、

 あいつらみたいに、歓迎って気持ちでいられるわけじゃない。

 興味を持たない者も中にはいるが……、

 嫌がらせを繰り返してくる反対派も、確実にいる。


 三日目だが、こうして襲われるのは何度目か分からない。

 まあ、襲われたとは言っても、

 相手は正体を見せずに、俺が戸惑うのを観察しているだけだが。


 殺す気はないように見える……、手加減をしているのだろう。

 だから、まったく苦じゃなかった。


 すると、鉄を叩いたような金属音。


「おっ、これは……、分かんねえな」


 声が聞こえない、音も、なにも。

 真っ暗闇だった。

 光を見失う、視界を奪われた――俺には関係ないけど。


 感触と嗅覚が生きているなら、平常時と変わらず動く事はできる。

 目や耳からの情報がない分、いつもよりも深く、感覚で活動できる。


 なので、分からなかった事が見えたりする。

 いや、見えないんだけども、直感でなんとなく。


「神器にも射程範囲はあるだろうしな。

 しかし、音、か……、拡張させたらどうなるんだか」


 一つ上の階、そこに毒を扱う……あいつ。

 感覚を音によって操る、女がいると思う……たぶん。


 顔と名前と神器が一致しねえ……。


 まあ、会ってみれば分かるだろ。




 昨日は結局、会えなかった。

 逃げ足が早いのか、見当違いなのか。


 ともかく、使えなかった感覚も戻ってきたので、一件落着ではある。

 だが、これからもこれが続くなると……、俺は構わないけど。


「迷ったな……」


 元々、広い王城の中を全て覚えているわけではないが、

 一応、よく使う場所までの、特定のルートは覚えている。


 その通りに進んでいたが、いつも通りに道に迷った。

 覚えているのに、道に迷った。

 じゃあ覚えてないじゃん、と、フォアイトならそう言ってたな。


 そして、恒例になった金属音。


 ――今日の嫌がらせの時間の始まりだった。


「うげ、気持ち悪いな……、

 今日は上下逆さま……ああ、左右もか」


 苦ではないが、それでも面倒な神器である。

(思い出した)そう、ギャル子の神器……。


 音を聞いた者の、恐らくは、問答無用で『感覚』を操る事ができる――。

 五感、だ。


 それらを消したり、生み出したり、入れ替えたり、差し込んだり……、

 日常的に嫌がらせをするにはとっておきの能力かもしれない。


 加えて、

 空気に混じる毒もあるため、組み合わさるとかなり鬱陶しい。


 しかし四日目で、なんとなく分かってきた。

 俺への不満を抱いているのは、二人。

 しかも、今なら、誰だか特定できてしまっている。


 やめさせるのは簡単だ。

 脅せばいい……、だが、それじゃあ信頼関係なんて生まれない。


 まずは、俺自身を二人に認めさせるところから始めようか……。

 とりあえず、この上下左右逆さまの世界を、いつも通りに過ごしてみよう。


 頭で理解すれば簡単。


 あとは逆さまにすればいいのだから。

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