2章 死刑囚マスク・ド・ラゴン【語り:リグヘット】

第17話 三日目の朝

「よう、リグ」


 真っ赤なモヒカンの男が近づいてきた。

 お前は相変わらず朝が早いなあ、と、

 さも当然のように、こっちが食事中なのに目の前に座るそいつ……。


 やばいな、誰だこいつ。


 騎士団のメンバーか? 

 全員と会ったような気もするけど、ないような気もする。


 正直、ぜんぜん覚えていない。

 この前も、知ったかぶりをして騎士団の誰かなのかと思って話しかけたら、

 この城を掃除するメイドだと言われた。

 メイド、というのも初耳だ……、知らない事ばかりだった。


 あいつ、フォアイトが言うには、

 まだ姉と妹がいるらしいが、それも見た事がない。


 すれ違っていたりするのだろうか。

 今度、フォアイトに聞いてみようか……、


 いや、聞かないでほしいってオーラをばんばん出してるから、ダメなのかもしれない。

 触れたらいけない部分か?


 どこに触れていいのか、分かんねえよ。

 まあ、無難に、なにも聞かないでおこう。


「おっ、美味そうなカツを食ってやがるじゃねえか、俺にも一つよこせ」


「今日はメイド服じゃないんだな」

「俺がいつ着たんだそんなもん!?」


 そう言えば、メイド女性一人のメイド服が盗まれてしまったらしい。

 服はまだ返ってきていない。

 犯人も未だ不明のままだった。

(ネタ晴らしをすれば、仮装イベントのためにフォアイトが借りて、返していないだけなのだが……騒ぎが大きくなり過ぎて、あいつも言うに言えないらしい……、あいつらしくもなく)


 そのため、メイド達はカリカリしている。

 仕事はいつも通りの完成度だが、笑顔が少ない気がする。

 互いのコミュニケーションも、ぎくしゃくしている感じがするな。


 そんな時、メイド服というワードが飛び出たのだから、視線はここに集中する。

 しかも、目の前の男はメイド服を着ていたと言うのだから、尚更だ。


「いや、だから着てねえよ! なんで俺を悪者にしたがるんだ! 

 ――おい、お前らも! 違うからな!? 俺は盗んでねえよッ!」


「犯人はいつもそう言うんだよ」

「犯人って言っちゃった! 

 天然かと思ったが、思いきり俺を悪者に仕立て上げようとしてんじゃねえか!」


 数日前はこんなんじゃなかったのに……、とモヒカンが頭を抱える。


 ……あ、なんかこの姿、見た事あるな。

 頭を抱えるこのポーズ……、そして、モヒカン。


「ああ、第一席の。

 見た目と性格とキャラクターで損をしてるあいつか」


「お前、俺のことを忘れてたな。

 お前が騎士団に入ってもう三日目だ、いい加減、覚えろ!」


 まだ三日目だろ。

 そう何度も会わない奴なんか、いちいち覚えてられねえよ。


「いや、毎日、食堂で会ってるだろうが……。

 言っちまえば騎士団もメイドも、全員と会ってるはずだぞ」


 さすがに王族は飯の場所が違うから会ってねえけど――と、丁寧に教えてくれた。

 こいつは、実は良い奴か。


「忘れるな、俺はてめえの先輩だ。

 先輩にはカツを渡す、そういうルールがあるんだよ」


「ん、そうか。じゃあカツをやるよ」


 箸を使ってカツをモヒカンの器の上に落とす。


「うっひょー!」

 と、テンションの上がったモヒカンは、たった一切れを過剰に味わって食べていた。

 ……カツが好きなんだな……、美味しいけどさ。


「……私のカツ、どこ?」


 普段と比べて低い声だった。

 刀身を剥き出しにした刀を、モヒカンに向け、切っ先を喉元に突きつける。


「あんただ」


「どいつもこいつも真っ先に俺を疑いやがってっ! 

 知らねえよ! お前のカツなんて知ら――」


 そこで、モヒカンが口を閉じる。

 ごくん、と飲み込んだ音。


「……リグ。まさか……いやあ、まさかなあ。

 もしもそうなら俺、気づくはずだしよお」


 リグは確かに俺の器にカツを置いた……と、

 そこで重大な事に気づいたようで。


「俺、リグがどこからカツを取ったのかまでは、見てなかった――」


 まあ、見えない速度で取ったので、どっち道、見えていなかったわけだけど。


「カツ、うまうま」


「リグぅ! やり口がマジでお姫さんそっくりになってきたよ! 

 こいつっ、毒されてるじゃねえか!」


 確かに、この料理にも毒が入ってるな……あいつか。

 ぜんぶ食べてるけど、特に影響はない。

 体の方がまだ強いらしい。


 どこからか、舌打ちが聞こえたが、目の前はそれどころじゃなかった。


「落ち着け後光、俺は知らなかったんだっ! はめられたんだ、リグに!」


 キッと、後光が俺を睨んだ。

 俺はテキトーに、知らね、と手を振る。


 すると、敵意が再びモヒカンに向いたようで。


「間違ってもいい……、ありったけ、あんたを斬る」


「テーブルに足をかけるな、構えるな! 

 それじゃあ、フルスイングで、マジじゃねえかッ!」


 ちょうどいいじゃん、そのモヒカン、手入れしてもらえば?


「モヒカンだけじゃなく、重要な頭部までもが持っていかれるわっ!」


 大してなにも詰まってもいないそれ、お前に必要なのか?


「言う事もお姫さんみたいになってきてる!」


 うぉ!? と、モヒカンが頭を振って避ける。

 刹那の風切り音。


 振り抜いた刀が俺の視界を横切る。

 余裕で当たらない距離だったので、驚きはしなかった。

 ……にしても、よく避けたなあ、それ。


「避けられないだろうと思いながらも助けないお前の感覚、すげえな」


「いや、避けられるだろうなあって、思ったし」


 嘘つけ! とモヒカンが自分の器を持ち、

 本格的な逃げに入ったところで、食堂の扉が、ばんっ、と開かれた。


 顔を出したのは、我らが主人、フォアイトだった。


 寝癖を手入れせず、

 不機嫌さを丸出しにして、

 なぜか服をはだけさせながら。


 完全に無防備だった。


 無防備っていうか、あいつは完全攻撃ってタイプだからなあ。


 そして食堂の中、


 ほとんどの者が萎縮する中で、あいつが一言、言い放つ。



「朝からうるっさい」

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