第16話 ワンダvsリグヘット その2

「達人、ってわけでもないし……、じゃあ、やっぱり天才?」


 リグヘットを言い表す時、消去法で考えると、天才になるわけだけど、

 それで片づけていいレベルの枠には、収まっていなかった。


 天才でもまだ足りない。

 天災と言えば近いかもしれない。

 しかし、それでも物足りないと思ってしまう自分がいる。


 ――怪物、獣。

 人間らしくないそんな代名詞が思い浮かぶ。

 でも、それでしっくりきてしまうのだ。


 しっくりくるけど、納得はできない。

 そんな言い表し方、あいつに似合わないし。


「退きなさい」


 群衆を言葉一つで退かし、観客席の一番下の、一番前の席へ向かう。

 観客は割れた海のように広がり、大げさだった。


 手すりに手を置き、身を乗り出すようにしてステージを覗く。

 透明の蓋が邪魔だった。

 透明だからこそ向こう側が見えるけど、

 やっぱり、多少の曇りがある。


 それがなによりも、鬱陶しい。


 さっきまで、壁のように張ってあったマス目のような光のラインが、

 今度は複雑になった網目状になる。

 そして、魚を捕獲するような網のように、柔軟な動きをしながら、

 動くリグヘットをすくい上げようと、だけど逆に、振り回されている。


 抜け出せないような小さな穴も、

 リグヘットは器用に潜り抜けていた。


 ――しかし。


「……その隙間、いるの?」

 

 仕留めたいのなら穴など作らなければ、たったの一回で済む事だ。


 隙間がなければならない、という条件でもあるのなら、言う事はないけど、

 もしも任意に設定できるとしたら。

 穴の使い道なんてのは、抜け穴しかないだろう。


 相手を通す事が目的になっている場合。


 抜けた先、そこに本命を張っておくのが、戦術として、オーソドックス。


「リグヘット!」


 真っ黒な、丸い球体。

 光を反射しない、井戸の奥底のような黒さ。


 黒いけど、表現として、暗いが似合う。

 真っ暗闇を取り出し、物質にするとしたら、まさにあんな球体になりそうだった。


「うおっ」

 リグヘットの片腕が、球体に――ばちんっ、と貼りついた。

 その吸引力は凄まじく、

 リグヘットは片腕を封じられただけで、身動きが取れなくなった。


 この席なら、二人の会話も聞き取れる。


「なんだこれ、離れねえ」


「吸い込みはしないが、吸い寄せる事に特化させた魔法だ。

 ……ブラックホールっていう、なんでも吸い込んでぐちゃぐちゃにする概念。

 俺も魔法でしか知らないけどな」


 実物はどこにあるのか……、

 伝説だけで、実際はないのかもな。


 なんて、ワンダは言うが、いやあるよ。

 決まった位置に出るわけじゃないけど、それでも確実に存在する。


 けど、私達がその被害に遭う事はないってくらい、

 さらにさらに、大空にあるって噂だけども。


 もちろん、旧時代の話。

 ま、実際に存在するかどうかはどうでもいい話だ。


 問題は、その疑似的なブラックホールが、

 魔法によって生み出されてしまっているという事実。


 今のリグヘットに攻撃を避ける選択肢はなかった。


「……確かに、やばいな。いま攻撃されたら、されるがままだぞ」


「だろうな。今ならチャン――」


 そこで、ワンダが止まる。

 リグヘットが露骨に舌打ちをした。


「あぶねえ。この空いた距離を崩した瞬間、お前は俺を、引き寄せようとしただろ」


 片腕がなくとも、両足がある。

 地面を叩いた振動一つで、ワンダのバランスを崩すくらい、造作もない。

 そんな表情をするリグヘット。


「吸い寄せられたら解除するしかないだろ、この球体。

 ……ちっ、あと少しだったのにな」


「でも、これで証明されたことがあるな」


 ……気づく。

 期待していたが、私が気づいて、ワンダが気づかないなんてこと、あるわけがないか。


「お前はそこから抜け出せねえ。だから解除させたいんだろ、俺に」


「…………」

 リグヘットの表情が変わる。

 いつもの、余裕の感じじゃない。


 考えないと抜け出す策が分からない、と言ったように。


 頭の中では必死な様子だ。


「さて、ここから先、俺はお前になんでもできる。

 煮るも焼くも好きにできる。

 お前はまな板の上の魚なんだよ。

 ……どうする、降参するか、リグヘット」


「しないよ」


 断言する。

 どんな拷問も、絶対に効かないと思わせる力があった。


「なぜそこまでこだわる? 

 お前には、騎士団に入りたい、大層な理由なんてねえだろ」


 いや、ワンダ、あんたもね。


 借金返済のために騎士団に入ろうとする奴の理由を、大層とは言えないわよ。

 あんたからしたら大変なんだろうけど。


「肉、丸焼きって言ったから」


 しかも毎日、とリグヘットが笑う。


 ……そんなのでいいのなら、いくらでもあげるのに。

 そんなに嬉しそうな顔をされると、

 相場よりもかなり安く売りつけた私の方が申し訳なくなる。


「そんなので、命を賭けるのかよ」

「命なんて、毎日賭けてるさ」


 生きるために、命をベットしてんだよ、と。


「……お前、あんな姫様の下について、いいのか? 

 言っとくが、あいつは想像以上に、最悪だぞ」


 全部、聞こえてるっつうの。

 ワンダめ……、あとで覚えておきなさいよ。


「暴力的だしわがままだし、言う事を聞かないし、無茶ぶりはするし、

 要求を飲まないとすぐ殴るし、女だし……」


 最後のはどういう事かな? 

 もういっそ、乱入してやろうかな……。


「あれがお前の守りたいものになるのかよ?」


「いいや、あいつは守られる側じゃないと思うぞ」


 一瞬、リグヘットの視線が私の視線とぶつかった気がしたけども、

 気づけばリグヘットはワンダと向き合っており、背中を私に見せていた。


 今の、感覚……。


 ともかく、二人の会話に、私は引き込まれっぱなしだった。

 リグヘットの本音……。


 近くにいた騒がしい男達を黙らせ、耳を傾ける。

 少しでも気を抜けば、聞き逃してしまう二人の声量。


「あいつの周りが面白いと思った。

 だから入りたくなった。そんなもんだぞ、理由なんて」


 命を賭けるには、充分過ぎるだろ? 

 と、リグヘットが、球体から力づくで腕を引き離す。


 疑似ブラックホール。

 それでも、リグヘットを引き止める事はできなかった。


 吸い込まれながらも、リグヘットの踏み込みは止まらない。

 前へ前へ、着実に、進んでいく。


 地面が凹むほどの力で。

 やがて、リグヘットの指が、ワンダに届きそうになる。


 残り、数歩。


「最後だ」


 カチッ、と音がしたと思ったら、

 リグヘットの全身を真上に吹き飛ばす、突風が生まれた。


 それは螺旋のように捻じれ、見たままの竜巻となっている……、

 が、吹き飛ばされたはずのリグヘットの姿はなく、目線を下ろす。


 すると、風などなかったかのように、変わらず歩いているリグヘットがいた。


「最後に、間近で殴り合いでもするのか?」


「いや……、――やーめた! 

 お前を倒せそうにないし、降参させる可能性もないと見た。

 だったら、さっさと諦めるに限る。で、新しい方法を探した方が有意義だ」


 ワンダが両手を挙げた。

 それはルール上でも、降参とされるポーズだ。


「いいのか?」


「いいんだよ。じゃあよ、忠告だ。

 あいつ……フォアイトは、大変だぞ?」


「あ、思い出した。

 あいつ、フォアイトって名前だ」


 今更そこからかよ! 

 と、ワンダとリグヘットは、最後に同時に噴き出した。


 こうして、二人の天才に勝敗がついた。


 諦めて降参するという、ワンダらしい黒星で。




「正式なあれこれはまた別日にするけど、

 一応、これであんたも、晴れて騎士団のメンバーよ」


「おう」


 なんとも素っ気ない返事で、騎士団、最後のメンバーが埋まった。

 当の本人は嬉しさを微塵も感じてはいそうになく、

 口を開けば、夕食の事ばかり考えていた。


 ……リグヘットが勝って、嬉しかった自分がバカに思えてきた。

 むかついたので、後ろからお尻を思い切り蹴る。


「……お前、なにやってんだ?」


 ……放っておいて。


 鉄を蹴ったような痛みだった。

 こいつのお尻、どうなってるのよ……。


 お腹に鉄板を入れているのを知らずに思い切り殴った、ってわけじゃない。

 お腹そのものが鉄でできているような……、実際に触ると、普通なのになあ。

 引き締まっている、けど、人間らしく、肉があって、ぷにぷに。


「……フォアイト、なにしてるの?」


 振り向けばランコが一歩、引いて見ていた。


 距離的にも、精神的にも。

 冷静に私の今の状況を見ると、

 リグヘットの服をめくって、中腰でお腹を触っているわけで。


 ……確かにおかしな光景だ。

 やばい……、冷静になると、なにやってるんだろう私感が出てきてしまったので、

 仕方なく、このまま突っ走ってしまうことにする。


 変な事だと自覚しちゃうから、変な風に見られてしまうわけで、

 自信満々でいれば、特に突っ込まれたりはしないのだ。


「ああ、これ。いつもの事だよ、普通でしょ?」

「普通じゃないわよ、私だって、ワンちゃんにやらないわよそんなこと!」


 やりたいけどさせてくれないんだもの! 

 と、願望が漏れてる漏れてる。

 隣を歩く敗者のワンダは、されているところを想像したのか、目を逸らす。


「なにエロい目でランコを見てるのよ変態」


「見てねえよ! つーかランコ、お前もお前で目をキラキラ輝かせるなよ! 

 エロい目で見られたら普通は恐がったりするもんじゃないのか!?」


 ああ……、ランコも同じように狂ってるんだった。


 好きな人にならエロい目で見られたいもんね……、

 とは言い切れないから、ランコがおかしいとも、これまた断言もできない。

 けど、やっぱり、ランコもおかしいよね。


「それで何の用よ、負け組」

「死者に鞭を打つような真似すんなよ……」


 してないわよ、私が鞭を打つ相手はあんたしかいないわよ。

 叩けば叩くほどに埃が出るゴミにしか、打つ気はない。


「人を貶めないと気が済まないんだな、お前は」

「話を逸らさないで、負け犬」


「な、殴りてえ……」

 

 ワンダが拳を握るが、

 負けたこと自体は本当なので、言い返す事もできないようだった。


 はっはっは、魔法使い最強も、所詮はその程度。

 口喧嘩で言い負ける。


 あと、ワンダが拳を握った瞬間に、

 さり気なくリグヘットが一歩前に出たのはポイント高い。


 騎士団としての自覚が出てきてるわね。

 順調順調、良い調子。


「いや、別に騎士団とか関係なく、

 目についたからいつでも対応できるようにしてただけだぞ? 

 これくらいなら、いつでもやってやれるのに」


「へ? え、あ、うん。……ありがと」

 

 立場関係なく、いつでもどこでもお前を守る、みたいな事を言われた……、

 もちろん、リグヘットに、言葉よりもさらに奥の意味なんてないだろうけど、

 それでも、言われたらドキっとするような言葉だ。……やっぱり、天然だ。


 国や町ではなく、自然で生きたらしいリグヘットは、素で天然だった。

 そして、いま言った言葉はもう忘れてる。

 ワンダが拳を緩めたら、リグヘットも警戒を失くした。


 ゼロにするのもどうかと思うけど、

 彼の場合、ゼロから十まで、一瞬と大差ないのだろう。


 リグヘットらしい極端な緩急だった。


「……ワンダ、なによその顔」


 にんまりとした、意地汚い笑みだった。

 クズがすると、尚更、最低な絵面の完成だった。


「いやあ、なんでも」

 嘘つけ、絶対、なにか企んでる。

「企んではねえよ。気づいただけだって」


 なによ。

 言いなさいよ、これは姫としての、命令よ。


「大したことじゃねえって。

 ……お前の弱点、リグヘットなんだなって、思っただけ」



 調子に乗っていたワンダへの反撃として、

 ランコに借金の事を明かしておいた。


 怒らないと思っていたけど、金額がちょっとあれだったらしくて、

 ランコも許容オーバーだったらしい。


 だけどワンダの見えないところで微笑んでいたので、

 ……ああ、怒りたいだけなんだな、と分かった。


 まったく、あいつは幸せ者だなあ、と、他人事だけど、思った。


 夜になる。

 リグヘットの件について、ひとまずは色々と置いておくことにして。


 もう今日だけで多くの仕事を処理した。

 歓迎パーティやら顔合わせやら、

 その辺は一緒にできるよね、なんて考えていたら、気配に気づく。


 ベッドに横になった私は、わざわざ起きて、窓を開けた。

 夜空と月と一緒に、リグヘットの姿があった。


「ん、なんだ、まだ起きてたのか」


 電気が消えてるから寝てると思ったぞ、と。

 いや、聞きたい事はそれじゃなくて。


「なんで、いるのよ」


 騎士団として活動してもらうのは明日からなんだから、

 今日は宿で過ごせる最後の日でしょ? 

 もっとゆっくりしていればいいのに。


 なにも、私の護衛なんかしなくても……、

 というか、護衛なんていらないわよ。

 わざわざ王城に襲撃する輩なんて、いないでしょうし。


「だろうな。けどまあ、一応。……気になったからな」


「私の事が?」


 リグヘットが、うん、と頷く。

 ……ふーん、良い傾向ね。

 あんたは、扱いやすそう。


 けど、扱う、なんて……、そんなのあんまりだなあ、と思った。


「好きなようにしなさいよ、別に命令とかしないから。

 仕事はきちんとしてもらうけど」


「分かってる。今更だけど、衣食住、別に、俺には必要なかった。

 全部、自分でなんとかなっちまうからな」


 でも気にすんな、別にやめたりしねえよ――そう言ってくれて安心した。


 しかし、今ではないけど、いつかは辞める、

 そう言っているようにも聞こえる。

 それは、リグヘットだけに当てはまらないけど。


「……あんたは、なにが欲しいの?」


「刺激」


 リグヘットの歪みは、たぶんここなんだろうなあ、と思う。


「退屈しない、刺激が欲しい。

 追い詰められる、絶望が欲しい。

 どうにもできないような、壁が欲しい。

 全てを捨てたくなるような――強敵が、欲しい」


 それを見つける旅でもあるんだよ。


 ――それが、リグヘット。


 あれだけの強さを持ちながらも、慢心しない。

 さらに高みを目指す。

 その先を見せてあげるのが、私の役目なのだろう。


「じゃあ、ちょうどいいじゃない。

 ここは、そういう場所よ?」


 祭りの国。


 刺激なら、どこを見ても、


 いつでも転がっているような場所なのだから。

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