第15話 ワンダvsリグヘット

 開始、数十秒、動きがなかった。

 けれどステージ上の二人は、何度か声をかけ合っていたらしい。


 しかし、この距離ではあまり分からない。

 読唇術があるわけでもないし、まあできないこともないけど、正確じゃない。

 なので、観客が盛り下がるような、退屈な立ち上がり。


「『先手、譲るぞ』『そうか? んじゃ、俺からな』ってやり取りしてるな」


「ランコ、読唇術できたのね」

「え? できないよ?」


 と、ランコは不思議そうな顔で。


 そう言えば、ランコは私の右隣で観戦している。

 けれど最初、声がしたのは左側からだった。


「……誰?」

「ハロー。えっと、その髪の色は、この国のお姫様だよね?」


 見知らぬ女だった。

 でも、大人ってわけじゃない。

 年齢は近そうだ。


 彼女は引き続き、リグヘットとワンダの会話を読む。


「読んではないんだなあ、これが」

「? 読んでない……?」

「そ、聞いてるんだ。この耳で、しっかりと」


 聞いてる……、はあ!? 

 ここからステージまで、どれだけ距離があると思って! 


 親指と人差し指で丸を作った中に、

 二人がすっぽりと収まってしまうくらいなのに!


「あたし、耳が良いんだよ」


 良いってレベルじゃないと思うけど……、


 そんなの人間技じゃない。


 ……ふうん、人間技じゃない、ね。


「あんた、もしかして亜人?」


 さあ、どうだろうねー、とはぐらかされたが、

 知りたいわけでもないし、スルーしておいた。


 まったく、

 最近は私がお姫様だってのを分かりながら、

 ずけずけと踏み荒らしていく奴が多くて困ったものだった。

 それに慣れてしまった私も私だけど。



 初撃。

 踏み込みから一発、

 爆発的な勢いで突っ込んだリグヘットが、見えないなにかによって、真横に吹き飛ばされた。


 地面をバウンドしながら、壁に激突する。

 ……正方形のステージがあるけど、あんなものは飾りでしかない。

 場外は敗北条件には入っていないのだ。


 降参、もしくは気絶、戦闘不能が条件である。

 ただし、もちろん殺害は禁止。


 あとは、イベントのショーであるため、そのことを考えたダメージに抑えてほしい。

 生きてはいても、グロテスクな映像が視界に入ってしまうとダメだからね。


 試合前にうんざりするほど伝えてはいるけど……、

 ワンダはあえてやりそうで、リグヘットは無意識にやってしまいそうな予感がする。


 まあ、されたところでそのダメージをそのまま受ける二人ではないとは思うが……、

 だとしても、不安。

 なんで私がこんなに胃をきりきりさせなくちゃならないのよ……。


「いま、なんでリグヘットは吹っ飛ばされた……?」


「空気弾だな」


 亜人(らしき)の女が答えてくれた。


「あいつセコイなー。

 先手を譲るとか言いながら、見えない攻撃で横から不意打ちとか。

 戦略と言っちゃえば、そうなんだけど」


 ワンダらしい。

 ランコを見るとよく分かっていなさそうだった。


 ……ワンダがずるしたんだよー、とは言えなかった。

 まあ、反則しているわけじゃないし……ただ人道的に、どうなんだろうって話で。


「ま、喰らった方は、咄嗟に腕でガードしてたから、

 あれでダウンってわけじゃないけど。

 ……でも、当たりどころ的に、折れてると思う」


 折れて……っ!


「あ、いや。……折れてなさそう」


 手すりに肘を置いた彼女が否定した。

 ちょっと! びっくりさせないでよ!


「今は折れてない……、でも、折れて、すぐに治った?」

「え?」


「受けた側も特殊だけど、やっぱり魔法使いも特殊だよな。

 ――あの空気弾、ただぶつかっただけじゃない」


 彼女はふんふんと頷きながら、


「内側に入って、爆発するなんて……」


 それをされて腕が折れた程度で済んだんだから、どっちも異常だよ。

 ――私には、説明がなければまったく分からなかった。


 もしかしたら、この女の嘘かもしれない。

 嘘の確率の方が高いと思うけど、しかし、あの二人なら可能なところが否定しづらい。


 改めて。

 リグヘットとワンダ……、とびっきりに規格外だ。


「魔法使いは、文字を操るのよね?」

 彼女に聞かれたけど、私は正直、詳しくない。

 そういうのはランコの方が……、


「ランコー」

「なあに、テュアさん」

 と、いつの間にか二人は打ち解けていた。


 私を挟んでそんな仲良くしないでほしい。

 というか、いつの間に知り合っていたんだ、あんたら。


「さっき町中でね」

「ランコって、交友関係が広いよねえ」


 誰とでもすぐに仲良くなれてしまう。

 それはたぶん、ランコが打ち解けやすいからだと思う。

 知れば知るほど、しかし闇は深いけども。


「やだなー、もぅ。私ってば、普通だよー」


 ああ、うん。

 そうだねー、普通だねー。


 まあ、そんなわけはないけどさ。


「んーと、ワンちゃんが言うにはね、

 魔法使いには、成長によって持てる文字があるみたい。

 魔法使いにしか分からない、特殊な文字らしいんだけど……。

 私達で言ったら、五十音の、『あ』とか『い』とか。

 その文字を組み合わせて、魔法によって異なる『文章』を作るの」


「文章……、それが載ってるのが、世間に存在する魔法書なんだな」

「あー、なるほど。だから、読めないけど魔法使いには高く売れるのね」


 昔からの謎が、こんなところであっさりと解けるなんて……、聞いてみるものだ。


「その文章……ものによっては、百文字を越えるらしくて……。

 ワンちゃんは確か、百以上の文字を持ってるらしいの。これ、多いんだって」


 まあ、私達で言う文字、五十音だって、ワンダが持つ文字の半分だ。


「魔法使いだけが扱える文字って、一体いくつあるの?」


「さあ……? でも、増え続けてるらしいよ。円周率みたいに」


 それ、終わりがないじゃない。

 となると、同時に文章の方も作られるわけでしょう? 

 テキトーな組み合わせで、新しい魔法が生まれてしまったり、なんて……、


「そんなのしょっちゅうあるよ」


「しょっちゅうあるの!?」


 うん、と嬉しそうに、ランコが頷く。


 自分の事のように、自慢顔で。


「ワンちゃんってば、天才だからねー」



「じゃあ、その天才を追い詰めてるあいつは、なんて言えばいい?」


 亜人の彼女が指差す。


 ステージ上で、積極的に攻撃しているのはワンダだ。

 数も多く、派手で激しい。

 観客も盛り上がっている。


 しかし、反比例するように、顔色は優れない。

 攻撃をしていても、追い詰められているのは、ワンダの方だった。


 壁のように現れた光のライン。


 まるでマス目のように区切られた空間の中を、リグヘットが縦横無尽に駆け抜ける。

 正方形の穴を通って、常に不規則に動く光のラインに触れずに。


 熱を持つラインに触れたら焼かれ、そして斬られる。

 女が言うには、リグヘットの袖や裾は少し焼かれて、ぼろぼろらしい。

 良いのは耳だけではなく、目も同じく。

 ますます、隣が不気味に思えてくる。


「あたしの事は、やけに詳しいスポーツおじさんと一緒だと思ってくれていいよ」


「別に気にしてないわよ」

 そう? ならいいけど、と構わず、ランコと喋り始める。


 遠いから仕方ないけど、二人の姿が小さく、戦闘が分かりにくい。

 観客席の一番下の席までいけば……、


「あ、ランコ。

 私、近くまでいくけど、あんたはどうする?」


「うーん、そうだね、じゃあ私も――」

 言いかけたところで、彼女が止めた。


 ……なんで止めた?


「あたしにはぜんぶ見えてるから、いかなくてもいいよ。

 こんな人の多いところを通って密集地帯のど真ん中にいくのは嫌だろ?」


 まあ、それもそうだね、とランコが頷く。


 いや、あんたはセール品を買い漁る時、

 もっとタチの悪い主婦たちとバトルしてるでしょうが。


 今更、こんな場所で音を上げるとは思わないけど……、いや、なるほど。


 打ち解け合ったもの同士、喋りたいわけね。

 ……いいよ、別に。

 私が一緒にいたところで喋るわけでもないし。


 彼女の解説はありがたかったけども、近くで見てしまえば解決する事だ。


 遠くからの解説より、よく見て自分でインプットしたい。

 あとはなんとなく、二人の間の空気感に、堪え切れなくなったので、

 どうにかここから脱出したかったのもある……、それがメインかな。


 でも、ちゃんと近くで見たいってのも、本当の話だ。


 私の声がリグヘットに届いたらいいな、と、私らしくなく、そう思った。

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