第14話 決戦のコロシアム

「まあ、そうは言ったものの、今更、ワンダはいらないと言うか……」


「それをよく私の前で言えたよね」


 ストローを咥えながら、隣のランコが、じと目で私を見る。

 けど、ワンダが騎士団に入ったら入ったで、時間なんてそうそう取れなくなるし、

 二人きりの時間なんて今と比べたら少なくなるのよ? 


 それを考えたら、ランコからすれば、入らない方がいいんじゃないの?


「それは、そうだけど……、

 ワンちゃんが入りたいって言うなら、止められないよ」


「入りたい理由は聞いてないんだ」


「うん。たまには働くのも悪くないって言ってて……、

 そんなことしなくても私がいるのにー」


 むすっとしたランコはヤケ飲みをしていた。

 ずずず、とジュースがすぐに底をつく。


 ワンダの奴、借金の事、やっぱり言ってないんだ。

 しかもちょっと格好つけてるし。


 ま、あいつが格好つけるのはランコの前だけでしょうね。

 ――ここで格好をつけなかったら、男としては終わりよ。


「それにしても、

 まさかフォアイトがリグを気に入るなんて思ってなかったよー」


「そう?」

「うん。ちょっと嬉しいよ。あれは私が育てたようなものだし」

 じゃあ、誰なのよあんたは。


 産んでないのに、母親の気持ちばかり体感するのよねー、と嬉しそうに。

 確かに、出来の悪い息子を持つ体験は充分にしているわけで……、

 その経験が活かせればいいけどね。


 と、のん気に喋っていたら、会場にアナウンスが響き渡る。

 実況するのはギャル子とモヒカンだ。

 技術もなく、面白そうという理由で志願した二人は、単体でも華があるため、相性が悪い。


 なので心配。

 ……後光をあそこに挟んでおけば良かったかなあ。

 まあ、今日のこれはただの小さなイベント扱いだし、失敗しても損害は少ない。


 ……にしては、かなりの観客が集まったとは思うが。


「どっちが勝つか、賭けができるんだ……いいの? フォアイト」


「いいのよ。

 別に、国の中にカジノがあるんだし、黙認よ、黙認」


 黙認ってことはダメなんじゃ……、

 気づいたランコだが、まあ、いっか、と気にしないらしい。


 うん、懸命な判断。

 厄介そうだなあ、と思ったら引いたらいい。

 それは全てのことに言えるのだ。


「あ、ワンちゃーん! 頑張れーっ!」


「いや、この歓声の中じゃあ、聞こえないでしょ」


 そう思ったけど、ワンダはこっちを向き、軽く手を振った。

 ……まさか気づくなんてね。

 私も軽く手を振ると、耳元に聞こえる声。


「……ッ」

 びくっとした私に、

「? どうしたの?」


「い、いや、なんでもない。風がくすぐったくて」

 そっかあ、とランコの意識が再びコロシアムのステージへ。

 私は耳を押さえ、呟く。


「……言ってないっつの」


 魔法による言葉の伝達。

 私だけに聞こえるように、あいつは自分の声を、飛ばした。


 私の耳の奥で弾けるように、声を固めて。

 ピンポイントに鼓膜だけを震わせるため、私にしか聞こえない。

 ただ、私はすごくびっくりするけど……だって違和感の塊だし。


「……はあ、借金の事は言わないって、何回も言ったじゃない」


 心配性すぎるでしょ。

 あと、私をちょっとは信用しなさいよ。



 国の中心に建つ王城の真後ろには、円形のコロシアムがある。

 スポーツや舞踊などのショーで使われる事も多く、

 さらにもう一つ、闘技場としての役割を持つ。


 リグヘットとワンダが立つステージの周りには、堅く高い壁がある。

 観客席に被害が出ないように、さらに上から透明な蓋でカバーしている。


 殺害を禁止しているため、まさか壁や天井が破壊されるとは思わないけども……、

 しかしあの二人だと心配だ……展開の予想がつかない。


「どっちが勝つのかしら……」

「ワンちゃんに決まってるよ」

 いや、個人的な感情は抜きにして。


 抜きにしても、現状、ワンダが濃厚か。

 情報の差だろう。


 リグヘットには、ワンダについて、ほとんどの情報がない。


 体感した私や、騎士団の一部が、知っているくらいだ。

 そのため、オッズも、リグヘットの方が多い。


 ワンダに賭けても、彼が勝った場合、

 倍率が低いためにお金は少ししか増えないけども、やはり人気がある。


 それを見て気持ち良さそうにしているワンダに比べ、

 リグヘットはさっきから、なぜか、ぼーっとしていた。


「なにしてるよの、あいつ……」

 まさか緊張……、はしてないな。

 景色の全部が珍しい、って感じの顔だった。


 三百六十度にずっと興味津々。

「……まったく」


 互いに、コンディションは悪くないらしい。


「ランコは、リグヘットがどれだけ強いか知ってるの?」


 んーん、全然、と首を左右に振る。

 道を教えて、買い物を手伝わせたくらいの関係性だし、

 と、接し方に比べて浅い関係だ。


「接しやすいのは、リグがああいう性格だからだよ」

「ああいう?」


「子供みたいなの、本当に……真っ白って感じで」


 ……真っ白なのに、真っ黒な私への皮肉なのかしら。


 確かに、リグヘットは子供だ。

 ほとんどのことを知らない、野生児。


 だからこそ、

 今からどっちにでも染まってしまう危うさを含んでいるのだけど……、


 ほんと、心配だ。


 騎士団に引き入れたのは、それを調整する意味合いもある。

 それに、リグヘットがもしも敵に回ったらと考えると、震えが止まらない。


 そう、それだけ。

 リグヘット獲得は、それだけの意味しかないのよ……ね!


「あ、そろそろ始まるみたい」


 なぜか喧嘩中の実況二人。

 仕方なく自己判断で仲裁に入った後光(ナイス!)が二人をぼこぼこにし

(マイクがきちんと音を拾っていた……殴打音……)、

 えーこほん、と仕切り直して、続きは後光が引き継いだ。


『では、そろそろ始めたいと思います』


 後光らしいけど、これはイベントなのだから、

 もうちょっと盛り上げようとか、そういう気を……、

 いや、でも、そんな質素な挨拶でも盛り上がっているみたい。


 観客席はバカ騒ぎ。

 なんでもいいのか、簡単だなあ……ノリに乗ってるなあ。


 そして、ルール説明の後、コロシアム内が、しんっ、と静まり返る。

 互いが空気を読み合い、全ての音が消えた。

 誰かがごくりと唾を飲んだ。


 汗が滴る音がした――気がした。


 溜めた間を、一気に解放させる後光の声が合図だった。

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