第13話 出会う最強同士

 リグゲット……おっと、間違えた、

 リグヘットが住む宿がある北東付近、『ダウンタウン』。

 宿だけではなく、国民のほとんどがこのエリアに住居を持っている。


 私は、わざわざそこを訪ねたのだけど、リグヘットの姿はなかった。

 どこにいったのかも分からないまま、

 広いこの国の全てを回るのはしんどいので、今日は諦めかけた――その時だった。


 王城に戻ってきたら、目の前にリグヘットがいた。


「お、偶然だな。えーっと、お姫様」

「名前、覚えてないんでしょうよ」


 まあなー、と認められた。

 責める気にもなれない。


「なんでこんなところにいるわけ?」


 王城の目の前で、しかも一人。

 やることなんてないでしょ。


「さっきまで飯を食ってたんだよ。で、仕事を探してた。

 ここにくる前の町では、あんまり稼げなくて、今のところ懐に余裕がねえ」


 ふーん、まあ、そりゃそうだけど、あんたでもお金に苦労するのね。


 サバイバル力があるから、お金がなくとも困らないけど、

 ただ、必要な時に困るってわけね。

 狩猟者ハンターまがいの事をしているのなら、仕事を貰えば……、


「この国は厳しいな、狩猟者の証明書を持ってないと仕事が受けられないらしい」


 まあ、そういうところは姉の意見できっちりとしている。

 怪我人、死人を出さないためのルールらしい。

 実際、リグヘットみたいに証明書を持っていなくとも、

 強い者は数百といるのだから、仕事を任せてもいいと思うけども……、

 魔獣モンスターなんて、湧いて増えてくるんだから。


「じゃあ、いま、仕事がなくて困っていると」


「そういうことだ」


 どーすっかなあ、と危機感はまったくなさそうだった。

 まあ、最悪どうしようもなくなったら、

 それこそ、サバイバル生活に戻ればいいし……とでも思っているのだろう。


 それができるし、慣れているからこそ、楽観的になれるのかも。


 しかし、私からしたら、出ていかれるのは困ってしまう。

 ……仕事、ねえ。

 じゃあ、そういうアプローチで攻めてみるのも、一つの手か。


「リっグっヘットぅっ」


 とんとんたんっ、と、ちょっとジャンプを繰り返して身を寄せる。

 ん? とリグヘットはいつもと変わらない様子で返事をした。

 驚きとか、動揺とか、まったくないわけね……はいはい、知ってる知ってる。


「仕事がないなら私のところへくればいいじゃない」

「お前のとこ?」


「そうそう。いま、王族と国を守る騎士団の一つの席が欠番になってるのよね。

 だから、そこにリグヘットが収まってくれると、こっちも助かるのよ」


「そうなのか……、ん? けど昨日、残りは七人とか言ってなかったか? 

 昨日の時点で二人を倒して、お前を引いて残りが七人なら、欠番なんていねえじゃねえか」


 こういうところの計算が早いのはなんで!? 

 私でも忘れていたようなことをさらりと!


 いや、昨日の残り七人って発言は、ワンダを入れた数で……、

 まあ、そこは誤差とか、言い間違いとか、理由をつけたらリグヘットは納得してくれた。

 最初から疑問だっただけで、不満だったわけではないらしい。


 リグヘットなら、そうだろうなあ。


「お金がたくさん出るわよ」


「いや、たくさんはいらねえよ。

 生活できるくらいでいいんだけど、うーん」


 旅の途中だしなあ、お前に忠誠を誓ったわけじゃねえし、と悩んでいるらしい。


 ……あの、仕える予定の人の目の前で、そういう事を言わないでくれる? 


 しかし――、問題としては確かに大きい。

 忠誠心、現メンバー全員、それがある事、前提だ。


 いくら失礼であり生意気でも、根底にはそれがある。

 だから私も信用しているし、信頼している。


 けど、ワンダもそうだけど、リグヘットにはそれがない。

 もちろん、これから育んでいくわけだけども、だから賭けでもあるのだ。

 スカウトとは、胃が痛くなる。


「飯は出るのか?」

「で、出るけど……」


「外に出てもいいの?」

「まあ、用事があるなら……」


「旅を続けたりできるのか?」

「長期的な任務があれば、それはもう旅ね」


 さすがに今みたいな自由度は減るけど、

 衣食住に困らないってのは、大きいと思う。


 リグヘットはうんうんと頷いた後――、


「いいよ、入っても」


 と、なんとも軽い感じで。


「…………いいの?」

「ダメなのか?」


 そ、そんな、全然ダメじゃないけど、その……、

 なんだかあっさりし過ぎているような感じで、腰が抜けた。

 極度の緊張感を、私は無意識に感じていたらしい。


「おっと。……お前なあ、ばあちゃんじゃないんだから急に倒れるな」


「あ、はは……、ぴっちぴちの女の子を、ばばあ呼ばわりするなとか、文句を言いたいけど……ダメだ。力が入らない」


 リグヘットの手に掴まることしかできなかった。


「歩けるのか?」

 まだ、ちょっと無理かも。


「じゃあ背負うか」

 ……荷物みたいな感じで言うな。


「じゃあどうすんだよ」

「その、ほら、あるでしょ、私にぴったりな抱き方が!」


 抱く……? ああ、背中じゃないパターンな、と解釈してくれたらしい。

 リグヘットが手を伸ばす。


 びくっと体が反応してしまうが、

 なんとかがまんして待っていると、そこで足音。


 慌ててリグヘットの顔を手の平で押す。

 びたーんっ、と、痛そうな音。


「お、お前なあ……」

「へ、変な風に持ち上げようとしたからでしょうが!」


 そうか? と首を傾げるリグヘット。

 ううん、全然、変じゃないし、正解へ一直線だったけども。


「じゃ、気を付ける」

 その素直さが痛い……、みしみしと軋むように。


 ――と、足音の正体が姿を現す。


 文句をめちゃくちゃ言ってやろうと思って、言葉に詰まる。

 いや、別にやましいことなんてなにもないんだけども、

 なんだか自然と、やばいっ、と思ってしまった相手……、


 ワンダだった。


 ランコはいない。

 私のところに、一人で……。


「おお、偶然だなあ」


「そんなわけあるか。私を見つけて嬉しそうな顔をしたくせに」


 嬉しそうというか、助かった、みたいな顔だった。

 ……嫌な予感しかしない。


 で、なによ、と聞くと、

 ワンダは、んー、まあ、と言いあぐねている。


 言いにくい事なのか、複雑な事情なのか――、きっと前者なのだろう。


「ま、両方だな」

「ほう」


 ……で?


「この前の騎士団への勧誘、受けてやるよ」


「…………」

 なんで上から目線なんだろう……、

 こっちから頼んでいる手前、文句は言えないけども。


 タイミングが良いのか、悪いのか……、

 いや、そういう問題じゃないか。


 タイミングなんて、どこだろうと関係ない。

 一つの席しか空いていないのが、問題だった。


 二人を誘う浮気をした私だって悪い……、

 でも、だってワンダはずっと断り続けてたから! 


 ――そうよ、今までずっと断り続けてたのに、どうして今更! 

 今になって誘いを受けるなんて!


「諸事情だ」


「それで済まそうとしないでくれる? 理由を言いなさいよ。

 助けてあげること、できるでしょう?」


 助ける、その言葉に弱いのか、

 ワンダは、うぐっ、と悩んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「…………借金だよ」

「ランコぉ――――――!」


「叫ぶなバカ、目立ってるだろ!」


 言いながらもすかさず土下座の形に入る辺り、ぶれない。

 ワンダらしく、一貫している。


 ワンダからしたら、

 借金を背負ったことで、一巻の終わりって感じだろうけども。


「ランコにだけは言うな、頼む!」


 地面に触れそうなくらいに下げた頭を、足裏で踏みつけたい気分だったけども、

 なんとか踏みとどまる。


 ……まあ、そこまで言うなら言わないけどさあ、

 ランコなら借金くらい、怒らなそうだけど。


 ワンちゃんのためにお世話できるよ! 

 と、喜びそうなくらいのマゾだし……もう病気だ。


 ワンダからすれば、都合のいい病気でしょうから、

 彼女に身を委ねてしまえばいいじゃない。


「だ、ダメなんだよ……。

 ついつい忘れてたんだが、かなりの額で、しかもカジノで負けた分の金なんだよ……。

 借りてたのを忘れてたんだ! ランコには言えねえよっ」


「大丈夫よ、あの子はたぶん気にしない」


「ランコは怒らないだろうなあっ、知ってるよ! 

 怒ったとしても少しだけ、こらっ、くらいの感じで、

 あとはもう、『しょうがないなあ』って言って、助けてくれる……天使なんだよ」


 惚気ならいらないから、

 さっさとあんたがランコに言えない理由を言え。


「……申し訳なくて」

「今更その感覚なの……?」


 身の回りの世話を全てさせているのも、申し訳ないと思うけど。

 それはよくて、今回のはダメなんだ。

 それはそれ、これはこれ、なのね。


「頼むよフォアイト……、騎士団に入れて、俺に金を寄越せよぉ」


「吐き出したセリフをよく考えなさい、虫が良すぎるでしょ」


 金を寄越せって……、寄越せってなによ! 渡した分は働きなさいよ。


「それは当たり前だろ」

「あんたの場合、金を持って逃げそうなのよね……」


 まあ、その場合はランコに連絡すれば、

 姿を消したワンダを捕らえたも同然なのだから、心配はないが。


「俺は最強の魔法使いだ……本来なら、金じゃ買えない。

 そこを金で買えるって言ってんだから、安いもんだろうが!」


 ……それを言われると弱い。

 欲しくはないけど、後々、必要かなあ、と思って、

 ついつい買ってしまうセール品みたいな。


 売れ残り、みたいな……、中古品?


「どんどん酷くなってるんだが」


「なんでもいいわよ。

 いま、誰が見てもあんたの事をゴミと言うわよ」


 フォローできないからね。


「俺はゴミでもいい! だから、たくさんの金をくれ!」


「うーん。さっきまでなら、喜んで迎え入れてたんだけど――」


 本来なら。

 ワンダは、腐っても魔法使い最強。

 ゴミでも、戦闘能力がずば抜けて高い。


 カスでも応用力は高く、

 クズでも視野が広く、経験が豊富だ。

 手元に置いておきたい人材ではあるが……、


「残念ながら、まさにいま、欠番だった一席、決まっちゃったのよね」


 九席には、リグヘットが収まる事になっている。

 ほんの前、ついさっきの事だ。


「なるほどなあ……、じゃあ誰かを蹴落として――」


「簡単に蹴落とすとか言わないで。私の家族みたいなものよ。

 あと、そんなに舐めないでくれるかしら。

 簡単に負けるほど、私の騎士団が弱いわけないでしょ」


 本当のことを言うと、実際、簡単に負けるとは思うけど。

 神器を受け取ったからと言って、戦闘能力がぐんっと伸びるわけではない。

 能力を扱えるようになっただけであり、基礎能力はそのままだからだ。


 もちろん、鍛えれば変化は起きるけど。


「ちょっ――じゃあ、なんだ、俺はどうすればいいんだよこの借金を!」


 いや、普通に返せば? 

 コツコツ働けば、目標額には到達するでしょ。

 いつになるかは分からないけど。


「それじゃあ困るんだよ!」

「知らないわよ!」


「なあ――、困ってるなら、俺が譲ればいい話なんじゃないのか?」


 割って入った声に、ワンダの目が輝く。

 救世主を見た表情だ。


 駆け寄ろうとしたワンダと、リグヘットの間に、私が体を滑り込ませた。


 ――ちょっと待ちなさい、お互いに!


「あんた、なに言ってるのよ! 

 私が誘って、承認したのを簡単に取り消す気なの!?」


「それは、悪いとは思うけどさ……、そいつ、困ってるじゃん」


 うんうん、と頷くワンダ。


 ……この野郎……っ。


「俺は別に、どうしても騎士団に入りたいわけじゃないし、

 国の外だろうが充分に生きられる。

 だから、必要な奴にあげた方がいいと思うんだ」


「全然、必要なんかじゃないから。

 こいつに譲るのは毒でしかないから」


 結局、私に金をせびりにきているだけだからね? 

 働くとか言ってるけど、

 戦闘以外じゃポンコツなワンダを、使いこなすのが難しい。


 逆に、なにもやらせない方が平和でいられると思う。


 そして自然と、こいつはタダ働きという状況を作り上げる……、なんて、策士だ!


「だからリグヘット、あんたはやめなくていいの。

 というか、やめさせないから」


「なんでだよ……、

 と言っても、こいつを見捨てるのは、なんだかもやもやしないのか? 

 ……この気持ち悪い感じがずっと続くようなら、譲った方がいいんだよ。

 誰がどうとかじゃなくて。俺が気持ち悪いから、やめようかなって」


「一頭」


 私の一言に、リグヘットが反応する。


「一頭でも、一体でも――丸焼き。

 毎日、お肉が食べられるわよ? 

 大好きな焚火をしながらくるくる回して、丸焼きのディナー」


「絶対にやめねえ」


「うぉい! 

 せっかく譲る空気になりかけてたのに火をつけるなよ! 

 つけるのは肉だけにしろって!」


「いや、上手くないから」

「そんなことない、美味いぞ」


 違う、丸焼きにした肉の味じゃなくて。


 って、なんかもうめちゃくちゃ。

 分かりやすい勝敗のつけ方があればいいのに――、


「……あ」


 私のくっきりと目立った声に、二人が反応した。

 聞いたのは、ワンダの方だ。


「……なんだよ?」

「勝敗、つければいいんじゃん」


 ……どうやって? 

 片方が魔法使いで、片方が狩猟者(免許は持っていないが、名乗るだけなら自由だ)――、

 戦闘能力はどちらもこの目で見て、知っている。

 どっちが勝つのか予想できない……だからこそ、意味がある。


 騎士団への加入条件として、『強くあること』。

 現メンバーで満たしていない者も、そりゃいるけど、

 非戦闘員としてカウントしているに過ぎない。


 そして今回、新しく加えたいメンバーには、圧倒的な強さが必要なのだ。

 肉体的な事もそうだし、魔法という能力でも充分だ。


 どちらがいま、騎士団に必要なのか、これで分かる。

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