第11話 新団員

「騎士団ってのは、全員で何人いるんだ?」


 リグヘットの家からの帰り際、

 そんなことを聞かれ、九人よ、と答えた。


「じゃあ、あと、七人くらい?」


 これまで、二回の襲撃を引いて出た数字らしい。


「くらい、って、不安にならないでよ。

 七人よ。どう? うんざりした?」


「いや――待ってるよ」


 その自信満々の笑みを崩す事は、

 恐らく私には無理だろうなと既に悟っている。




「姫様! 遅かったではないですか!」


「後光……、ところで、私の部屋でなにをしているの?」


 ベッドの上、掛け布団にくるまりながら。


「いえ……、お気になさらず」

 気になるよ。それ以外が目に入らないよ。


 いつも通りの彼女の病気が発症したと解釈して、私はベッドに腰を下ろす。

 色々な事が起こり過ぎて、肉体と精神が疲れ切っている。

 このまま目を瞑れば、すぐに眠れそうだ。


「明日は私が出ます」


 んー、と寝ぼけながらの返事。


「団長として、決着をつけます。ですから、見ていてください、姫様。

 もしも私がリグヘットを始末したら……、ご褒美を――お願いします」


 んー、と、後光が部屋にいることさえも分からなくなって。

 ありがとうございます、と、部屋を出ていった後光の音を確認した後、

 意識がそこで途切れた。


 記憶は、後半の半分以上、起きた時にはまったく存在していなかったけど。




「ひぐっ、うぐっ、ぐすん。……姫様ぁ」

「動きづらい。足に絡みつかないでくれる? 後光」


 翌日、三度寝でも足らない私は、お昼過ぎに目を覚ます。

 もう朝食ではなく昼食の時間だ。

 起きた時、ベッドに顔を伏して、えぐえぐと泣いていた後光を見て驚いたものだ……、

 そこから昼食やら着替えやらシャワーを浴びたりしている間、ずっとこんな感じ。


 私もよくがまんしたなあ、とは思うよ。


「そろそろ情けをかけるのも疲れてきたわ。振り解いていいかしら」


「うぐっ、うぇ……」

 あ、泣き止もうと努力してる。

 けれど、なかなか落ち着かない。


 動悸はずっと激しいままだった。

 ……まあ、もうちょっと待ってあげるか。


 自室に戻り、ソファに座って膝枕。

 しばらくすると後光は落ち着き……、

「寝やがったよ」


 静かになったと思ったら意識がなかっただけだった。

 ……また待つのかあ。

 叩き起こす事もできるし、するべきだけど、

 この安心し切った寝顔を見たら、とてもじゃないができない。


 頬を撫で、髪をすき、

 まあ、起こすんだけども。


 額に手刀を浴びせると、

「うげっ」と飛び起きた。


「なっ、なになんなの敵襲なの!?」


 慌てて構えた刀は柄の部分が上になり、逆さまになっていた。

 慌て過ぎだよ……。


 団長の肩書き、今からでも別の人に変更した方がいいのでは……? 

 どうして私の前だとこうも絶不調なのだろう。

 団員の前だとびしっとして、まとめ役のリーダーなのに。


 格下に強いタイプなのか。


「落ち着いた? ……って、落ち着いてないわよね」


「姫様……」

 私を見て、安堵するが、

 なにかを思い出したのか、再び瞳を潤ませる。


「ストップ! 面倒だから先に聞くわよ――なにがあったわけ?」


 号泣し、私の足にずっと絡みついていた理由。

 小さくどうでもいいようなことではないと期待したい。



「……あのねえ。

 なにを勝手に、リグヘットに勝負を挑んでるのよ、誰が許可したの?」


「え……、それは姫様が――」


「嘘つけ! 私はそんなこと言ってないわよ!」

「え、でも、昨日の夜に――」


「知らないわ、言い訳なんて聞きたくない!」


 えぇー、と、肩をがっくりと落とす後光。

 悪いけど、確かに覚えてないが、しかし、

 夜の記憶がない今、言っていないと断言できるわけじゃない。


 なので、言っている可能性も充分にあるわけで。

 実は私の方が冷や汗ダラダラだった。


 今更、自分の非を認めたくはないなあ……、

 なので、ここは力づくで通ってしまうことにする。


「でもまあ、ちゃんと指示をしなかった私も悪いし……」


 それよりも、昨日の夜の記憶がないってところが悪いけど。

 記憶に残らないなら、記録に残せばいいわけで、手はいくらでもあった。

 それを怠ったのは、私の失敗。


 後光の発案を許可するのではなく、私が後光に頼めば良かった。

 こういう積極的なところは、後光が団長である理由の一つでもある。


 そういう一面を褒める事で、知らない間の私のミスを帳消しにできはしないけど、

 良心は癒されるので、これでなんとか。……よし、心の平穏を保とう。


「怪我はしなかったの?」


 見た感じ、傷はない。

 見えない部分の肌も、綺麗で色白だった。


「はい……なんともないです」

 と、はだけた衣服を整えながら。

 はだけさせたのは私だけども。


「はあ……、まあ無事で良かったわよ。

 それで、後光。

 全メンバーを緊急収集。連絡事項及び、これからの方策を伝えるわ。

 リグヘットにはもう誰も挑まないように……、これは最優先で伝えてくれる?」


 質問の形を取っているけど、拒否権はない。

 後光の場合は、拒否することなどまったくないけど……、

 しかし今日の彼女は目を伏せ、申し訳なさそうに。


「あの、姫様……今頃、ギャル子が挑んでいると思うんですけど……」


「…………まあ、それは仕方ないわ。どうせ勝てないわよ」


 そして、ギャル子の神器なら、大きな怪我には繋がらないはず。

 一番の危険は後光だと思っていたから(威力と手数という意味で)。

 その後光がほぼ無傷となれば、他のメンバーが受ける傷は、比べたら小さなものになる。


 小さいから、じゃあいいのかと言えば違うけど。


「すぐに呼び戻しますか?」


「いや、その必要はないわよ」


 そう言ったのは私じゃない。

 自室の扉が開き、現れたのは神器を身にまとう少女……、

 噂をすれば、ギャル子だった。


「超無理、あいつバカ強い」


「それは認めるけど……あんたの神器はそもそも一対一には向いていないでしょ。

 支援って感じからはほど遠い、

 相手を陥れるためだけに特化した鬱陶うっとうしいタイプ」


「貶してる?」

「褒めてるのよ」


 じゃあもっとそれっぽく言ってよ! とギャル子は不満そうだ。


 本当に褒めてるのに。


「ん、団長、みんなの招集、しないの?」


「あ、そうね……、

 出口に近いあなたがどうして動かないのか気になるけど」


「だって、あたしが呼んでも誰もこないでしょ。

 よくサボるあたしが呼んでも説得力が生まれないし」


 だからぱーす、と手をひらひらと振り、

 もう動きませんよとアピールして、座り出す。


 正座で。

 お行儀よく、膝の上に指を重ねておいて。

 ……見た目は派手であれなのに、こういうところは真面目なのよねえ。


 どうして派手派手しい見た目に憑りつかれちゃったんだろうか……。

 着物とかを着て、もの静かにしているのが似合う素材なのに。

 いや、だからこそ、真逆な姿に魅力を感じたのかも。


 ここまで、ギャル子というあだ名に違和感を抱くのも珍しい。


 かと言って、変えるとそれはそれで変な感じなのよね。


「姫様、お茶を飲みますか」


 そうね、と頷くと、ギャル子が部屋を出て、お茶を用意する。

 これから集まるメンバー、全員分。

 後光が全員を集め終わった時、ちょうどお茶も完成したらしい。

 ギャル子がおぼんに乗せて持ってくる。


 見た目がまったくお茶に合わないのに、所作だけがそれっぽい――、

 どころか、まさにそれだ。


 着物を着ているかのように錯覚してしまう……。


 全員が集まったのが早いのではなく、お茶の用意が長かっただけ……。

 時間をかけているということは、コストもかかっているわけで、

 かなり美味しいのだと期待できる。


 騎士団が私の部屋に集まった。

 円になって囲み、向かい合う。

 本題に入る前に、お茶を飲んで一段落。

 そこで、一つだけ、ん、と気になったので、ギャル子に。


「茶柱が立ってないじゃん」

「立たせるものじゃないわよ、立っているものなの」


「えー。じゃあ、立たせて、今すぐ」

「風情を殺す勢いですよねー、姫様って」


 これだから素人は……、

 と言ったような視線をもらったので、

 ふんっ、いいわよ、と言い返し、お茶を堪能する。

 立っていなくとも別にいいし!


「おっ、茶柱」


 はしゃぐモヒカンに苛立って、

 私はわざわざ立って、モヒカンをトーキックした。


 ノールックで。

 結局、本題に入るまで、私はあいつを視界に入れていない。


「あれ、一人足りないわね……」


「俺! ノールックを継続させるな!」


 吠えているモヒカンの額に刀の鞘が激突する。

 ……ノリだとしてもあれは痛い。

 頭蓋に響くような音がした。


 悶えるモヒカンは放っておき、

(実際、モヒカンが喋ると場がかき乱されるので、黙っておいて欲しい)

 ……さて、本題に入る。



「リグヘット討伐依頼は取り消すわ」


 その言葉に、

 納得のいく者と、納得のいかない者――それぞれ反応を示した。


 最初でこれなら、じゃあこれから言う提案は、さらに意見が分かれると思う。

 いや、もしかしたら、反対の一致かもしれない。


 だけど、大差ではあっても、ゼロにはならない。


 少なくても、この場には私がいるのだから。



「欠番になってる第九席、あれ、リグヘットでいいんじゃないかしら?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る