第8話 vsリグヘット

「無理だろ」


 そう言ったのは長身の男……、狂男だ。

 珍しく頼りにした矢先、こんな事を言われたら、私だって殴りかかりたくもなる。


「ぐちぐち文句を言うな。やるのよ」


 三発ほど殴ると、狂男は好戦的な目を引っ込めた。


「暴力は反対だぞ……」


 ぐぐっと握り拳に力を入れると、彼が敏感に気づいて、身を強張らせる。


 よく気づいたわね……。

 普段から、視野は騎士団の中でも特に広い。


 直接的な戦闘能力はゴミレベルだけども、それは彼自身の話だ。

 順位こそ、第六席であるけど、

 実際、戦闘になれば後光さえも出し抜く強さを持っている……、


 なのに。


 席を決める時、いつも手を抜くから、

 こっちとしてもルールに則った判断で決めるしかない。

 だから六席というのは、名ばかりのものだったりする。


 密かに期待しているんだけど、

 それを言うとやる気をなくすのがこいつなので、

 まあ、そこは投げやりに命令しておくことにとどめる。


 正統派戦闘員(と言うのも、あのモヒカンの遠距離攻撃を正統派と呼んでいいものか、納得はいかないが――)が敵わないのなら、非戦闘員を送り込むだけだ。


 第六席は――神巣しんそうを操る。


「これは命令よ、いいからあいつを始末しなさい」

「……いいけどさ、なんであんな奴にご執心なわけ?」


「ばッ――そんなわけないでしょっ!」

「もしかして気になってたり――っておい、先読みして返事をするなよ!」


 まあ、いつもの滅茶苦茶な命令だと思えば優しい方か、と呟きながら、

 私の部屋から勝手に出ようとする狂男。

 言い忘れていたけど、個人的な呼び出しなので自室で私と二人きりだ。


 そそくさと退散するあたり、緊張しているのが目に見えて分かるわよ?


「……分かってるなら気軽に呼び出すな、バカ。こっちの気持ちも考えろ」


「ふふん。可愛いやつねえ。添い寝くらいならしてあげてもいいわよお?」


 じろり、と目を細めて私を見つめる。

 分かりにくいけど、私には分かる。

 あれは悩んでいる目だ。


 たぶん釣りだろうけど、このチャンスを逃すのも馬鹿らしい。

 馬鹿にされるくらいなら、一か八か、釣られてみるのもいいかもしれない……、

 と言ったところかしら。


 もちろん釣りだけど、ここまで効果てきめんだとは思わなかった。

 素っ気ない振りをしながらも、内心ではかなり抑え込んでいる……。


 これが、相手がモヒカンだと効果がないんだよね。


 あいつは直情的で分かりやすい。

 エサを垂らす前に、用意してあるバケツに飛び込んでいるくらいの勢いだ。


 そして、私の手からこぼれ落ちる――、

 手懐けやすく、扱いやすいけど、予想がつかない。


 狂男の場合、手懐けづらく扱いにくいけど、

 一度、手元に落としてしまえば、あとはどう泳がせるかも思いのまま……。

 なんて評価だ、と自分でも思うけど、これが狂男なのだから仕方がない。


 ん……、そうだ、じゃあこういうのはどうだろう。


「リグヘットを始末できたら、添い寝をしてあげる。

 まあ、添い寝じゃなくてもいいわ。

 あんたの望む事、私のできる範囲での事ならしてあげるわよ?」


「なんでも……?」

「できる範囲と言った!」


 なにを頼むつもりだったんだろう……、

 モヒカンと違って常識はあると思うから、

 アブノーマルなお願いはしてこないはず、だけども……。


 ああ、アブノーマルを言い出したら全員そうだよ。

 ノーマルなんて一人もいない……私くらいなものだ。


「自覚がないのかあ……」


「なにか言った?」


 いえいえ、と彼が手を上げて降伏宣言。

 それをするってことは、失言に自覚があるのでは? 

 ともかく、交渉が成立したので、狂男もこれでやる気になってくれるだろう。


 実力はあるのに、なにかと理由をつけて本気を出さないのなら、

 じゃあ、本気を出せるステージを作り上げてあげればいい。


 そんなわけで、狂男の出撃が決まった。



 部屋を出る時にあとを追おうとしたら、


「なんだよ」

 と止められた。


 忘れてるかもしれないけど、

 お姫様にその口の利き方はおかしいでしょ……。


「お姫様とは思えないよ。フォアイトは、フォアイトじゃねえか」


「良いセリフっぽいけど、誤魔化されないから。

 上司と部下の関係であることを忘れないで頂戴」


 家族のようであり、友達であるけど、

 同時に上司部下の関係でもある……場を弁えて。


 それを言ったら、私の部屋で二人きりなら、上下関係なしでもいいとは思うけど、

 まあ、仕事の話だし。

 報酬もきちんと出る正式なものだから、

 ここは一つ、上下関係をはっきりさせておこう。


「正式な形式に則ってる割に、報酬はすげえ非合法だよなあ」


「これは私達二人の秘密だから。誰かに言ったりしたら……」


 ニッコリ。


「笑って誤魔化すな。

 その先を言わないのがいちばん怖いよ。

 ……言わないよ。言ったら、俺以外もお前にたかりそうだし」


 この手はあと数人に使えそうだなと思い、

 実際に使おうと思っている事を、彼には伝えないでおこう。


 二人だけの秘密の共有は、特別感を演出する。

 組織にライバルが複数人いる場合、その特権は所有しているだけで快楽になる。

 部下に気持ち良く仕事をさせるのも、上司の務め。


 飴と鞭の使いよう。

 ふむふむ、私の手も衰えてはいないようだ。


「……廊下までついてくるなよ」


「いや、決行するならついていこうと思って」


 モヒカンの時もそうだったから、ってわけじゃないけど。

 監視の意味も込めて同行する。


 しかし……、


「出鼻を挫くようで悪いけど、今日は動かないからな。

 いや、……えー、サボりー、じゃなくて。

 こっちにも準備があるんだよ。

 俺の子達もガッツがあるわけじゃねえんだ。

 どっちかって言うと、気分屋だし。今日は今月でも最悪だ」


 と、狂男の首元に見える赤い八つの光が、顔を出して引っ込んだ。

 見られただけなのに、喉元に刃を突き付けられたような……、

 確かに、今のあの子達に仕事を任せるのは不安しかない……。


 本音を言えば、不機嫌なその子達をあいつにぶつけてみたいものだけど、

 周りの被害のこともあるし、それは自重しておくことにしよう。


「じゃあ、明日?」

「順調にいけばな。明日も機嫌が悪かったら中止だけど」


 それは、まあ、仕方ないか。

 ちなみに、不機嫌の原因とか、あるの?


「ニュース番組の朝の占いだな」

「どうしよう……、姫様権限で書き換える事ができちゃうよ……」


 あれの真逆の事を言ったって、嘘だという証拠がないからみんな信じるよ。


 汚い水をろ過して綺麗にし、

 それを天然水だと言い張って飲ませたとしても、


 大抵の人は知ったように「さすが天然水」とでも言うだろうし。

 それと一緒だと思う。


 じゃあ、私の手であの子達の機嫌を左右させることができるんじゃ……。


「してもいいけど、ばれた時、怖いぞ? 

 俺でもなだめるのは無理だからな」


「…………やめておく」


 今のところ、

 最も敵に回したくないのは、小さくも強力な、あの子達だ。




 翌日、絶対にくるなと言われたけども、

 足は自然と、作戦決行のお店に向かっていた。


 王城を取り囲むパレードラインの外側、

 これも円を描くように、パレードラインに沿うように、お店が建ち並んでいる。


 丸太を集めて建てられたお店は、静かな雰囲気を出していた。

 これは、なかなか入りづらい……。

 なんだか、常連さんしかくぐってはいけないような、タブーさを感じるんだけど……。

 どうやら狂男は、ここでリグヘットを討つらしい。


 対面する気はないらしいけど……。

 こうして私の隣にいるのだから、そりゃそうだ。


「くるなっつったよな……」

「監視よ。サボらないか見るだけ」


 見られるとやりづらいんだよなあ、と文句を垂れるけど、

 実際になにかをするのはあんたじゃないでしょ。


 下準備は既に終わっているらしい。

 神器である神巣を、お店の中に設置しただけだが。


 ふぃー、と、一仕事を終えたみたいな達成感を出すのはまだ早い。

 というか、これからでしょうが。


「……あいつがこのお店を選ぶ根拠でもあるの?」


「このお店の割引券を間接的に渡しておいた。

 お金に困っている感じはしなかったけど、ステーキ専門店だ。

 しかも、ビジュアル的に男受けする、ガッツリと食いたい奴向けだ。

 あいつだったら、くるだろ。

 割引券は、ただあいつに店の情報を知らせるための媒体でしかねえよ」


 それに、こなかったらそれはそれで明日に回せばいいし――、

 と、長期的な計画を組んでいるらしい。


 あんまり引き延ばされても困るよ……? 


 私の意見も汲んでほしいけどね。


「お店に……」

「全員、知り合いだ。なにをしても文句はねえだろうよ」


「それはどうでもいいけど……、

 ちらっと見えた中にあるゲーム筐体に興味あるわね」


 興味あるなら後でいくらでもやらせてやるよ、と、

 自分のものでもないのに、偉そうに。

 まあ、借りなくとも買えばできるんだけど、

 良いところを見せたいらしい狂男に、花を持たせてあげよう。


「ん、きたな……」


 声に反応すると、視線の先、リグヘットが店の前で立ち止まっていた。

 店の前のサンプル料理に目を引かれているらしい。

 不思議そうに凝視する。

 あれに興味を示すなんて、いま時、子供でもそうそういないと思うけど。


 数回、指でつつき、偽物だと分かって落胆した様子。

 しかし、目の前の店内で本物が調理されているので、表情が緩んだ。

 階段を上がって、店の中へ入る。


「……可愛い反応するわね」

「分かりやすい田舎者だよな」

 あそこまで常識知らずの田舎者ってのも珍しいよ。


 ここからでは遠いので、私達も近づく事に。

 店内は暗い。そういう雰囲気だった。


 カウンターとテーブル席があり、壁にはダーツ。

 ゲーム筐体が三台。

 ステーキ専門店だが、お酒も取り揃えている。

 専門と言えど、本当にそれだけを扱っているわけではない。


 サイドメニューは意外と豊富。

 ただ、全部がメインを引き立てる役であるわけだけど。

 メインを喰ってしまうサイドは、メニューとして失格だ。

 喰われる事が存在意義なのだから、喰われても喰ってはいけない。


 オープンにされている窓から、ちょこんと両目を出し、中を確認する。

 テーブル席についたあいつが、メニュー表を広げた。


 店内に客は五人ほど……、

 全員が狂男の知り合いなら、ちょっと騒ぎになっても心配はない、か。


「店長にも話は通してあるから」

 らしい。


 静かな音楽一つで、話し声が一つもない空間。

 まったりとした空間に、空腹を訴える音が響く。


「……私じゃないからね」

「店内から音がしただろうが」


 もちろん、リグヘットだ。

 どれだけお腹を空かせてるの、あいつ。


 井戸の奥底から這い上がってくるような低い音は、

 週間単位で食事をしていないレベルに感じる。


 必要とするエネルギーが膨大なのかもしれないわね。


 注文を受けた店長が調理をし始めた。

 数分後、質よりも量を重視した、

 旅人に好まれる手軽で安いステーキがテーブルの上に置かれる。


 安っぽいイメージがあるけど、

 味に問題はなく、質が良いお肉と比べても遜色ない。


「そういうことを言うと、こっちのお肉にお客が集中するだろ。偏った宣伝すんな」


「まあ、味はともかく、

 食べ応えやあと味には差があるけどね。やっぱり、高級なお肉は違うものよ」


 味に遜色ないというのは、結局、味付けだからね。

 店独自の秘伝のタレの力は偉大なのだ。


 リグヘットが、出されたステーキにフォークを突き刺す。

 用意されたナイフなど使わず、そのまま噛り付くらしい。


 予想通り、豪快だ!


「……入った」

 と、狂男が呟く。

 リグヘットは気づいていないが、持ち上げたステーキの底面には。


「あの子達……」

 わさわさ、と、小さな蜘蛛が数十匹、蠢いていた。


 一気に食欲を失くす光景だ。

 どんな絶品料理でも、一瞬で口にしたくなくなる。


 昔から問題視されている虫混入より、

 被害は少なそうに見えても、ビジュアル的にこっちの方が嫌だと感じてしまう。

 いや、どっちも嫌なんだけど。嫌な度合に大差はない。


「まあ、予想はついていたけど、

 というか、それしかないだろうとは思ってたけどさ。

 やっぱり、あんたってこういうやり方なのね」


「ダメか?」


 いいえ――最高。

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