第6話 作戦決行

「屈辱的だわ……」


 王城へ戻り、自室へ。

 とんとん、と机を指で小刻みに叩く。

 規則的な音が、静かな部屋に響いていた。


「姫様、申し訳ございません……私の、短絡的な行動のせいで……」


「もういいって言っているじゃない。

 確かにその通りではあるんだけど、そう何度も謝られたら私も気分が悪いわ」


 言うと、落ち込んで、後光が静かに下がっていくのが見えた。

 あ、ああ……。

 なんだか、小さな子供を私のわがままでしゅんとさせてしまったような罪悪感がある……。


「後光、隣にいなさいよ、まったく」


「は、はい!」

 と嬉しそうに、後光が私の隣に座り込む。

 正座だ。私を見上げて、まるで犬みたいだ。


 ノリで頭を撫でたら気持ち良さそうに。

 んんー、と甘い声を出す。……団長だよね?


 国一番の戦闘集団の長が、こんなんでいいの? 

 ……という気もするけど、これは私だけにしか見せない一面だ。

 他のメンバーにはお堅いイメージしかないだろう。

 ただまあ、ばれている気もするけど。


「よっす、姫さん、入るぜ」

「入ってから言うな、モヒカンバカ」


 バカはつけるなよ、と気に入らなかったらしい。

 モヒカンはいいのか、今更だからいいんだね。


 そしていつの間にか、後光は立ち上がり、腕を組んでいた。

 いつも通りのお堅いモード発動中。


「お、団長。もういいのか、頭撫でて貰わなくて」


「なぜ知っているし! まさか見てたりしたのかし!」


「お、おう……ちょっと落ち着けよ。

 恥ずかしがらなくてもいいだろ、おかしなことじゃねえ」


 いや、おかしなことではあるよ、と言いたかったけど、

 後光がその一言で安心していたので、言うに言えない。


 モヒカンめ、いい回避方法を思いついたな……。

 たぶん、彼の案ではなさそうだけど。


 座ったまま、私はモヒカンと向き合う。

「それで、詳細は分かったの?」


「ん、ああ。単なる旅人だよ、ぼろっちい宿屋に泊まってるぜ、今はな。

 名前はリグヘット。情報はかなり少ねえ、というか、まったくねえ。

 名前しか存在しない。その名前だって、本物かどうかも怪しい。

 でだ――、ここまで情報がないとなると、巣窟暮らしの線が濃厚だな」


 巣窟暮らし……、

 神獣によって守られているこの国には、魔獣が寄り付かない。


 しかし当然なことに、国から離れ、神獣による加護が効いていない場所に足を踏み入れれば、そこから先は魔獣と遭遇する危険がある――、そこを、巣窟と呼ぶのだ。


 そこに住んでいた……珍しいことじゃない。

 狩猟者や物好きな者、魔獣と心を通わせた者なら、生活するのは苦ではないだろう。


 それ相応の強さはもちろん必要になるが。

 だからこそ納得がいった。

 あの強さは、巣窟で鍛え抜かれたものだったのね……。


「調べたところじゃあ、こんなもんだ。

 で、姫さん、どうすんだ?」


「……どうする、って?」


「助けられた恩はあれど、反逆者であり、そして姫さんに恥をかかせた。

 清い体に触れられたのもマイナスポイントだろ。

 それに、騎士団メンバーは、あいつを許しちゃいねえ」


 全員残らずだ、と。


 後光もそれに頷く。


 あの男が、このままこの国にい続けるとは思えない。

 いずれは出ていくだろう。


 しかし滞在している間、出会ってしまったらなんとなく、気まずい感じがする。

 だったら、

 騎士団メンバーを送り込み、始末はしなくとも、早く国を出ることを勧めれば……。


 あいつのことだ、

 そこら辺は事情を聞いて、素直に言う事を聞いてくれる気がする。

 そんなわけで、方針が決定した。


「――よし! あの野郎、今すぐに殺してやるからな……っ!

(姫さんと密着しやがってこのド畜生があッ!)」


 う、ん……、ちょっと曲解されてる感じもするけど。

 まあいっか。

 騎士団がネタ枠じゃないって事くらい、きちんと証明しておかなくちゃね。




「あんた、ちょっとは変装くらいしなさいよ……」

「そういうお姫さんは変装し過ぎて逆に目立っちまってるけどな」


 時間を空けて、翌日。


 派手な色をしたモヒカンと、

 ローブで全身を包むコンビがいる……、怪しさ満点、私達だ。


 祭りの国の玄関、ショッピングができる『ワールドバザール』。

 中央の大きな柱に身を隠しながら、目的の人物を追跡中。


 確かに目立ってはいるけど、しかし祭りの国と言われるだけであって、年中なにかしらのイベントがあるため、この見た目もなにかのイベント衣装だと思われているだろう。


 近い時期に仮装イベントも控えている事だし、

 それの練習と思えば、納得はできるかもしれない。


 それでも確かに、周りからのひそひそ声は多いけど。


 そんな私達もひそひそ声だ。


「あいつ、ちゃんと買い物とかするのね……料理とかできるのかしら。

 焚火で焼くイメージしかないんだけど……」


「セール品を買ってやがる……、

 チラシを見ながら選んでるんだが、あいつはそういうタイプだったのか……」


 勝手に指名手配――、リグヘットは腕にカゴをかけ、食材を物色していた。


 案外、まめなタイプなのかもしれない。

 人間社会、しかも主婦カーストが存在する世界に順応してる……。


 セール品を買うにも、そのエリアの主婦に許可を取らなければならない、とランコから聞いたような……、だから許可なく取ろうとすると集団でリンチにされると、噂されているのだけど。


「セール品を取ったぞ。……あれ? どこかで見てんじゃねえかってくらい敏感な主婦達がまったく動かねえな。……あいつにびびってる、わけじゃねえよな? 

 あいつが只者じゃねえってのは、剣を交えて分かるものだろうし」


 主婦にそんなん分かるはずもないしなあ、と納得がいかなさそうだった。


 剣を交える、は比喩だ。

 剣でなくとも、そして戦闘を実際にしなくとも、

 敵意をぶつけ合えばなんとなく分かる、武闘派が理解できる世界。


 もちろん、いくらここで強さを発揮をする主婦とは言えども、本職は武闘派じゃない。


 理論派であり、理論武装でねちねちと責め立てる。

 あとは、数の暴力。

 人間関係の多さと深さが勝負の手札になるのだ。

 あの旅人を遠目で見ただけで、どんな人間か分かるはずもなく――。


 なんであいつの周りだけ、あんなにぽっかりと空間が開いているのだろう……? 

 でも、私達にとっては、チャンスでもある。


「元々、被害を出すつもりはねえが、これで被害は出ねえな」


「この距離で当たるの?」


 おいおい、俺をなめるなよ? とモヒカンは自信満々だった。


 ……みんなから、かなりなめられてるけど。

 まあ、言わないでおこう。

 というか、気づかないもんかね。


 そんな鈍感モヒカンが取り出したのは、

 銃身の長いリボルバー型の拳銃だった。


 弾は装填されていない。

 目に見える弾など、元々存在していないのだ。


「姫さん、ローブをちょっと貸してくれ」

「え……、嫌よ。取ったら私の顔が晒されるじゃないの」


「じゃあ俺と柱の間に挟まってろって。

 拳銃を隠すために使うだけだ。

 手元にローブをかけて……周りから見えないように――、

 そんなわけで、貸してくれ」


「必要なの、それ……」


 あんたが脱ぎなさいよ、と口から出そうになったけど、

 ここで相方が半裸になったら私がモヒカンを撃ちそうだ。


 そうならないためにも、

 仕方ないのでローブを脱ぎ、目を引く私の美貌を一時的に晒す。


 私のせいで注目を集めて、拳銃をローブで隠すって、

 私が脱がない方が誰にも見つからないんじゃあ……。


 一応、持ってきておいた帽子を被り、

 これで少しくらいは、抑えられたかもしれない。


「お、絶好の位置にいやがるぜ」


 モヒカンの視線の先、とある品の前で立ち止まるあいつ。

 悩み、しばらくは動かなそうなので、今が最大のチャンスかもしれない。

 ここを逃すのはもったいない気がする。


「ふっふっふ、弾を装填するぜえ」

「そういうのいいから、さっさと撃て」


 自分の世界に入った茶番をしないと撃てないのか。

 見るからに元気がなくなったモヒカンは、やる気がなさそうに銃を構える。


「これじゃあ、弾が弱いよなあ。

 いつもの没入感がねえよなあ……」


「……じゃあ、どうすればいいのよ」


 モヒカンが持つ神器の性質上、使用者の感情というのは無下にはできない。

 なので、まったく不本意だけど、歩み寄らなくてはならなかった。


「おままごとだ」


 聞いて、思わず、柱を殴りつける。

 前々から聞かされてて分かっては、いたけど……っ!


「ま、待てって。

 馬鹿だと思うかもしれねえけど、真面目なんだよ、必要なんだよ!

 これ、何回も説明しただろうが!」


「知ってるわよ、分かってるわよ。

 けどやんないからね! 

 馬鹿にはしないけど、馬鹿に見られるから絶対に嫌!」


 いくら必要なこととは言え、

 公衆の面前でおままごとをしている男女って、どうなの。


 しかも、もう子供と言える年齢じゃないし! 

 恥ずかしいよりもまず痛々しいが出てくる。

 既に痛々しいモヒカンはともかく、私は失う物が多過ぎる。


 この国のお姫様なんだけど!?


「分かった分かった、やんねえよ! 

 だから――頭を撫でてくれりゃあ、それでいい」


 そのモヒカンを……かあ。


 不愉快だなあ。


「なんであんたは、こんなことでしか気分を上げられないのよ。

 弾数制限がない利点が下準備のデメリットで帳消し以上に、

 デメリットの方が勝ってるじゃないの」


「まあまあ。当てるから勘弁してくれ」


 これではずしたら、そのモヒカンをむしり取ってやるから。


 力づくで毛根から。


「こりゃあ、意地でもはずせないなあ……」


 そして、モヒカンの指が引き金にかかった。

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